快楽の都・後編

      ≪1≫


 ぴりぴりとした空気がそこには漂っていた。

 ホーランドは、目の前の、穏やかな表情をした妖魔をじっと見据えていた。

「さあ。そこを通して頂こうか」

 アルガサァナが言った。

「──断る」

 身動ぎ一つするでもなく、じっと立ち尽くしたまま、藍色の髪の青年は間髪入れずに返した。表情は厳しかったが、口許のあたりに微かな笑みが浮かんでいる。

「……何故、人間などに手を貸すのか。妖魔王の側近とまで言われたサルト殿が、いったい何を企んで?」

 アルガサァナの前へと、ホーランドは進み出た。

「お前の命令は聞かない。他の誰の命令も、な。あの娘は連れて行く。すべて俺の意思だ」

 青年は、アルガサァナが動けば、すぐにでもそれを阻むつもりだった。

 ヴァレンシアが……彼の連れが、言ったのだ。ティオを妖魔の手から救い出すと。連れの言葉は、ホーランドの意思そのものにも近かった。ティオを妖魔の手から救い出し、無事、弟の元へと返してやる。それはどこか、彼ら二人の旅にも似ているかもしれない。

「どうしてもと言うのならば、今、ここでわたしが、貴方を捕らえる。妖魔王に代わって貴方を……」

 ふん、と鼻を鳴らし、ホーランドは妖魔を見遺る。

 どこか面白そうに、目を細めて。

「俺を、誰だか知っているのか、お前は」

 言い放つと同時にホーランドは剣を振り翳した。目くらましの青白い閃光が、激しい勢いで剣の切っ先から伸びる。

 アルガサァナは慌てて片腕で我が身を庇った。

「アルガサァナ。お前の目の前にいるのは誰だ?」

 楽しそうに、眼の前の青年は訊いた。藍色の髪。黄金の双眼。肌は、褐色。日に焼けた褐色ではなく、どちらかと言えばチョコレート色と言ったほうが近いだろうか。確かにこの青年は、アルガサァナの知っている妖魔に似ていた。が、どうやらそれだけのようだ。サルトなら、最初の一撃でアルガサァナを倒しているだろう。サルトを怒らせて無事だった妖魔はいないという話だ。それにこの青年は、ホーランドと呼ばれている……

 ──サルトではないのか?

 顔を上げ、アルガサァナは青年を睨み付ける。

「何者だ、貴様」

「俺のことをサルトと呼んだのはお前だ」

 人懐こい笑みを浮かべ、青年は改めて剣を構えた。

「間違えたのは、お前のほうだ」

 そう言って、彼はアルガサァナのほうへと刃を向ける。

 アルガサァナはしかし、逃げなかった。

「わたしを殺すのか」

 ただ一言、穏やかに尋ねただけだった。



      ≪2≫


 剣を手に、警護人が飛びかかってくる。

 咄嗟にヴァレンシアは手にしたナイフで刃を防いでいた。空いているほうの左手で太腿に下げられたもう一本のナイフを外し、相手の腕を切りつけた。

「女だからと言って甘く見るな」

 言い捨てると、新たに切りかかってきた男の腹にナイフの柄をめりこます。

「はぐっ……」

 男は顔を歪め、気を失った。

「フラグ、ティオ、いるか?」

 姿が見当たらない子どもたちを心配して、ダイが叫んだ。

「ダイ、後ろだ!」

 ヴァレンシアが怒鳴る。ダイの後ろから、警護人が不意打ちを狙って忍び寄ってきていた。自分とダイとのあいだに位置していた警護人を薙ぎ倒すと、ヴァレンシアはさっ、と辺りに目を馳せた。一瞬にして周囲の状況を見て取る。自分とダイの位置。フラグとティオの位置。そして、敵──警護人、つまり、アルガサァナの手下たち──の位置。

 手にした曲刀で忍び寄ってきた警護人を一突きすると、ダイは、赤毛の娘を横目でちらりと盗み見た。

 剣の腕も一流だが、この娘がかなりの場数を踏んでいるような気がするのは、彼の気のせいだろうか。やけに動きが鋭い。今はナイフだったが、足取りは軽やかで、まるで踊っているかのように見える。ナイフを両手に、彼女よりもはるかに勝っている体格の男たちを次々と倒してゆく。

「フラグ、ティオを連れて走れ」

 不意にヴァレンシアが大声で叫んだ。

 ダイが気付いたときには、フラグはすでにティオの手を引いて門を飛び出した後だった。

「ダイ、貴方も行ってくれ」

 とは、ヴァレンシア。

「あの二人だけではうまく逃げ切れるかどうか…──行ってくれ。私は、ここで奴等を食い止める」

 ナイフを振り上げ、ヴァレンシアが言った。

 また一人、警護人が倒れる。

「早く!」

「あ……あ、分かった。気を付けろ」

「早く行け!」

 ダイは後ろを振り返ることなく、外へと飛び出した。フラグを追って。

 真直ぐに続いている道の彼方に、少年たちの姿が見えていた。その後を追って、目敏い警護人が走っている。が、一人だけというのが彼の不運だった。あっというまにダイに追い付かれ、肩から袈裟掛けに背を叩き切られた。血飛沫を飛ばして男は、土の上に崩れ落ちた。

「大丈夫か、二人とも」

「うん、大丈夫」

 息を荒げてフラグは応えた。ティオのほうは、呼吸をするだけでやっとの状態だった。追い付かれまいとして必死に走ったことが伺える。

 だが、もう大丈夫だ。

 ダイがいれば、大抵のことは何とかなるはずだ。

「ヴァレンシアさんはどうしたの?」

 掠れた声で、ティオ。

「まだ、あそこなの?」

 フラグも心配そうに尋ねた。

「彼女なら大丈夫だ。ホーランドが一緒だからな」

 言いながらも、ダイは何となく掌がちくちくするのを感じていた。昔から、何か、良くないことがあったときにはこんな感じがしたものだ。ホーランドとヴァレンシアの二人のうちのどちらかに、何か、抜き差しならないことでもあったのだろうか。

 何か──…何が?

 いや、考えても無駄なことだ。

 フラグとティオの身柄を任されたダイには、ホーランドも、ヴァレンシアも、助けることはできない。彼ら自身の力でなんとかしてもらうしか他には方法はない。

 ダイは軽く髪を振り払い、この嫌な感じを追い払った。

「小屋に戻ろう。すぐに後の二人も追い付くだろう」

 そう言うと、不安な感情は隠して、何もなかったかのような平静さを装い、二人の子どもと連れだって丘の麓の小屋へと戻って行く。

 二人の子どもたちは、無言で彼の後を付いて歩いた。言葉を交わすことが酷く気まずいことのような気がしたからだ。それは、当のダイも感じていた。言葉を口にすることが、ためらわれた。足取りはどことなく重く、二人を地主邸に置いてきたことが悔やまれた。

 しかし何故、そんなふうに感じるのだろう。

 彼らなら、あの警護人など難なく叩き伏せることができるだろうに。

 ぼんやりと考えていると、突然、傍らの繁ががさがさと鳴った。あっ、と思ったときにはすでに遅かった。後頭部に鋭い痛みを感じ、ダイは、自分の膝が崩れるのを感じていた。

「ダイ!」

 フラグか……それとも、ティオか?──の声が耳に届いたが、身体を動かそうとするよりも早く、意識が暗闇の底へと沈み込んでいった。



      ≪3≫


 気が付くと、ヴァレンシアは見知らぬ部屋に閉じ込められていた。

「ここは……」

 窓には格子がはまっており、手足は縛られている。持っていた二本のナイフは、どうやら取り上げられてしまったようだ。たかが警護人相手にこんな醜態を晒すとは。<神聖王国ホーランド>の騎士団にいたころなら、こんなドジは踏まなかったはずだ。

 とりあえず身を起こそうとした刹那、鋭い叱咤の声が飛んできた。

「さっさと歩くんだ! この薄鈍がっっ」

 と、足音はヴァレンシアが監禁された部屋の前で立ち止まる。

 乱暴に扉が開け放たれ、縄で手首を縛られた少女が部屋のなかに突き飛ばされる。開いたときと同じように激しい勢いで扉が閉まり、足音はしだいに遠ざかっていった。

「大丈夫か……──ティオ?」

 耳を澄まし、足音が聞こえなくなるのを待ってヴァレンシアが尋ねた。

「はい、大丈夫です」

 ──何てことだ。私ばかりか、ティオまで……。

 小さく溜め息をつき、ヴァレンシアは格子窓を恨めしげに見遺る。

 ホーランドやダイの助けを期待していいものかどうか、分からなかった。それに、ここがどこだかも分からないのだ。

 ……いや、この格子窓の外に広がる景色には、見覚えがある。

「アルガサァナの屋敷だな、ここは」

 ヴァレンシアが呟くと、ティオが小さく頷いた。

「ええ。屋敷の裏手に建てられた離れです」

 弟のフラグとダイは、ホーランドのおかげで逃げおおせることが出来たらしいとティオが話す。捕まったのはヴァレンシアとティオの二人。振り出しに戻ったことになる。いや、ヴァレンシアが捕まった分、最初よりも状況はよくない気がする。

「ふ……ん」

 表情を変えることなく、ヴァレンシアは腕を伸ばした。両手首を鎖に縛られてはいたが、縛り方が甘い。これなら逃げ出せるかもしれない。口許に淡い笑みを浮かべ、ヴァレンシアはブーツに手を這わす。

「ティオ、刃物は扱えるな?」

 返事も待たずに、赤毛の娘はブーツの内側に隠してあった細身のナイフを取り出す。抜き身のままの、鋼のナイフだ。青白く光るそのナイフをしっかりと握り締めると、彼女はティオのほうに視線を向けた。

「こっちへ。その縄を先に解こう」

 ティオの腕を縛っていた縄は、難なく切り落とされた。

「アルガサァナはどういうつもりで私たちをこんなところに閉じ込めたのか……」

 皮肉めいた口調で、ヴァレンシア。

 縄の目に沿ってナイフを差し込みながら、ティオは口を開いた。

「生贄だそうです。わたしと、あなたを……妖魔の王のところに連れていくのだとか。そうすれば、妖魔の王の側近になれるんですって」

 諦めたように、小さな娘は目を伏せる。だが、ヴァレンシアは、諦めるつもりなど微塵もなかった。今、この状況下ですら、チャンスがあれば逃げ出してやろうと機を窺っているというのに。

「では、それまでに逃げなければならないということだな」

 訳知り顔に頷いて、ヴァレンシアは黒い瞳をすうっ、と細める──が、二人とも逃げることは適わなかった。

 何故なら次の刹那、いつの間にやってきたのかドアの向こうからアルガサァナの声が聞こえてきたからだ。

「では、逃げられないようにさせていただこう」

 ドア越しにアルガサァナはそう言うと、妖術でヴァレンシアの心を捕らえてしまったのだった。



      ≪4≫


 静寂と闇夜が世界を包んでしまうと同時に、ホーランドは起き出した。

 あのとき、あと一歩のところでアルガサァナを取り逃がさなかったなら、ティオも、そしてヴァレンシアも、奴の手には落ちなかっただろう。

 何故、倒してしまわなかった。

 立場的にはホーランドの方が優位に立っていた。なのに、彼はアルガサァナを倒すことはできなかったのだ。そして、すごすごと戻ってきたホーランドを迎えたのは、ダイとフラグの二人だけだった。

「──どこへ行く?」

 ダイの声が後ろから追いかける。

「アルガサァナのところだ。夜のほうが動きやすいからな、妖魔ってのは」

 フラグを置いていくことは気が引けたが、この際、人数は少なければ少ないほうがいい。ホーランドはダイを伴い、アルガサァナの屋敷へと再び向かった。

 どちらも黙々と歩き続けた。

 屋敷の高い塀を乗り越えたときも、警護人をダイが殴り倒したときも、ホーランドが迷うことなく屋敷の鍵を妖術で開けたときも、一言も喋りはしなかった。

 屋敷の奥、裏手のほうに、小さな礼拝堂が建てられている。その隣には、清めの期間に寝泊まりするための離れが。礼拝堂のほうには灯がともされていた。誰か、なかに人がいるのだろう。窓に映る人影が、ゆらゆらと蠢いている。

 ダイが窓際に忍び寄り、カーテンの隙間から内を覗き見た。ホーランドのほうは、扉のほうへといつのまにか歩み寄っている。

 突然、窓ガラスの割れる音が激しく辺りに響き渡った。

 ダイが、手にした曲刀で窓をぶち破ったのだ。

「何ごとだ?」

 慌てて礼拝堂から飛び出してきたのは、アルガサァナだった。

 ホーランドは、暗闇に身を潜め、アルガサァナがダイに気を取られているすきに礼拝堂のなかへと足を踏み入れた。

「──ヴァイ!」

 ヴァレンシアとティオは、礼拝堂の祭壇のところに立っていた。二人とも、服を着替えさせられたようだ。今は、真紅の絹の布だけを身に纏っている。

「助けて……助けて下さい!」

 ティオが叫んだ。が、ヴァレンシアのほうは正気を失っているのか、眼差しが虚ろだ。目の焦点が合っていない。意識を操られているようだった。身動ぎもせずにヴァレンシアは、祭壇に立ち尽くしている。おそらく、アルガサァナに対してあまりにもうまく立ち回りすぎたため、薬か、或いは妖術かで意識を封じられてしまったのだろう。

 外では、ダイが力の限りアルガサァナの足留めを試みていた。が、アルガサァナの妖術の前にはさしものダイも赤子同然だった。あっというまに身体の自由を奪われ、離れの壁へと頭から放り投げられてしまった。したたかに頭を打ち付けたダイにはしかし、まだ、戦う気力が残っていた。よろよろと起き上がり、曲刀を支えにアルガサァナのほうへとにじり寄る。アルガサァナのほうは礼拝堂が気になって仕方がないといった様子だった。彼の目を逃れて、ホーランドが礼拝堂に入り込んでいるのだ。

「そろそろお遊びはお終いといこうか。人間如き風情が、このわたしを倒せると思っているのか」

 アルガサァナが威嚇した。

 鋭い眼差しで、ダイはそれを受け止める。「その腕を潰されて生きるか、それとも、五体満足のままでわたしの人形となるか、二つに一つを選ばせてやろう」

 言い終えるよりも早く、何かがアルガサァナの腕に絡み付く。

「な……に?」

「残念だったな、アルガサァナ」


「ティオとヴァレンシアを返してもらおうか」

 低い声でそう言った瞬間、青白く光る靄のようなものがダイの右手を掠めた。

「…つっ──」

 凄まじい痛みが腕を這う。痛みのあまり、指先が痺れるようだ。

 曲刀がダイの手から落ちる。

 微笑んで、アルガサァナは一歩、前へ出た。

 ホーランドだった。

 魔術で作り出した青白く光る鞭を手に、藍色の髪の青年はアルガサァナの後ろに立ち尽くしていた。

「女たちは返してもらう」

 礼拝堂から、赤い布を身に纏ったティオが、やはり赤い布を纏ったヴァレンシアの手を引いて出てくる。ヴァレンシアの意識はまだ操られているようだったが、アルガサァナには彼女の心を意のままに動かすことはできないようだ。人形のように黙らせておくだけで精一杯なのだろう。

「……わ、わたしを、どうするつもりだ」

 その問いには答えずに、ホーランドは鞭をくい、と捻る。

 アルガサァナの腕が捩じり上げられた。

「頼む、助けてくれ!」

 人間の姿を取った妖魔は、ホーランドから逃げられなかった。魔力は、当然ながらホーランドのほうがはるかに強く、洗練されている。先に対峙した時に何故、この力を使わなかったのだろうかと訝しく思いながらもアルガサァナは喉の奥から声を絞り出した。

「サルト殿! どうか、御慈悲を」

 咄嗟にアルガサァナは叫んでいた。

 今回、青年はサルトと呼ばれても否定も肯定もしなかった。やはりサルトなのだろうか、この男は。

「──では、まず、この女を元に戻すことだ」

 くい、と青年が顎で指し示してみせる。と、一瞬のうちにヴァレンシアの心は解放され、すぐさま意識が呼び戻される。

 驚いたような黒くつぶらな瞳で、彼女は辺りを見回した。

「ホーランド……どういうことだ、これは」

 青年は素早く片目を閉じてみせ、それから、アルガサァナのほうへ再び視線を戻す。

 悪戯を楽しむ子どものような眼差しで、彼は妖魔を見つめた。

「命だけは助けてやろう。お前は、この辺り一帯を治める地主としては優秀だそうだからな」

 かくかくと頷いて、アルガサァナは情けない表情でホーランドを見る。

「だが」

 と、思わせぶりに笑みを浮かべ、ホーランドは続けた。

「今度また、同じようなことをしようとしたなら、そのときは許さない。分かったか」

 アルガサァナはひいっ、と悲鳴を上げると、その場にくたくたと座り込んだ。

「サ……サルト殿、どうか、御慈悲を。まさか、貴方がこのようなところにまで目を向けるだろうとは思ってもみなかったので…──」

「御託はいい。それよりも、一つ頼みがあるのだが……」

 怯えた様子の妖魔に、ホーランドはなおも言葉をかけた。

「サルト殿のお言葉ならば、何なりと」

 完全に萎縮してしまったアルガサァナはうなだれ、コクコクと頷いた。

「では、船を一隻用意してもらおうか」

 怖い物知らずのホーランドの言葉に、瞬間、ヴァレンシアは呆気にとられた。それとも、本当にこの青年は妖魔サルトなのだろうか。

「港のほうに用意致しましょう。藍色の帆を張った船を目印にします。ですから、どうか御目溢しを……」

 青年は重々しく頷き、アルガサァナの腕から鞭を外した。

 皆、黙りこくったままだった。

 ホーランド一人が多弁だった。アルガサァナに背を向け、彼は言った。

「行くぞ」

 慌ててダイはティオの手を取り、歩き始める。

 青年の後ろ姿を眺めながら、ヴァレンシアは思った。

 彼は本当は何者なのだろうか、と。



      ≪5≫


 夜明け前の空気はしんしんと冷たかった。

 港の一角で、二人の旅人はフラグたちに別れを告げた。

「……南へ行くのは止めたほうがいい」

 金髪の男……ダイが、ぽつりと言った。

「分かっている。分かっていて、南へ向かっているのだ」

 どこか哀しそうな瞳で、赤毛の娘が応えた。

「気を付けなよ、ヴァレンシア」

 フラグが横から口を出す。

「ありがとう、フラグ」

 微笑んで、ヴァレンシアは返した。それから隣に立っているホーランドのほうに目を馳せた。

 ヴァレンシアが何も言わないうちにホーランドはダイのほうに目を向けた。

「色々とありがとうな。助かったぜ、ダイ。それから、フラグ。お前、姉さんと二人で頑張れよ」

「ホーランドも頑張れよ」

 とは、フラグ。

 虚勢を張って、少年は笑みを浮かべる。

「──お二人とも、お元気で」

 最後に、ティオが告げた。

「ヴァレンシアさん、これを持って行ってちょうだい。御守りなんです」

「御守り?」

 少女が差し出した手の上に、小さな銀の鈴が乗っていた。

「持っててくださいね。きっと、あなたを守ってくれるから」

 頷いて、ヴァレンシアは銀の鈴を受けとった。

「ああ、大切にするよ。ありがとう、ティオ」

 幼い少女は満足そうに微笑んで、一歩、退いた。

「さあ、もう行くぞ、ヴァレンシア」

 ホーランドが促す。

 船には誰も乗っていなかった。

 アルガサァナの用意した船は、ホーランドの妖魔の力によって動かされる。彼が位置を示してやるだけで、船は自然に目的地へと動き出すのだ。だから、船に乗り込んだのはホーランドとヴァレンシア、それに彼らが連れていたハンザとトラストの二頭の馬だけだった。

「出航!」

 ホーランドの声と共に、船は港を滑り出した。

 遠ざかってゆく船を、金髪の戦士と二人の姉弟はいつまでも見つめていた──

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