第5話 潜水


 キハチが水面からひょっこり顔を出した。


「わからない。ずっと深いんだと思う」


 ミケヌは少し震えながら言った。


「弱虫だなあ。ミケヌはそんなに怖いのかい?」


 キハチはペッと舌を出した。


「俺なんかずっと潜っていられる自信があるぜ。全然怖くないよ。深いと言っても下に着くんだから怖いものなんてないさ。何かあるのかな。息を止められたらずっと潜ってやりたいぜ」


 ミケヌがあんまりにもぶるぶる震えるのでキハチはため息をついた。


「駄目だな。潜ろうと思っていたのに失敗だよ」


 キハチの口に残念そうに息が漏れているのがわかる。


 臆病なのは自分のせいだ。


 ミケヌは弱い自分に爪を立てたくなった。



「何をしているの?」


 アヒラがそんなふたりをからかうように話の輪に入り込んだ。


 サヤが後ろに隠れた。


 ミケヌの顔を覗き込むように見て首をすくめた。


「男同士で何がしたいのよ? この御池に潜る気なの? 冗談じゃないわ」


 


 それはミケヌも同じだった。


 良かった。


 同じように思える相手がいて。


「アヒラもそう思うんだね。ほら、キハチ、駄目じゃないか。こんな調子じゃ、いつまで経っても潜れないよ」


 キハチは腹が立ったのか、顔が少し赤くなっていた。



「いいさ。俺だけで潜ってやるんだから」


 キハチは一度考えたら止まらなくなるからな、とミケヌは思った。


 前も鹿肉の大きさの有無でイツセ兄さんやイナヒ兄さんと喧嘩になっていたし、結構我が強いところがあるから。


 貫頭衣を脱いで潜っていためか、アヒラはきゃあ、と顔を隠した。


 アヒラの悲鳴が御池の水面に響く。


 ミケヌは慌てて隠した。


 美豆良が乱れ、


 水が滴り落ちる。


 アヒラにみっともないところを見られてしまった。



「ごめんよ、アヒラ」


 こんなことを言っても許してもらえるだろうか。よりによってこんな格好で見られるなんて不運としか言いようがない。アヒラはひょっこりと顔を出した。あまり気にしていないようだ。ミケヌはホッと安心した。サヤがそんなミケヌをじっと見ている。


「サヤ、どうしたの? ミケヌの顔に何かついているの?」


 ミケヌは試しに顔に何かついていないか、触ってみたが何もなかった。


 おかしいな。


 勘違いしているんだろうか。


「何もついていないわよ。ねえ、サヤ」


 サヤは何度も頷いた。ミケヌの顔は真っ赤になりそうだった。


「アヒラとサヤはミケヌ坊やが好きなんだよな」


 キハチの声が響いたとき、ミケヌは心臓が飛び出るかと思った。


 そんなわけはない。


「そんなことはないよ」


 必死になって否定したけれどもキハチはさらに冷やかした。


「ヒュー。いいな、羨ましいよ」

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