妖魔サルト
≪1≫
「とうとうここまできたか……」
青年がぽつりと呟く。
柔らかな栗色の髪と瞳。穏やかな口調はどこか楽しそうだ。
手にした紅の球体に眼を馳せ、彼は笑みを浮かべた。
「早く……来い」
一刻も、早く──
ここは<
【──…サルト様】
不意に、部屋のなかに声が響いた。
青年は紅珠をテーブルの上にそっと置くと、静かに背を向ける。
【ホーランドとヴァレンシアが、アルカド海を越えました】
声は、男のものとも女のものともつかなかった。
珠玉は透明な、黒ずんだ赤い光を発した。まるで、血に染まる夕焼け空のように。
「捨て置け」
冷たい、感情のない声が部屋を満たす。
【しかし……】
「構わん」
言って、サルトは低く笑った。
「それよりもシラを見張れ。あれは、能無しの上にカスケードに腑抜けにされてしまった。もはや使い道もないに等しい」
【はっ】
声は、静かな余韻を残して部屋から消えた。
と、同時に、サルトも珠玉のほうへと向き直る。冷ややかな笑みが目の端に浮かんでいる。
「とうとう、ここまで来おった」
珠玉の前に置かれた細い飾りナイフを取り上げ、サルトは笑った。
「ここが、お前の墓場となる。早く来い、ホーランド……いや、ディルディアードよ」
言葉を呟きながら、ナイフの先で左腕をゆっくりとなぞる。白い皮膚の下から朱色の血が滲み、浮かび上がっては滴り落ちていく。
「早く、来い──」
テーブルの上を、そして床を、たちまち赤い血が染め抜いた。
≪2≫
潮風がきつく頬をなぶっていった。
船は、二人の旅人と二頭の馬を乗せて波の上を軽やかに滑ってゆく。
海の上には誰もいなかった。
彼らを除いては。
旅人の一人は、ヴァレンシア。黒くつぶらな瞳を持つ、赤毛の娘だ。<
今一人の旅人は藍色の髪に黄金の瞳を持つ、妖魔男……ホーランド。わけあって、すべての妖魔の上に立つ妖魔王から追われているとか。
二人は、<
<
延々と続く大海原を見つめ、ホーランドはほうっ、と溜め息をついた。
横目で隣に佇む娘を盗み見ては、本当にこれでよかったのかと心のなかに問いかけてみる。彼は、古の島へ向かうことを反対していた。
「……どうしても行くのか」
アルカド海に出てからもう何度目になるのかも分からなくなるほど幾度も繰り返された言葉が、ホーランドの口をついて出る。
「ああ」
ヴァレンシアは答えた。
「幾ら反対しても無駄だぞ」
言って、彼女は甲板に座り込む。
赤い癖のある髪が、さっ、と風に靡いて、再び静まる。膝を抱えて座る姿は、まるで子どものように見えないでもない。
「ここまで来たのだ。今更、後戻りはできない」
握り締めた拳に力を込め、彼女は甲板に映った自分の影を睨み付ける。
<
そうすることが、彼女にとってはこの世の何よりも大切なことだった。
沈黙が続いたが、二人ともあえて口は開かなかった。
十日ばかりの船の旅はそして、突如として終ることになった。海岸線が見え出して間もなくすると、二人は古の島へと続く細い川の流れに行き当たったのだ。ここからは船を捨てて、徒歩で進まなければならない。川幅は狭く、とてもではないが船で進むことは適わなかった。岸に下り立つと、すぐさま船は離れていった。おそらく、船の本来の持ち主の元へと帰っていったのだろう。
「ここから先は、俺たちだけだ」
ホーランドが、ぽつりと言った。
「ああ? 何か言ったか?」
ヴァレンシアが訊き返したが、青年は何も答えはしなかった。そのまま黙々と馬の背で揺られ続けているだけだった。
≪3≫
馬たちの歩みはともすれば遅れがちで、どちらかと言えば自分の足で歩いたほうが早く進めるような感じがした。
が、二人とも、慣れない船の旅で疲れていた。
おまけにこの辺りには人の住んでいる気配がまったくと言っていいほどない。民家の一つもないのだ。
むきになって、二人とも馬に先を急がせる。この森──この、何千何万もの木々が生い茂る樹海──を抜けたところに、妖魔サルトの城がある。そこまで行けば、ディルディアード王子に会うことが叶うかもしれないのだ。
手綱をしっかりと掴み、ヴァレンシアはトラストを急がせた。
小道をびっしりと覆い尽している青草がざわざわと騒ぐ。それでも二人は馬を急がせた。とうとう最後には、人一人歩くのがやっとの幅の道を進むことを余儀なくされたが、それでもヴァレンシアには、トラストとハンザの二頭を置いていくことができなかった。特にトラストは、幼いときからヴァレンシアが目をかけて育て慈しんだ馬だ。今更、手放す気になどなれるはずがなかった。
手綱をうまく操りながら、先頭をヴァレンシアが行く。その後を、白馬ハンザに跨がったホーランドがついてゆく。
二人とも、一言も言葉は交わさなかった。
木々のざわめきと、風の臭い。森を駆け抜ける小動物たちの気配だけが、この樹海を支配し得た。人間の居場所は、ここにはない。
──ディルディアード様。
とうとうここまで来たのだと、ヴァレンシアは改めて実感する。
サルトの城は、もう、すぐ。この樹海の向こう、湖を越えたところにある。
──ヴァレンシアは、ここまで来ました。もうすぐです。ディルディアード様、貴方を、すぐにでも妖魔の手からお救いします。今しばらくの御辛抱を……ディルディアード様……
歩きながら、ヴァレンシアはぼんやりと心の内の世界に浸っていた。
淡い白昼夢を見ているかのような、そんな気分になる。
ともすれば自分の殻に閉じ籠ってしまいそうになるのを必死に押さえ、この赤毛の娘は先を急ぐ。馬たちの足取りは遅れがちだったが、彼女の気持ちだけは、まだまだ元気だった。
──早く……
呟いて、ヴァレンシアは前だけをまっすぐに見つめる。
この樹海を抜けさえすれば、すぐなのだ。
「トラスト」
愛馬の首筋を優しく叩き、励ましをかける。
トラストはそれに応え、道なき道をさらに勇猛に突き進んでいった。
すぐ前方の草むらに、赤い巨大な花が咲いているのが見えた。花びらの一つ一つに厚い肉がついており、太く長い蔓には申し訳程度の小さな葉がところどころについている。見たこともないような、不思議な花──熱帯の花だろうか?──だ。
甘ったるい臭いが、辺りに充満している。長くいると気分が悪くなりそうなほどのきつい臭いは、その花の芯から漂ってきていた。百合の花の匂いにも似た、しかしそれ以上に強い臭いが、旅人たちの行く手には充満していた。
「鼻がどうかなりそうだ」
ぼやきながら、ホーランドが後をついてくる。
「……だから止そうと言っただろう? ロクなことがないんだよ、ここは」
ぶつぶつと文句を連ねているすぐそばを、蝶が掠め飛んでいく。赤や黒の模様の、目に鮮やかな色彩をした大きな蝶だ。この辺りでは、珍しくないらしい。木立ちの向こう側にも似たような蝶が見えた。
「凄いな……」
小さく、ヴァレンシア。
「ああ。もっと南の方ではこういうのが普通らしいぞ」
ホーランドが答える。
ぼんやりとその様を眺めていたヴァレンシアは、蝶が、あの巨大な赤い花の花粉を求めて花びらの先に止まるのを見た。その瞬間、花全体が微かに震え…──太い蔓が、目に見えないほどの素早さで蝶の羽を叩き潰した。
──なに?
甘い臭いがいっそう強く立ち込める。
蔓は、蝶の胴から滲み出る体液を花の内側へ取り込んだ。
「食虫植物か」
ホーランドは、眉を寄せた。
「食虫植物……?」
「そうさ。昆虫なら手当たり次第何でも喰うんだよ、あの花は。今のを見ただろう。蝶が、一瞬にして花の餌食になるのを」
怪訝そうな表情のヴァレンシアに、ホーランドは説明した。甘い蜜の香りで虫を誘って捕食するのだが、この植物を好んで育てる妖魔もおり、虫ではなく人間を与えるとあのように巨大な花に成長するのだとホーランドは言った。
<
樹海がこんなに危険な場所だとは知らなかったが、だからこそ、一刻も早くディルディアード第三王子を助けなければならないとヴァレンシアは強く思う。
「ここからは自分の足で歩いたほうがいいかもしれないな」
そう言うとヴァレンシアは馬から降りた。眼差しでホーランドにも訴え、気付いた青年もするりとハンザの背から降りた。二人とも、緊張していた。特にヴァレンシアは、れいの赤い花が愛馬たちに襲いかかってはこないかと、不安なようだった。
蔓がゆらゆらと風に揺れている。
獲物を求めて辺りを調べているかのようなその様子にヴァレンシアの眼差しは厳しくなり、ついには、不快な緊張感が背骨のすぐ脇を駆け抜けるまでになった。
馬たちも緊張していた。ヴァレンシアの緊張が伝わったのか、どこか落ち着かない様子だ。
ゆっくりと歩きながら、いつしかヴァレンシアは息を殺していた。静かな森のなかに、馬と人の足音だけが響いている。
と、突然、けたたましい鳥の鳴き声が頭上から降り注いだ。
筋肉を瞬間的に強張らせ、ヴァレンシアは上を見上げる。緋色と青の羽に包まれた、ふくろうほどの大きさの奇妙な鳥──ヴァレンシアはこの鳥に似た鳥を、かつて王宮に仕えていた家臣の一人がディルディアードに贈ったことがあったのを思い出していた──が、あの食肉の蔓に捕らえられていた。鳥があまりに激しく暴れるため、蔓はたわんで今にも切れてしまいそうに見えた。
「──ヴァイ、気を付けろ!」
不意にホーランドが叫んだ。
上方にばかり目がいっており、自分たちの身の回りに注意を向けるのを怠っていた。蔓は、彼らのすぐ近くにもその触手を延ばしていたのだ。
ヴァレンシアが振り返った刹那、蔓が腕にするりと絡まってきた。
「ちぃっ……」
低く呻いて、彼女は腕に絡んだ蔓を切り落とそうとする。
が、できなかった。
刃の先が蔓に触れるや、蔓の内側から熱い樹液が流れ出てきた。樹液はじんわりとヴァイの手袋に染み込み、布地を溶かし、さらには彼女の腕までもを、溶かそうとした。
「ヴァイ!」
尋常ならざる様子に気付いたホーランドが駆け寄り、蔓を素手で掴み上げた。褐色の肌が樹液のせいで、たちまち赤く腫れ上がる。
まるで、火傷を負ったときのようだ。
「こ…の……」
歯を食いしばり、ホーランドは蔓を力任せに引きちぎった。そのときの衝撃でか、樹液がホーランドに飛び散る。
「ホーランド!」
ヴァレンシアの声を耳の奥に感じながら、ホーランドは痛みのために自らの意識が遠退きかけるのを感じていた。
≪4≫
「しっかりしろ、ホーランド」
触手のようにうねうねと動き回る蔓を避けながらヴァレンシアはホーランドのほうへと走り寄ったが、藍色の髪の青年が起き上がる気配はまるでなかった。
蔓は、ホーランドに引きちぎられたことで恐れをなして、今は別の方角へとその向きを変えている。あの鳥も助かったようだ。甲高い声を数度放ち、大きく二人の頭上を迂回すると森の奥へと飛び去った。
「どうすればいい?」
困惑しきったヴァレンシアは、トラストとハンザに問いかけた。が、答えが返るはずもなく、ますます孤独になっていくばかりだった。
とりあえず、彼女はホーランドをハンザの背に押し上げる。
こんなところで足留めを食っている暇はなかった。ホーランドの意識が戻るのを待っているあいだに、先刻の蔓が再び、こちらへ触手を延ばしてこないとも限らない。一刻も早く安全な場所を見付けて……それから、ホーランドの傷の手当てもしなければならないだろう。いくら妖魔と言えども、このまま放っておくわけにはいかないはずだ。
湿地の中の獣道を進んでいくと、大きな幅広の葉の木の下にくたびれた丸太小屋が見えてきた。
随分と以前に小屋の主は死んだかここを出ていったかしたらしい。朽ちかけたドアの向こう側はカビと埃のにおいでいっぱいだった。ベッドはあったが一つだけで、シーツの皺を伸ばそうとすると布は紙のように裂けて破れてしまった。
小屋のなかでヴァレンシアは、まだ眠っているホーランドの寝顔をじっと見つめていた。
「どうして……」
小さく、呟きが洩れる。
彼が何故、自分を助けたのかが分からなかった。
ホーランドは、妖魔だ。人間の自分を助ける必要などないに等しい。何故なら人間は、妖魔にとってはただの玩具──気が向いたときに好きなように扱い、興味がなくなれば無造作に捨ててしまうことのできる、もっとも身近でお手軽な、人形でしかなかった。
──この人はいったい、何者なのだろう。
ヴァレンシアは思う。
褐色の肌の青年の寝顔は苦し気だった。浅い呼吸が続いている。静かな、静かすぎて怖くなりそうなほどの、樹海の夜。
──妖魔なら、何故、助けた?
何故。
何故、自分を助けたのだろう。身を呈してまでして助ける価値が、ヴァレンシアにはあったのだろうか。それとも何か、他に含むところがあるのだろうか。
「ディルディアード様……」
──どうしてなのだろう。
「本当に、生きておいでなのですか」
──どうして、今、ここに、あの人がいないのだろう。
組み合わせ、握り締めた両の拳にぎゅっと力を込め、ヴァレンシアは目を閉じた。
目を閉じると、今でも鮮やかな記憶が蘇ってくる。栗色の優しい瞳に、あたたかな手。いつのときにも彼女のすぐ隣にあった、懐かしいテノールの声。
『──ヴァイ』
楽しそうな響きを含んだ、あの人の、声。
──こんな時はいつでも、側にいてくれたのに……
さらに強く目をつぶり、口唇をきつく噛む。
『ヴァイ』
優しい声は、頭のなかに幾度も響いた。
昼間、樹海の蔓に焼かれた腕には白い包帯が巻いてあった。
しかし、組み合わされた彼女の指に、あの銀の指輪は嵌められていなかった。
≪5≫
ホーランドが意識を取り戻し、さらに樹海の蔓に受けた怪我が全快するまでにはほぼ五日近くの日数を要した。
その上、ホーランドは怪我が治りきるのを待たずにこう言ったのだ。
「もう大丈夫だ。すぐにでも出発しよう」
ヴァレンシアには、ホーランドの真意が解らなくなっていた。
口ではヴァレンシアの樹海行きを反対していたホーランドだが、時折ふっと見せるもの寂しげな眼差しは、常に南を見つめていた。ホーランドの眼差しが南の果て、樹海の向こうを見ているのだとヴァレンシアが気付いたのは、ほんの数日前のことだ。
朽ち果てた小屋を後にした二人は、さらに樹海の奥へと旅を続けた。
ヴァレンシアは馬を進めるごとに心の中が澄み渡り、次第に落ち着きを取り戻していくのを感じていた。この旅の終わりには、ディルディアード第三王子が自分を待っている。そう思うだけで気持ちは自然と静まり、穏やかになっていった。
最後に野営をした場所から馬で半日とかからないところに、目的の城があるとホーランドは話してくれた。城を取り囲む湖の水は青く澄んでおり、水面に淡くかかった靄の向こうに、小さな島と城を垣間見ることができた。
その島こそが、ヴァレンシアの目指す、古の島──妖魔の城。
ホーランドの正体が気にかかったが、あえてヴァレンシアは何も言わなかった。彼がサルトだろうが、或いは本当にホーランドという名の妖魔であろうが、はたまたそれ以外の何者であろうが、もう、どうでもよかった。彼は、純粋にヴァレンシアを救ってくれた。それが、真実。
真実以外は、何も要らない。
トラストの手綱を引き、ヴァレンシアは道を急いだ。
不慣れな道のために半日近くかかったが、ようやく二人と二頭は湖に辿り着いた。
「湖だ──!」
感嘆の声をあげ、ヴァレンシアは岸辺へと駆け寄る。
青い、澄み渡った水。覗き込むと、そのまま水底まで引き込まれてしまいそうなほどだ。
「この湖を渡りさえすれば……」
手袋を嵌めたまま、ヴァレンシアは青い水に手を浸した。冷たく、心地好い水の感触が布地を通して感じられる。
両手で水をすくい上げ、湖へとまた、返す。
冴えた音が辺りに響く。
──パシャッ…
どこかで、水の跳ねる音がした。
顔を上げ、ヴァレンシアはあたりを見回した。
ちょうど湖と孤島のあいだの辺りの水が、波立っていた。二度、三度と打ち寄せたかと思うと、水は激しく波打った。岸辺に打ち寄せる水は、次第に激しさを増してゆく。
「あれは──」
ヴァレンシアが言いかけたところへ、ホーランドが口を開く。
「この湖の主だ。島の番人、ってとこかな」
その口調は、どこか投げやりに感じられた。
「どうする?」
腕組みをして、ホーランドは口許を歪めた。
「あいつを倒すか? それとも、このまま引き返すか?」
「決まっているだろう」
答えて、ヴァレンシアは腰に下げた短剣に手を伸ばす。
ここまできて、おめおめと引き下がれるはずがなかった。もう、目の前に見えているのだ、古の島は。
あと少し。あと、少しなのだから。
「ヴァイ……行くのか、やっぱり」
ホーランドの声は何故かしら辛そうだった。
「くどい」
やんわりと受け流し、彼女は正面を見据えた。
水が勢いよく盛り上がり、ぬるぬるとした緑っぽい色のものが水のなかから姿を現そうとする。
ザザーッ、ザァァー──と、水しぶきが上がり、あたりに飛び散る。
水を切って、それは岸へと近付いてくる。小山ほどの大きさの生き物だ。きらきらと光る、見るからに堅そうな鱗に身体を覆われた一つ目の、醜悪な……まるで竜のような生物が、二人をねめつけていた。
「退け、闇に属するものよ」
ホーランドが言い放つと、一つ目の怪物はぐわっと口を開き、息を吐きかけてきた。
瘴気のようなものがあたりにたちこめ、ヴァレンシアは軽い目眩を感じた。ふと足元を見ると、雑草がしゅうしゅうと溶けていくところだった。怪物の唾には酸が含まれているようだ。
「常世の闇へ……」
呪文らしきものを口の中で唱えながらホーランドが腕に気を集中させると、竜に似たその怪物の周囲に燃え盛る熱い炎の輪が現れた。幾重にもそれは怪物を取り囲み、じわじわとその輪を狭めてくる。
「還れ、夜の世界へ」
ギャォーゥゥ……
怪物は細長い悲鳴をあげた。炎が怪物を捕える。捕えたと思った瞬間、怪物は灰と化していた。
「さすがだな」
驚きの色を込めて、ヴァレンシア。
「ここまで来たら、進むしかないからな」
ホーランドが答えると、ヴァレンシアはうっすらと微笑んだ。
こういうときの彼女は、酷く綺麗だ。無意識に無防備な表情を取る瞬間は。そしておそらく、ディルディアード第三王子に対するときも、こんな笑みを見せるのだろう。
寂しそうにヴァレンシアを盗み見ながら、ホーランドは岸辺の端のほうへと進み出た。
「水門よ──」
低い、張りのある声が辺りの静寂を包み込む。
「主の帰還だ。門を開け」
──ホーランド?
藍色の髪の青年の言葉が終わると同時に、湖の水が中央から割れてゆく。古の島へと真直ぐに、一本の道が出来上がる。
「さあ。急ごう、ヴァイ」
ホーランドが手を差し出す。
ヴァレンシアは、躊躇いもせずに青年の手を取る。
この先に待ち受けているものが何であるのかも知らずに。
──とうとうここまで来てしまった。
島に上陸したホーランドは、低い声で呟いた。
妖魔である彼には皮肉なことに、この先に待ち受けているものが何であるかが分かっていた。
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