第4話 日向の森


 村の近くには大きな湖があった。


 ミケヌはそこでよく水浴びをしたり、魚を釣ったり、深くまで潜って競争したこともあった。


 ただあの湖はすり鉢状になっていて一度足を落としたら二度と上がってこられない、とミケイリ兄さんから聞いたときは背筋が凍った。


 無茶はしてはいけないぞ、と念を押された。


 今日も村の友だちのキハチと一緒だった。


 キハチは日向の森で昔から住んでいた山の民の子どもだった。


 キハチには妹がいた。


 その名をサヤ、といった。


 キハチはもう何千年も前から住んでいる山の民の末裔だった。


 この日向の地で山の恵みをもらい、海の幸を願い、何事もなく過ごしていた。


 ミケヌはサヤと親しくなり、山の民であるキハチの一族とも親しくなった。


 ミケヌの一族は西の大陸から戦乱から逃れてやってきた流浪の民だった。


 もう、ミケヌの一族がこの日向の地に住み始めてから、かれこれ、何十年も経っている。


 ミケヌの一族は大陸から稲作やら、剣や鏡といったキハチの一族にはなかった技術をこしらえていた。



 キハチは初めて黒曜石に代わる剣の煌めきを見たときの興奮は忘れない。


 鋼の赤さも忘れない。


 こんな硬いものがほかにあるのだ、と知ったときは驚きのあまり、指で撫でて皮膚を少し切ってしまったくらいだからだ。


 サヤとミケヌは同じ年だった。


 よく御池の岸辺で水浴びをして遊んでいた。




 キハチはその光景を黙って見ていた。


 ミケヌは明るく、機転が早く、皆の者に優しい少年だった。誰に物怖じはしなかったし、野苺を摘んだり、獣を追って狩りに出たり、稲を植えたり、何事にも積極的に働いていた。みなの者はそれを頼りにしていた。


 仕事の合間にサヤと遊ぶのも皆、微笑ましく思っていた。


 キハチはたったひとりの妹が笑い合って遊ぶのもこの上なく幸せだった。


 サヤとキハチの母はサヤが幼い頃に死んでしまったからだ。


 サヤはミケヌのことを実の兄のように慕っていたし、キハチもミケヌの三人の兄たちとも仲良くやっていた。


 とくにミケヌのひとつ上の兄のミケイリとはよく話していたミケヌにはアヒラという阿多の一族の娘である幼馴染もいた。


 阿多の一族はタマヨリやミケヌ兄弟の祖母であるトヨタマ姫の実家であり、航海に長けていた。




 キハチは山のことならば何でも知っていた。


 どうやったら木を伐り出せばいいのか、木の実はどのあたりによく落ちているのか、嵐のときに山には行ってはいけない、などよく知っていた。


 アヒラはミケヌよりも三つ下で航海によく行っているためか、泳ぎが得意で活発な少女だった。


 キハチも水遊びが得意でミケヌとはよく遊んでいた。


 霧島の山々が見下ろす湖で三人は遊んだ。


 この湖のことを村の者は御池と言った。


「御池の奥はどれくらい深いんだろうな」



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