第8話 昔話
塩筒の爺は器に盛られた山桃を剥きながら言った。
「三人も子どもがいたのにその度に疑ってチビながら懲りないなあ、と思ったものだよ。ニニギさまが泣き叫びながら姫さまに謝っているところも昨日のことのようだよ。お前さんたちは疑われなくて良かったな。わしは初めてホオリが海へ出かけたことも覚えているぞ。めそめそ泣いていたわい。兄のホデリにこっぴどく叱られて砂浜でめそめそ泣いていたなあ。昨日のことのようじゃ。あんなホオリも生きていたら孫がこんなに……」
塩筒の爺はいつも話が脱線する。
イツセ兄さんも退屈したのか、あくびをし始めた。
毎晩囲炉裏の前でみんなと囲っても同じことだ。
格別仕事がある訳じゃない。
ただ塩筒の爺は色んなことを知っているから話が乗り出すとあっという間に時間が過ぎていく。
久米兄さんの話にはかなわないけれども。
「ああ、つまんないわね!」
アヒラの小言が聞こえる。
ミケヌは塩筒の爺が剥いた山桃の煮つけをアヒラに渡した。
「食べ飽きちゃったわよ! たまには他の物を食べたいわ」
山桃でも十分ごちそうだと思うけれども、とミケヌは思った。
山桃はなかなか採れないのだ。
隣りの村まで行かないと採れない。
アヒラが受け取らなかったのでミケヌが代わりに頬張った。
すごく甘い。
サヤはアヒラと違い、すべて頬張った。
ミケヌはどちらかというとサヤのほうが気になっていた。
サヤは大人しい性格だけれども人一倍我慢強くて何よりも誰にでも優しかった。アヒラのように気は強くない。
「サヤ、もっと食べる?」
ミケヌが山桃を渡すとアヒラが取り上げた。
「ずるいわよ。ふたりだけで」
そんなところがアヒラらしいんだよな、とミケヌは思った。
サヤは桃を取られても起こりはしなかった。
ミケヌは塩筒の爺に昼間の戦舟のことを話した。
塩筒の爺はうーん、と唸った。
しばらくの間、沈黙が流れた。
何か不吉なことの序章だろうか。
ミケヌはそれが頭から離れなかった。
「それはお前さんの未来を見る力なのかもしれないな。ミケヌ坊、お前さんには他の者にはなしえない力があるのかもしれない。毎晩見る夢も今日見たその戦舟もその序章かもしれない。これはいいことかもしれない。わしは今までたくさんの人間を見てきたがお前さんのような力を持った者は初めてじゃ。まあ、こんな日向の村で何か大きなことができるのか、それはわからないが」
塩筒の爺は感慨深げに言うのだった。
そんなわけがない、といつものようにミケヌは思った。
こんな小さな村で起きることは本当に小さなことだ。
「アヒラ、お前さんも大ごとになるかもしれないぞ」
アヒラがプッと吹き出した。
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