第19話 翡翠の声


 鳥の声がする。翡翠の声だろうか。


「こうしてミケヌと花を見られること」


 そんな声が響くとミケヌは急に肩の荷が下りた気がした。


 そうだよ。


 そんなことなんだ。


 こんなことだよ。


 目を開けるとサヤが戸惑ったような顔をしていた。


「からかってごめん。ちょっと試しただけなんだ」


 花野は静かに広がっていた。


 夕暮れになるまでふたりはそこで過ごした。


 風が冷たくなるまでいた。


 この花野がいつまでも続きますように。


 ミケヌはそれだけを祈った。サ


 ヤの手に触れたとき、ミケヌは何か守らないといけないような気がした。


 いつまでも続くはずだった。


 



 あの日がくるまでは。


 その花野の風景とサヤの手の温もりをミケヌは一生涯忘れることはなかった。


 もう、戻れない日々の温もりに風は何も言わず通り過ぎていった。


 花でこの世を象っているようだ。


 サヤの横顔と花が重なり合い、ハッとなった。


「私ね、今日のことはずっと忘れないわ。ミケヌが連れて行ってくれたこともずっと覚えておくの」


 ミケヌはそう言われて少し照れ臭かった。


「僕が守るから。サヤのことは」


 それに嘘偽りはなかった。


 ミケヌは本気だった。


 サヤは急に言われて少し戸惑っているように見えた。


 でも、サヤはからかうことはなかった。



「また来たいね。こんな日に」


 サヤは静かに微笑んだ。


「また来られるわよ。いつでも」


 花の色が変わっていく。


 空の青を掴みたくなるほど空は澄んでいた。


 またこうしていけるだろうか。


 もう、己もサヤも大人へと差し掛かろうとしている。


 髷を結ってしまえばもう前のように気安くは話せることもないだろう。


 まだまだ話したいのに、とミケヌは思った。


 大人になるための関門もそろそろだろう。


 


 そしたら、サヤとはもう二度と話せなるかもしれない。


 ミケヌはそれを思うと急に胸がへこんだ気がした。


 まだまだ話したいことはあるんだ。


 花野を後にし、ミケヌはサヤと御池に行って水かけをした。


 サヤがきゃあきゃあと騒いで逃げる。


 ミケヌも負けるまい、と思い、水をかけ続ける。


 そんなミケヌにサヤはたくさんの水をかけた。


 ミケヌはびっしょりと濡れてしまった。



「ああ、濡れてしまったね」


 いいか、こうして遊べたんだから。ミケヌは額についた汗を拭った。


「さっきも濡れてしまったわね」


 ふたりともびっしょりだった。思わずおかしくて笑ってしまった。


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