第10話 狩猟の春


 鶏が朝を呼ぶ鳴き声がした。


 霧が吹いている。


 ミケヌは朝早くに目が覚めた。


 美豆良を結って貫頭衣を身に纏うと櫓から飛び出した。


 先にミケイリ兄さんが起きていた。


 狩りの準備だろうか。


 大きな弓矢を持って稽古をしていた。


 ミケヌも負けるまい、と小さな弓矢を持って一緒に稽古した。


 ミケイリ兄さんが呆れたように言う。



「駄目だな。まだまだだよ。まあ、狩りにでるだけでもいいさ」


 まだ小心者なのもよくわかっている。


 同じ年齢のキハチのようにうまくできないこともよくわかっている。


 それくらい十分すぎるほどわかっていた。


 まだまだなんだな、とミケヌは思った。


 昨日の残りの雑炊を食べ、後から起きたイツセ兄さん、イナヒ兄さんとともに集落の奥の森へと出かけた。


 


 今日が初めての狩りだった。


 ミケヌはわくわくして浮きだった。


 やれることはやろうと思う。


 今日のためにすごく練習してきたんだ。


 キハチが後ろからついて来ている。


 この時期ならば春に生まれた小鹿が大きくなっているかもしれない。


 三人の兄さんは素早い足取りで森の奥へと入っていく。


 遅れをとらないようにミケヌも奥へ歩く。


 陽射しが高くなった。


 もう、昼時なんじゃないかな。


 そう思った。


 とはいえ、まだまだ足取りは止まらない。


 一瞬気が止まるような音がした。


 獲物が近くにいるんだ。


 ミケヌは腰を屈んだ。




「ミケイリ兄さん、いるの?」


 ミケイリ兄さんはじっと目線を合わせながら頷いた。


 いるさ、すぐ近くに、と小声で言う。


 ミケヌの心臓は止まらなかった。


 すぐ近くにいるんだ。


 よく目をこらえると大きくなった小鹿が岩の前にいたようだった。


 あれくらいならば狩ってもいいのだろうか。


 小鹿はまだ気づいていない。


 イツセ兄さんが弓矢をつがえた。


 鋭い音を出しながら弓矢は大きく引かれた。


 ビイッと唸るような音を出し、矢は小鹿に当たった。


 命中した、と思うとそうではなかった。


 小鹿は踵を返し、すぐに森の奥へと逃げ去った。


 ミケヌは気落ちした。


 張るような空気が終わり、ミケイリ兄さんが手を伸ばした。


「しょうがないなあ。こんなこともあるさ」


 キハチが何か言っている。


「あの小鹿じゃ、小さいよ」


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