恋愛に関する見解

@nekosekai

第一章 駅のホームに色気を落としてきた

夏に帰った故郷の牧場にいた牛を見て


女みたいだなあ


と思った


都合のいいように使われて、子を養うための乳は人間の食料にされて仕舞いには自らを捌かれて殺される


結局は揺りかごから墓場まで全て人間、はたまた男の手のひらで踊らされていたって事だ


それって本当、女みたいだよ


ミニバンの送迎車に乗って、私を指名した主の元へ送迎されている車内でそう思った


「最近送迎用の車変えたんすよ、乗り降りしやすくていいでしょ」


と運転手が言ってきたので


「そうですね」


と返した


気を使っているのか、はたまた運転手自信がこの無音な雰囲気に耐えかねたか、どちにせよ余計なお世話だ 「この人はこれから汚れ仕事をしにいくのか、やれやれ可哀想に(笑)」と鼻で笑ってればいいの


まるで主に売られていく子牛の様だ


無音な車内だが私の脳内ではドナドナが永久にリピートされている


私がデリヘルという仕事に片足を突っ込んだ時になぜこうして身を削ってまでお金を手に入れなければいけないのよ、と思ったけれど、私が社会不適合者だったせいで気づかなかった、これが仕事ってやつなんだ


父は幼い頃から私に水商売だけはするなと言っていたが、今になってあの鬱陶しかった言葉の優しさに気づく


こんな私の腕をとって、違う道に導いてくれる人が入れば良いのにと思ったけれど私ももう大人なんだ、そんなことは言ってられない


私はこれから男の快楽の道具にされて、時間が来たら捨てられる。幼い頃に、使ったおもちゃはおもちゃ箱に入れなさいと母は私を叱っていたけれど、仮に私がそのおもちゃだったら箱なんかに入れないで主と沢山の世界を見て回りたいと思った


けれどそんな訳にわ行かないわね


これから私は幼い頃に遊んでいたおもちゃのように扱われる訳だけど、夏に帰った故郷にいた牧場の牛たちと比べたら私はまだ幸せだと思った


なぜなら身を削ったらそれなりの報酬が金で帰ってくる


それなのにどうしてだろうか、今の私はあの牧場でのびのびと暮らす牛に少し嫉妬してしまった


「着きました、ここっす」


運転手はそう言って後部座席のドアを開けた


「何時間コースっすか?」


「一時間」


「了解っす」


車を降りると東京の中でも政府から見捨てられてそうないかにも廃れた住宅街の中だった


草木がアパートを侵食して、今にも朽ちてしまいそうな家ばかりが並んでいた、こんな街に住む人なんて顔を見なくとも、家を見ればなんとなく分かる。


何故だか私は高校の部活のインターハイで絶対に勝てない相手に負け試合を仕掛けにいくようなあのなんとも言えない情けない感覚に陥った


「それじゃ、一時間後に」


そう言って運転手は車に戻った


私が遊ばれている中こいつは、車の中で気持ちよく眠って煙草が吸いたくなったら吸えて腹が減ったら近所のコンビニにでもいって買い物をするんだ、いい商売だよほんとに


私は控えたアパート名と部屋番を頼りに玄関前までやってきて、インターホンを押した


三〇七号室


エレベーターなんてものは当たり前になくて、三階まで登る階段は酷く錆びれていてほんとに崩れ落ちてしまいそうだった。まるで片道切符の手すり階段


インターホンを押すと、玄関があいた


ほーらね


間違いなかった、そりゃここまで廃れた家を見れば分かるさ。私を呼んだ男の容姿はまるで生きた屍って感じで、生きてるんだか死んでるんだか分かんない様なひょろひょろな体に何日も剃っていないのが分かる汚い髭、煙草を吸っているのか、当たり前に歯を磨いていないのが分かる黄色い歯


ああ、牛になりたい


正直、今ここでこの男の容姿を罵ってはっきりとアナタとは出来ません。 と言いたいのだけれどこの衝動に身を任せると仕事が無くなる


それは困る、だから嘘でも可愛く振る舞わなければならないのだ玄関を開けたその男に私は口角を上げて名を名乗った





部屋に招かれるともう既に限界だ、テーブルにはいつ食したのか分からないカップラーメンが散乱してて、中にはカビの生えたものもある

しかし、私の鋭い観察力が働いた。誰かとカップラーメンを共に食べた痕跡がある、カップラーメンのカレー味とシーフード味、コンビニで貰える箸が二つあった、きっと以前にも呼んだデリヘルとカップラーメンを食したのだろうが私は絶対に嫌だ、一体この男は何匹のゴキブリを飼っているんだ。


この部屋での飲食など、道端に落ちた食べ物を食う方がよっぽどましよ


私は男にお風呂に入って行くようにと伝えた


基本的にデリヘルとの行為は、体を綺麗にしてからでないと始まらない


私がそう言うと彼は

「一緒に入りたい」

と言うのだからもう絶望だ


基本的に、"私達"は ムリ と言えない


それは相手が腐ってもお客さんだからだ


私が 〇 と言うと彼は浴槽にお湯をはった


この男、少しぐらい私の事を思ってくれてもいいのにな、お湯が浴槽を満たすのにだいたい八分程時間を要した、私としてはラッキーだ

一時間/八分はかなりでかい、しかしこの八分間に、「カップラーメン食べます?」なんて言われたらどうしよう、ありえない話ではない


カップラーメンは三分で食べられようになるし、五分で食べてくださいと言われれば有り得る話しだ


それだけは嫌だと思っていたら、彼は自己紹介を始めた


急な自己紹介に不自然にポカンと空いた口に気づき口を閉じた


彼は田中といった、私は距離を詰めるためにタナチャンと呼ぶことにした、すると彼は好きな食べ物とかアニメの話とか好きな行為とか話し始めた


こんな生活をしているくせに好きな食べ物がローストビーフ丼ってどう言うことよ


時はやって来て、浴槽にお湯が溜まった


私は脱衣場でタナチャンの服を脱がして浴槽に入った


二人で入ることなど想定されていない大きさの浴槽に男女が二人で入るこの絵面と言えばきっと酷いのだろう


だけど私、男とお風呂に入ったのは初めてかもしれない


昔は、彼と浴槽にお湯を溜めて泡風呂なんか作って共に入りたいと願ったものだ、だけどお風呂に入る所か仕舞いには捨てられて、虚しい浴槽に一人浸かるというものだった


タナチャン、私の願望を叶えさせてくれてどうもありがとう


奇しくも初体験はタナチャンだったけれど


お互い体を流しあい、風呂を上がるといよいよ本番が始まるのだ


こーゆー奴らは自分のベッドだけは綺麗にしてる、少なくとも自身が綺麗だと認識すればそれは綺麗なのだ、しかし他者から見ると糞ほどに汚い、だけどこの男からしたらまだ綺麗なのだろう


自分のテリトリーだけは大事にするみたいな、ベッドが僕の世界ですみたいな男だこの人は


私はベッドに寝そべり、彼は私の服を脱がせた

また私も彼の服を脱がせた


一体この一時間で幾ら発生するんだ


少なくとも、下で寝ている運転手より稼げながねばならない


そして彼が恐る恐る私の体に触れる、肌がカサカサしていて気持ちがわるい


ほんとにThe汚いって感じでさ、どうやって政経立ててんのかホント不思議になっちゃうくらいに社会不適合者みたいな面をしてるくせに、少し顔が良い


これは今この雰囲気に騙されて彼がかっこよく見えているのか、勿体ない面をしているのか


こういう奴に限って贅沢な骨をしているのよね


髪を切ってしっかりとして、街中をあるけば少しは女の子の気を引けそうな面だった


まあそもそも面構えを正した所で、こういう生活やだらしなさが滲み出てしまうのだから根本的に直さなければ意味が無い


私の彼氏がそうだったから


彼女もいた事がないのだろう、そう思うと彼にも私の故郷に住む牛を見せてあげたくなった


彼はパンツを抜いで私に跨ると荒い息をたてた


正直ここまで来ると何も感じない


私はただ天井を一転に見つめていれば事は終わる


あとはご勝手に使って下さい、と体を委ねた


するとその瞬間玄関が開いた、キィッと軋むボロい家特有の玄関の開閉の音と共に、ドスドスと言う音が寝室に近ずいて来て、寝室のドアが開いた


私は驚いて布団で体を隠した


『何してんの?』


女だった


その瞬間、男は酷く動揺したようで「なんでいんの?」とか言って、手で自身の一物を隠した


その時私は瞬時に確信した


コイツ、彼女いるくせにデリヘルとか呼んでんだ


ああ、あのカップラーメンは彼女と食べたやつか


私も私で動揺して、フツフツと煮えたぎる沸点を衝動のままに彼にぶつけようと思ったが仕事が無くなってしまうと踏んで冷静に判断し、私も被害者面を装った


『は?まって、何その女。まじ何してんの、まじでバカ?』


恐らくこの場に留まれば私の仕事の範囲外に踏み入ってしまうと感じ、あえて怒りを顕にしたように見せ、ベッドに雑に置いたワンピースを着た


手当たり次第にブラジャーを手に取るとパンツが見つからない、この際どうでも良い、私はブラジャーを掴んでノーパンのままそそくさと家をでた


あの女、すれ違い際、人を殺しそうな目で私を睨んでいた、あえて私を逃がしたワケはなんだったろうか、いやどうでもいい


さっさと車に戻ろうと階段を降りた


カンカンカンと音を立てて下へ降りる


私も動揺して錆びれた階段になんの恐怖心も抱かなかった


私が階段を降りていると後ろから彼が上裸のまま私の腕を掴んだ


「まって!」


「はあ?」


思わず私は動揺のままに「はあ?」と口にした

既に限界を超えていた私にはもはや怒り以外何も残ってはいなかった、上裸で女の腕掴んで「まって!」ってどう言う絵面だよ


すると男はモジモジしてこう言った


「また呼んでいい?」


その瞬間、何かがプツリと切れた


後先を考える事が私は苦手だった、目先のことに気を取られて後で後悔するタイプ、こういう人種は恋愛において苦難を要する、それから私は何かを買う時も言葉を発する時も後先の事を考えて行動するよう心がけた。

デリヘルだってそうだ、リピーターを増やすために愛想振りまいて恋に落ちて下さい、イケナイ恋をしてくださいと笑顔と優しさを振りまく。


が、この動揺と怒りという最悪の複合の末、腹から煮えたぎる怒りを解放した


「バカか。バカかよお前は。この状況理解してる? さすがに理解出来るよね?浮気がバレたんだよ、アンタの後先考えないくだらない性欲のせいで、女はどうしたよ、女は。 なに独りにさせてんだよ。はぁ、アンタまじ? ちょっと愛想振りまいたらコレ、笑わせんなよ、いや笑えねえよ、あのね、アンタに向けた優しさも愛想もこっちは全部営業だから、分かる?仕事してんのこっちはイケナイ恋愛しに来たわけじゃないわけ、分かる?一般的に彼女いるやつはデリヘルなんて呼んじゃいけないわけ、一般的って言うのは普通って事だからね?まあ確かに、あんたの生活見てたら普通ってなんだよってなるのは百歩譲って、人間としての常識なまであるから、普通なんて言い始めたらあの浴槽に一緒に入ろうとか本気?心底笑えたわ。デリヘルってねデリバリーヘルスって言うの、英語とか分かる?分からないだろうね、健康を届けるって意味、捨てどころのない性欲を解放させて上げるためにデリヘルとしてやってきてる訳、なのにアンタはどうよ、性欲ぶつける相手いんじゃん、何してんだよ。独りの女愛せないクセしてデリヘル愛そうとしてんじゃねーよ」


肺に溜まった酸素を出し切って息切れをした


そして怒りをぶつけた後にやってくるのはいつもそう「はあ、またやってしまった」 という後悔だけ


男は変貌した女を目の当たりにして戸惑っていた


なんだよ、イラついたかよ、なんか言って来いよ、馬鹿で言葉が出ないなら手を出せよ。


そしたら金が入る


なんか言って来いよ


すると男は一言


「怖っわ」




そう言って上裸で階段を上がっていった

その男の「怖っわ」でいかに私は私を捨てていたか理解出来た、それと同時にあんな男に笑われたことが心底悔しかった


負け試合を挑みに行ったはずがなんでこんな悔しさを感じなきゃいけないのよ


なんであんな男に彼女が居て、私にはいないのよ、何処か違う敗北を感じて自分を恥った


そういえば、私とカレとの別れもこんなんだった、立場が逆転して私が浮気をされる側


家に帰ると他の女と寝ていた、女は靴も履かずにそそくさと出ていって、動揺する彼氏を今と同様に罵った


そのくせしてカレは私に「好きだよ」って言ってきた。


さらに沸点の上がった私は泣きながらベッドにあった枕でカレを叩き続けた、拳で殴りたかった気持ちはやまやまだったがさすがに人としてのナニカは持っていたから手元にあった枕を武器にした、そして朝日が登ると彼は、豹変した彼女に愛想を尽かしたか荷物を持って出ていった


浮気相手の靴を残して


最後までクズな男だった


けれど、初めはそんなクズなくせに優しくするギャップとか、煙草を吸う顔とかに簡単に騙されて付き合ったんだっけか


私は文章を読むのが苦手で、性にあわない小説を買っても読む気が無くなって、最初の一ページと最後の一ページだけ読んで本を閉じた


私の恋愛もそれに似たものだった


クズだったアイツと今セックスがしたい、そう思いながら私は送迎車で眠る運転手を起こし車に乗った


置いて帰ったパンティーは彼女に履かせてやれ、どうせブランド物をプレゼントした事は一度もないんだろ


そう思いを彼に託して廃れた街を後にした

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