【20】月光(春野カスミ) 総評
【20】月光(春野カスミ)
https://kakuyomu.jp/works/16817330662883428561
⬜️全体の感想
・タイトルについて
平凡の極みですが、内容的にはこれしか、ではある。
難しいところですが、もう一捻りあってもいい、かも。
・文章について
高校生としては、文章力は十分かと思います。
少なくともこの手の一人称を書く上で、問題があるようには思いません。誤字脱字もなく、しっかり調べて文章を書いていることが伝わります。
とくに感動的なシーンは、卒なくしっかりと書けていると感じました。文章力なしではなかなか出来ないことです。ここは評価してよいかと。内容のマイナスで相殺されてしまったのが勿体ないですが。
あえて注文をつけるとすれば、これぞという個性がないのが弱みですかね。派手さというか、華がない。
今作のような作風なら問題ないですが、もっとエンタメに寄った作品を書く時には、そこを強化する必要が出て来るのでは、と思います。
・内容について
月光という名曲に重ねて、二人のピアニストの生と死、懸ける思い、死生観なんかを重ねるのは、興味深いテーマです。一読目は、かなり期待しながら読みました。
それがすんなり感情移入できず、後半は感動シーンも幾つかあるのにまるで没入できなかったのは、そこに至るまでの物語に、やたら矛盾を感じるのが原因です。説明不足がそれに拍車をかけています。
二読目ではそこら辺を洗いながらストーリーを追ってみましたが、むしろ疑問は深まるばかりで、「読みながら感想」も随分長くなってしまいました。
以下、主要な疑問点を書き出します。
希望通り例示はしませんので、解決策はお任せします。
>二人の関係がよくわからない
序盤に出て来たもの以外、ほぼ二人の関係についての情報が出ないのはかなり問題です。
この物語は幼少から知己である二人のピアニストの葛藤やコンプレックス、心のすれ違いを元に進んでいきますが、「何故コンプレックスなのか」や「何故自殺に至ったのか」という部分の現実的な説明がありません。そもそも二人の関係性が希薄なので、心情を想像する前提であるピースが欠けているのです。
序盤に私が欲しいなと思った情報は、こんな感じ。
・高校生になった二人の、現時点での世間的評価
・二人のこれまでのコンクールの成績
・小学生以降の二人の人間関係。距離。
・二人はライバル関係なのか、腕の差は歴然なのか。
二人がどんな風に高校生になり、その中でどう交流し、どんな関係を築き、互いにどう思っているのか。
この文字数で書き切る必要はないですが、それを想起させる描写をすることは出来るはずです。台詞のやりとりや回想をこまめに使えば、補足は容易だと。
中盤にも謎がバンバン出てきますが、こちらは「読みながら感想」を参照してください。以下に目についた大きな矛盾を挙げていきます。
>彼女の希望の音
冒頭から主人公が絶賛している彼女の演奏ですが、何故か終盤、主人公が打ち明け、彼女が初めて知ることになってたりします。無駄に褒めまくる主人公が、十年近くそこに触れないのは不自然です。
そもそも、彼女の個性的な演奏が、対外的にどう見られているのかという描写がありません。主人公には負けても、二位の位置をキープしているのか。橋にも棒にもかからない成績で、主人公が個人的に気に入ってるだけなのか。ここは感情移入という部分で、かなり重要なポイントです。
彼女が自分の個性について理解していない、という話もぶっ飛ぶレベルの謎展開です。普通に考えて、自分の演奏が他と違うことは長くやっていればわかることですし、先生も指摘するでしょう。その上で意思をもって希望の音を選んできたと思うのが自然ですし、そうでなければテーマが成立しません。
「自分の感性を信じて希望の音を続けてきたが、主人公の演奏に一度も勝つことが出来ず、ついに折れた」という筋であれば、一応理解できますが、上記の三つはそこに矛盾します。
主人公に「彼女がコンクールで勝てなかった理由」を語らせるなど、何かしら客観的な情報が欲しいところです。でないと彼女の悩みが、世間に理解されないことなのか、主人公を超えられないことなのか、判然とせず、情報として整理されません。筋道が通らず、ごちゃごちゃのままなんです。
>彼女が自殺した理由
これもなんだかよくわかりません。
最初は主人公に負けたことが理由と思われました。
これはこれで「そんなことで死ぬ?」という感じの共感しづらい理由ですが、まあ芸術家ですしそういう人もいるかなとは一応思えます。
ただ、彼女自身が途中からそれを否定し、代わりに出た説明が「死は悪いことじゃない」とか「月光の真実に近づいた」とかなので、もはや謎理論を聞かされてる気分になり、悲哀とか同情から遠ざかる感じです。そこは主人公の戸惑いに共感します。
そもそも、希望の音を奏でる彼女が絶望の音の主人公に焦がれ、死を選んだりする展開に違和感があります。
希望を失わないからこそ、希望の音が出せるものだと思うんですが。それが自殺するなんて、矛盾もいいところだと。
例えばコンプレックスから己を見失い、最後のコンクールでは希望の音が出せず惨敗、そして自殺という流れなら、十分に納得できるし、おおいに共感もするんですが。
普通は絶望の音を奏でる側が、希望の音の光に耐え切れず、死を選んでしまうものだと思います。
第一、こんな悩みを長年抱えながら、希望の音を奏でられ続けますかね? 内面が演奏に出るという前提ですが、その点から見てもこの展開は不可解です。
>主人公の感情表現の不足
全体的に台詞が固いせいもありますが、感情表現が極端に少ないです。とても片思いの相手を、自分が原因で失くした直後とは思えません。主人公に感情移入しづらい原因です。
これが例えば彼女が死んだ一年後とかなら、それなりに落ち着いて、普段同様の落ち着いた会話ができても違和感がないのですが、一週間後は早すぎます。むしろ「幽霊でもなんでも彼女に会いたい」と暴走するくらいの方が、人間らしいとさえ思えます。
彼女を好きという設定も、何度かつぶやく程度なので、さして強い感情に感じられず、設定の一部という感じ。私は後半忘れかけていました。ラストの感情の爆発を生かしたいなら、彼女への恋心を最大限描いた上でないと、読者は共感しづらいのではないかと思います。
>死生観について
正直、蛇足の一歩手前みたいなやりとりだと思います。
作者の強い主張があるわけでもなく、幽霊相手に「死の意味」を語るのは、宇宙人相手に宇宙を語るくらい無理筋でしょう。物語の深みに寄与もしていないですし、月光とのつながりもはぐらかされているくらいなので、この部分をあえて生かす必要がないと思われます。
>テーマについて
今作のストーリーの柱は、
「月光(ピアノ演奏)」「二人の関係」「生と死」だと思いますが、後半はそれぞれが互いに干渉しあい、互いに良いところを潰し合ってる印象があります。
ぶっちゃけ「生と死」は大胆に削り、その分を二人の関係に充てた方が物語はすっきりまとまり、テーマの理解も深まると感じました。
無論、「希望の音」関連の矛盾をどうにかした上で、という話ですが。
⬜️総評
・素材は面白そうだが、矛盾てんこもり。
・文章はしっかりしている。感動シーンも上手い。
・「読者に何を伝えたいか」を見つめ直すべき。
「骨切を忘れたハモ」という感じ。
すごく美味しそうなのに、小骨が多すぎて味を楽しむに至れません。
文章はしっかりしてるので、まずテーマについて再検討を。
設定的に矛盾してたり、違和感があるところを洗い出してください。
簡略化したあらすじを書いて検討すれば、いろいろ問題点が浮かび上がるはずです。
整理が手に余るなら、不要な要素を抜いてシンプルに仕立て直すのも手です。初心者が複雑な題材に手を出して失敗するのは、ジャンルを問わずあるあるですから。
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