第3話 平穏


 ミケヌは昔からある夢を見ていた。


 毎晩同じ夢ばかり見るのだ。まだ行ったことがない遠くの国で王冠をかぶっている夢だ。


 それを村のみんなに話したら大笑いされた。


 ミケヌは何かとぼけたんだよ、とミケイリ兄さんから言われたときはさすがにムスッとなった。


 それを久米兄さんに言ったら同じことを言われて、ますますムスッとなった。




 とはいえ、毎晩同じ夢を見ることはさすがに夢遊病なんじゃないか、と思って長老の塩筒爺に尋ねてみたら何か将来功があるのかもしれない、と言われた。


 それを言われたとき、ミケヌはこんな小さな村で育った己にそんなたいそうな未来がある訳がない、と思って自分でもおかしくなった。


 ミケヌには村で木の実を拾ったり、猪を捕まえたり、田植えをして稲をこしらえたり、遠くの村まで行って物を交換したり、たまには御池の岸辺で水浴びをしたり、それで十分だと思っていた。


 いつまでも続く平穏な毎日が終わることなんてないんだ。


 


 ミケヌは今年で十二歳だった。


 もう、子どもじゃない。


 とはいえ、イツセ兄さんやイナヒ兄さん、ミケイリ兄さんたちと比べればまだまだだし、己にそんな力があると思えなかった。


 イツセ兄さんみたいに弓矢で持って上手に狩りもできないし、イナヒ兄さんみたいに上手に魚も釣れない。


 ミケイリ兄さんみたいに遠くの村へ行って交遊もできなかった。


 まだまだ半人前だ。それはよくわかっている。


 ミケイリ兄さんの幼馴染の久米兄さんの故郷の南国に広がる珊瑚礁という海に広がるそれも見てみたいし、いつか一艘の船に乗って大海原を旅してみたい、と思うこともあった。



  まだミケヌは海を見たことがなかった。


 久米兄さんがその南国の島から持ってくる阿古屋貝や珊瑚のかけらはどれも立派で虹色の貝の紋様が美しい。


 四兄弟の母であるタマヨリも久米兄さんが持ってきた貝殻の腕輪を見るなり、大喜びだったし、ウガヤの父さんも阿古屋貝には驚いていたし、村の者全員が集まって物珍しさに見物をした。


 久米兄さんは何日もかけてその日向から南に下った島々へと行く。


 生まれも育ちも久米兄さんがこの日向の山村の村に来たことには理由があった。


 


 交易のためだった。


 久米兄さんの一族は幼いころから航海に長けているのだ。


 珊瑚のかけらや阿古屋貝の代わりに日向の村では山で採れた水晶やお米、団栗や木の実、川で採れた魚、干した猪肉や鹿肉などを交換する。


 それよりも高価なものは異国の鉄で精製した剣や鏡などが主な交換の品々だった。


 ミケヌの住む村には大きなタタラ場があって村の男らが休むこともなく作業している。


 その鉄を生むための材木を霧島山から切り出していた。


 その轍を精錬するのは村の男衆の仕事だった。


 狩りにタタラ踏み、田畑の開墾に青銅の精錬、女衆は稲刈りに裁縫に手料理、村での暮らしはまずまずだった。


 ミケヌはこの暮らしが永遠に続くと疑ってもみなかったし、これ以上暮らしが良くなると思っていなかった。


 小さな村での暮らし。


 それが自分の生活のすべてだった。


 上の兄さんたちみたいにもそろそろやれるだろう。


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