なぞ解き
ゆりぞう
なぞ解き
「はぁ――暇だ。気分転換にウオーキングでもするか」
平日の昼下がりにボロボロのアパートの一室で、暇そうにしている男が居た。今年で23歳になるこの男は、つい先月に高校を卒業してから5年間勤めていた会社を辞めて、現在は雇用保険をもらいながら仕事を探している最中だ。
すぐにでも次の職に就こうとはしていたものの、中々良い求人が出ていないのもあってだらだらとした毎日を送っていた。
なんとなく気分転換でもしようと外に出た彼であったが、見慣れた道など歩いても全く気分転換にならない。
「公園か…懐かしいな」
彼は生まれてから今まで、地元から離れて暮らした事がない。当然、目の前にある公園で小さい頃は遊んだことがある。
懐かしさからか、自然と足が公園に向かっていた。
この公園に来るなんていつ振りだろうか…小学生の時以来だったか。そんな事を考えながら、公園の少し薄汚れたベンチの上に座る。
子供の頃は大きく見えた公園も、大人になると小さく感じる。
「そうだ…くり公園だったな」
思い出したかのように呟く彼。
この公園の正式名称は違うのだが、公園に栗の木が生えてる事から、小さい子供たちの間ではそう呼ばれていた。
今でもそう呼ばれているのかは分からないが、昔も今も変わらずにこの公園では、近くに住んでいる小学生たちが遊んでいるようだった。
年季の入った遊具。
地面に木の枝で描かれた絵。
子供の頃は気にせず飲んでいた公園の水道。
ふと視線をベンチに戻すと、ベンチに何か書いてあるのを発見する。
『すすすすすすすすすす公園に行け』
「なんだこれ?ただの落書きか?」
黒のマジックで書かれた文字の筆跡から見るに、子供が書いたとは思えない綺麗な字で書かれている。
「つまり、なぞ解きか何かってことか?」
家に帰っても暇という事もあり、彼はこの問題を考える事にした。
「す…『す』が十個…の公園?じゅーす…あっ!『ジュース公園』か!!」
この付近には公園が何か所かある。その全ての公園には子供たちが勝手に付けた名前がある。その一つが『ジュース公園』だ。
公園内に自動販売機が置いてある事からそう名付けられた公園である。なんとも安直なネーミングセンスだが、それだけに分かりやすい。
子供でも解けるような簡単ななぞ解きだが、いざ答えが分かると意外に嬉しいものだ。彼は子供時代に戻ったかのように、ワクワクしながらジュース公園に足を運んだ。
◇
ジュース公園も住宅地の中にあり、そこまで広くない公園だ。中に入った彼は喉が渇いていた事もあり、公園内にある自動販売機でジュースを買う。
「うわ…懐かしいジュースがあるじゃんか。子供の頃にここで買って飲んでたな」
今はもう、中々売ってない炭酸のジュースを飲みながら彼は公園内を散策する。流石に平日の昼間なので、公園内には彼しか居ない。
最初は公園のベンチになぞ解きが書いてあると思っていた彼であったが、公園内に設置されているベンチには何も書いていない。
「おかしいな」
そう思いながらも公園内を散策していると、急に声をかけられる。
「お兄さん。公園で一人で何してるんですか?」
振り向くと不審者を見るような目で警官が立っている。
「え?いや、その、懐かしくなって公園に散歩しに来ただけっす」
自分は何も悪い事はしていないのだが、いざ警官に職務質問をされると緊張をしてしまう。
妙に疑り深い目つきが気にはなったが、自分の行動を客観的に見ると確かに、怪しいと思われるのもしかたがないなと、内心苦笑いであった。
その後も持ち物検査やら免許証を見せたりして、無事に誤解は解けたのだが、最後に警官に聞かれた事がある。
「先日、この付近の子供が行方不明になっているんですが、何か知りませんか?」
当然だが彼はそんな事件が起こっていたとは知らなかった。それと同時に、だから警官に声を掛けられたのか、と納得もした。
物騒な世の中になったものだ…そんな事を考えながら、飲み終わったジュースをゴミ箱に捨てようと、自動販売機に向かった時である。
自動販売機の側面に黒のマジックで書かれた落書きを見つける。
「こんな所にあったのか。下過ぎて大人は見落とすだろうな」
しゃがみ込み、書かれていた文字を見ると次のような事が書いていた。
ひ→に
ら→や
へ→□
そ→□
問題からして、子供向けのなぞ解きである事が分かる。
書いてある場所も子供の身長くらいの場所である事から、彼は近所に住む大人が子供に宝探しゲームをしているんじゃないか、と考えた。
「宝探しゲームか…昔よくやったな。しかし、どういう意味だ?」
昔からなぞ解きは得意な方だった彼は少し考えた後、答えに辿り着く。
「なるほど。五十音順に並べた時の隣の言葉、ということか。つまり、『へ』の隣は『ね』。『そ』の隣は『こ』。繋げると『ねこ』か。という事は、ねこ公園に次は行けばいいのか」
この公園も猫の置物がある事から、子供たちからは『ねこ公園』と呼ばれていた。
最初は暇つぶしのつもりでなぞ解きをしていた彼であったが、段々と面白くなってきていた。なぞ解きの最終地点には一体何があるんだろう――そう考えながら、ねこ公園に向かう彼であった。
◇
ねこ公園に着いた彼であったが、昔と変わらない光景に苦笑いを溢していた。
彼が子供の時も、このねこ公園は子供たちに人気が無かったのだが、20年近く経った現在でも子供たちが遊んでる風には見えなかったからだ。
錆付いた遊具に、蜘蛛の巣だらけの公衆便所。
伸び放題の雑草からして大して使用している雰囲気はなかった。
というのも、この公園は住宅地から一番遠い場所にある公園なので、子供たちも好んでこのねこ公園で遊ぼうとは思わないからだ。
「ジュース公園では自動販売機に書いてあった事から、彼は猫の置物になぞ解きが書いてあるだろうと当たりを付けていた。
「あった…けど、これは地図…か?」
塗装がほとんど剥げているねこの置物には、何処かの地図が書いてあり、その地図には星マークが書かれていた。
恐らくなぞ解きはもう終わりで、この場所に行けば何かあるのだろう。
「これって、俺の近所の地図じゃん」
彼のボロアパートは、住宅地から少し離れた場所にあり、周りには空き家が何件かある。
恐らくその空き家のどれかだろう。
スマホで一応写真を撮り、目印が着いている場所に向かう。
暫く歩いていると、地域の掲示板が見えてくる。何気なく掲示板に目を向けると、一枚のポスターが貼ってあるのが見える。
『この子を探してます。情報をお持ちの方はこちらまで連絡下さい』
その言葉と8歳の男の子の写真がポスターに描かれていた。
「警官が言ってたのはこの子の事だったのか…」
日付を見ると一週間ほど前のようだ。公園に遊びに行ってくると言って、家を出たまま帰って来なかった、とポスターの下の方に書いていた。
「…ん?公園…?」
何かが頭に引っかかりながらも、彼は地図の目印の場所に向かっていく。
◇
「ここみたいだな」
目印の場所は彼のアパートからも見える場所にある一軒の空き家。
掘っ立て小屋のような外観と伸び放題の雑草から予想するに、誰も住んでいない事が分かる。
一応、こんな外観でも人が住んでいる可能性もあるので、玄関の呼び鈴を鳴らしてみるが、やはり音は鳴らない。
中に入ってみようと玄関に手をかけたその時、すりガラスの玄関から小さな影が横切るのが見えた。
「は…?」
彼は間の抜けな声を出す。
まさか人が住んでいるとは思わなかったからだ。流石に中に入るのはマズいと思った彼は、引き返すことにする。
空き家から道路に出ようとすると、買い物袋を下げたおばさんとバッチリ目が合ってしまう。
「あんた、この空き家で何してんのさ」
怪訝な表情でおばさんは話しかけてくる。
「え、いや…今、空き家って言いました…?」
確かにこのおばさんは『空き家』と言った。であるならば、今しがた家の中を横切った小さな影はなんだったのだろうか…。
彼の事を不審者を見るような目つきで、見てくるおばさんに事情を説明すると、警察に連絡をした方が良いとの結論になった。
どうやらおばさんも男の子が行方不明になった事件の事を知っていたらしい。なんでも、近所では誘拐されたのでは?という噂になっているそうだ。
その事からもしかすると、誘拐された子供が中に居るのでは?という話になったのだ。
おばさんも一緒に警官が来るまで待っていてくれるらしく、110番で警察に事情を説明した。
◇
10分程でパトカーが空き家に到着し、やってきた警官にも事情を説明すると、警官二人が空き家の中に入って行った。
その光景をおばさんと共に道路から見ていたのだが、警官が家の中に入ってから数秒もしないうちに、空き家の中から怒鳴り声と誰かが暴れる音が聞こえてくる。
呆気にとられていると、数分後には空き家の中から警官二人に押さえつけられた、中年のおっさんと一人の男の子が出てきた。
あのポスターの写真に載っていた男の子のようだ。無事で良かった…そう思いながら彼は安堵の息を吐く。
その後、警官から詳しい話を警察署で聞きたいと言う事で、彼は警官と共にパトカーに乗り込む。
事情聴取を終えた頃には、辺りは真っ暗になっていた。
ただの暇つぶしだったのに、どうしてこうなってしまったんだ…。彼は頭を抱えながらボロアパートまで帰っていくのであった――。
後日、相変わらず暇をしていた彼は、スマホでネットニュースを見ていると、そこには先日の事件の記事が書かれていた。
『空き家で発見された遺体が、同じ市の小学校に通う8歳の小学生だと判明しました。
地域の住民によって空き家に怪しい人物がいるとの通報があり、空き家に居た40代の男性が殺人容疑で逮捕されました。』
この記事を見て、彼は疑問に思う。
男の子は無事だったんじゃないの?
【なぞ解き】~完~
なぞ解き ゆりぞう @yurizou
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