第2話 紺碧


 瞼の裏に故郷の風景が浮かんだ。


 揺れる水の綾と豊かな紺碧の水と鳴きやまない鳥たちの群れ。


 そこで水を浴び、無邪気に遊ぶ幼い己。


 いつまでも続くと思っていた楽しかった一日。


 背負うものもまだ何もなかったあの頃。


「たまには昔のように語るのも良かろう。そなたのことを久米兄さん、と呼んでいたあの頃のように」


 久米命は頭を上げなかった。


「しかしながら、今はご立場が違うのです。かつてのように無邪気に話すわけにもいきませぬ。このことが皆の衆にばれたら私の首が飛びます」


 男の眼には深い影があった。


 もう、戻れない。帰りたくても帰れない。


 そうか、あの頃は夢だったのかもしれない。


 もう、己は施政者の何者でもない。



「もう、良い。そなたも早く休むがいい」


 久米命は頭をもう一度下げ、後にした。


 鏡に星が映る。男の顔もよく映った。


 ここではわが子ですら、気安くは抱くこともできない。


 もう、前とは立場が違うのだ。


 己を律しないといけない。


 窓を見ると数多の星が瞬いていた。


 虚空に一筋の流れ星が見える。今


 宵は昔話をしても良かろう。


 男は舞台から立ち上がり、夜空を見た。


 


 夜が明けるまで物思いに耽るのもいい。


 ここまで来るのに長いようで短かった。


 ……これは遠い昔の話。


 この日向から旅立った皇子の話。


 昔々、この日向の国にはひとりの皇子さまがおられました。


 高千穂の峰の麓の御池で遊んでおられました。


 まだ深い湖がたくさんあった頃の太古の話。


 大地が幾度もなく震えていた頃の話。


 今宵はこの遠い昔話を聞かせてください。


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