神様
桃の妖精
神様
生憎と雨模様の今日は日曜日。
社会人になってからは、とても珍しい金曜日から続く三連休最後の日だと言うのに、溜め込んでいた漫画やゲームはたった今、全て消化しきってしまった。
仲のいい近所の友人たちの殆どは、家族サービスの一環で旅行や、一緒にゲームでもしているのだろう。
今年で三十路に到達するが、彼女という存在が人生の中で一回も存在した記憶がないという事が全てである。
今日の天気に引っ張られてか、気分がだんだんと落ち込んでくる。
「出会いが欲しいなぁ……」
ボヤいてみたところで出会いがある訳もなく、このまま何もせず今日が終わっていくのだろうか。
「ああ、辞めだ辞め!」
暗くなった思考を振り払うように、俺は長時間のゲームで硬くなった体を伸ばす。
そしてそのまま立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。
暗い気持ちを吹っ飛ばす方法は簡単だ。
冷蔵庫を空け、常備している“ブツ”を手に取る。
ストロ〇グゼロ。
そう、つまり酒を昼間っから胃に流し込むだけで嫌な感情は全て吹き飛ぶ。
酒は神が生み出した人類の救済飲料。
いや、俺にとっては酒自体が神なのである。
フッフッフッ……後は冷蔵庫に常備しているキュウリと、塩昆布、そして少しの梅肉チューブ。
キュウリは塩で揉んでから水で洗い流し、頭とケツを落とすと、1口大にざっくり切っていく。
後は塩昆布を適量とキュウリ、梅肉チューブを気持ち多めに袋に入れると、ひたすら振る。
それを小皿に載せてやると塩昆布の塩っけ、梅肉の酸味と香り、キュウリの食感とで、サッパリとした驚く程にサラサラと酒の呑めるツマミの完成だ。
時は満ちた! 俺はウッキウッキでストロング〇ロの口を開ける!
遂に俺の、俺だけの宴が始まる……!
ピンポーン。
至福のひとときに突入しようとした俺の耳に、現実に引き戻すかのようなチャイムの音が聞こえてきた。
「……何か頼んでかな?」
宴の始まりを邪魔された事に少しの苛立ちはあるが、顔に出さずに玄関の扉を開ける。
「あっ、えっとお昼からすみません。今日から隣に引っ越してきた酒井です。こちらお菓子です、良ければどうぞ」
俺は宴を邪魔された事への怒りも忘れて呆けてしまった。
なぜなら、扉を開けた先にいたのは、おそらく大学生くらいの、街中で合えば男の俺でも振り向くような、美しい顔付きの男性だった。
「あっ、えっと、これはご丁寧にどうも。松口です。今後とも、お隣さんとしてよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
今思い返すと、確かに午前中にゲームをしているとやけに廊下や隣がうるさかった気がしてきた……
その物音は、この美しいお顔を持つ隣人が越してきたからだったのか……と今になって納得した。
滅多に見れない顔面国宝を見れた事だし、ヨシ、俺は宴に戻るぞ。
話が終わったと思い、俺は扉を閉めようとするが、酒井さんが口を開いた。
「ところで松口さん、あなたは神を信じますか?」
「……はぁ?」
神……?
いきなり何を言い出すんだこの大学生(仮)は。
このイケメン、顔はいいのに宗教関連のヤバい人か?
宴に早く戻りたい俺は適当にあしらう事にする。
「ああ、信じてるよ。というよりも俺は見た事があるからな。今も俺の部屋に居らっしゃる」
神と書いて酒と読むけどな。
「本当ですか!? 神様がすぐ側に居るだなんて……わ、私に神様の御姿を見させてはくれませんか!」
……食いついてしまった。
酒井さんは目をキラキラと輝かせている。
この少年のような純粋な目を前に、今更嘘だなんて言いずらい……
「その、あ、あれだな! 酒井さんの神様への感謝の気持ちが伝わったら、御姿を見せてくれるんじゃないかな!」
そう俺が勢いよく嘘を伝えると、酒井さんは腕を組み考え込んでしまった。
扉を閉めるなら今が絶好のチャンスなんだろう。
しかし、酒井さんに嘘をついた気まずさで、俺は扉を閉めることが出来ないまま、玄関で待っていた。
そして十数秒が過ぎたあたりで酒井さんが顔を上げた。
しかし何故か覚悟が決まった顔で。
「松口さん、いいえ師匠! どうか俺に神様が姿を現してくれるように稽古を付けてください!」
「……はい?」
いきなりの展開に唖然とする俺。
そんな俺を置いて、酒井さんの熱い言葉が続く。
「稽古といっても、師匠は何もしなくて大丈夫です。私が見て学びますので。師匠は、神様が御姿を現してくれるようになる程、信仰心が強いのだと思いました。だから私も師匠の立ち振る舞いを直に見せていただきたいのです!」
「お、おう」
その話しは嘘なんだ……嘘なんだと今すぐ伝えて逃げ出したい!
「……やっぱり、ダメですか?」
俺が何も言えずに困っていると、酒井さんは悲哀に満ちた顔をする。
「いいよ」
口からするりと言葉が出てきた。
「本当ですか!」
酒井さんは先程の悲しそうな顔と打って変わって、太陽のごとくキラキラとした笑顔へと変わった。
コロコロと表情が変わって、その美しい顔の力もあり、顔面偏差値の暴力で殴りかかってきている。
もし、しっぽが付いてたらブンブンと振っているような勢いだ。
「ああ。だが、俺は基本的に平日7時半から21時まで仕事だから、土日ぐらいしかないけどな」
「それでもいいです! あ、あと自分のことは下の名前の結弦と」
「わかった。だがいいのか? 初めてあったのにこんな事言ってる奴は怪しいと思うんだが?」
「いいえ! 神様を信じる人に悪い人はいません! それに、師匠は心配してくれましたし。だから大丈夫です」
「お、おう。そうか……」
こんなに簡単に人を信じて、大丈夫なのだろうか……
そのあとはお互いの連絡先を交換して、結弦は自分の部屋へと向かったのを確認して、自分の家の扉を閉める。
「ふぅ……」
嫌な汗が出てくる。
神様が見えるというのが嘘だと言えば、それで終わったのだろう。
しかし俺は逃げを選んだ。
本当に俺は最低なやつだと思う。だから彼女できないんだぞと自分に愚痴る。
気分を切り替えようと、テーブルに置いてあるス〇ロングゼロを一気に口の中へと流し込む。
「ああ、ぬるいなぁ……」
俺の中の神なんて、こんなもんである。
神様 桃の妖精 @momonoyousei46
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