第128話 散策と浴衣
コテージを出て、少し歩くとたくさんの出店が立ち並んでいるのが遠目からでも分かった。
聞いた話によると、夏祭り自体が始まるのは日が沈む夕方くらいらしいけれど、この賑やかさとソースのような匂いに釣られたのか、既にたくさんの人が集まっている。
中にはもう浴衣を着ていて、既に祭りの気分を先取りしている人たちもちらほらと見えた。
「へえ、本格的だな」
「ね。もうちょっとこぢんまりしてるものを想像してたんだけど」
藤城君と和泉さんがそれぞれ感想を口にする。
「さっき湊さんから聞いたんだけど、ここら辺では割と有名な祭りらしいよ」
「へーそうなんだ!」
「うん。なんでも、そこの上にある神社が運営に関わってるらしくてさ。毎年この時期が1番賑わうんだって」
「ん、初耳」
乃愛はもう少し辺りで起こってることに関心を持った方がいいと思う。
まあ、毎年祭りの時期には来てなかったらしいし、知らないのも仕方ないことなのかもしれないけど。
……あれ? もしかして俺って乃愛に甘過ぎ?
「ちょっと境内の方にも登ってみるか?」
藤城君の提案に、俺たちは異論なく頷いた。
境内の方にはあまり人はいないのか、階段を登るごとに、喧騒と焼きそばのソースの匂いが遠のいていく。
階段を登りきり、ふと後ろを振り返ってみれば、眼前に広がる海を一望することが出来た。
「おぉー……綺麗だね」
「うん。そうだね」
「なんか夏の景色って感じがする」
夏の景色か。確かにそうかも。
時折吹く潮風が、隣にいる芹沢さんの髪を揺らす。
少し遠くなった喧騒も、漂うソースの匂いも相まって、それは、どこまでも正しい夏の景色のあり方だった。
「夜になったらこの景色に花火も加わるんだよね、楽しみ」
「多分、出店もライトアップされて、もっと綺麗になるよ」
想像するだけでワクワクしてくる。
俺にとっては、初めて友達と一緒に行く夏祭りだ。
きっと一生の思い出になることは間違いないだろう。
「おーい、あんたら2人だけでなーにやってんの」
そんな言葉と共に、頭にポンッと手が置かれる。
「なにって夏に浸ってた?」
「なにそれちょっとエモくていいじゃん。私も混ぜろ」
「いいけど、私たちに付いて来れるかな? このオタク特有のポエム空間にさ」
そう言われると、なんか俺たちがやってた会話が恥ずかしいものに思えてくる。
オタクは雰囲気に流されるとポエムを始めがち。俺たちだけか。
仲良くいつものじゃれあいを始めた2人から少し離れ、なんとなく神社の裏手の方に回ると、
「あれ? 藤城君?」
「おー優陽か」
「なにしてるの? こんな俺の方が似合いそうな場所で1人で」
周りから見えづらく、用事がないと人が訪れないであろう人気のない所なんて正に俺の方が好んでいる空間だろう。
「……なんかお前のそういう自虐久しぶりに聞いた気がするな」
「え? そうかな?」
「最近のお前、普通に笑ってること多いし、自分なんかって言うことも少なくなってるぞ? 自分で気が付いてないのか?」
「言われてみれば……」
心の中では結構言ってるかもしれないけど、口に出すことは少なくなったような気がする。
思い返せば、俯きがちだった視線もここ最近はずっと前を見ていて、いろんなものが見えるようになったと思う。
自らの変化について思いを馳せていると、藤城君がニッと笑う。
「いい傾向だな」
「……うん。間違いなく皆のお陰だよ」
もし今も1人だったら、例年通り、長期休みも思い出の大半は部屋の中で完結していただろうから。
「それで、藤城君はここでなにをしてたの?」
「んー、下見、的な?」
「下見?」
「空に告白する為の場所の」
ザーッと潮風が周囲の木を揺らす。
「……そっか」
「なんだ、驚かねえのかよ」
「和泉さんがそうなんじゃないかって言っててさ」
「んだよ、あいつ全部お見通しかよ」
「あと、俺もそうなんじゃないかって思ってたから」
「……そっかよ」
それきり、なんとなくお互いに黙って、ここから見える海を眺める。
ここからなら花火も綺麗に見えそうな気がするし、静かで人もあまり来なさそうだ。
告白場所としてはいい感じなんじゃないだろうか。
「上手くいくといいね。応援してるから」
純粋にそう思いながら、口にすると、藤城君は少しだけ上を見上げてから、
「……おう、サンキュ」
再びニッと笑ってみせた。
その後、散策を終えた俺たちはコテージに戻ってきて、それぞれが好きなように過ごして夕方まで時間を潰すことになった。
と、言っても全員がバラバラに過ごすわけじゃなく、リビングに集まって持ってきたゲームをやったりした。
レースゲームから吹っ飛ばし対戦ゲーム、パーティゲーム。
多種多様のゲームを皆で交代しながら、わいわいと遊んでいるとあっという間に時間は経過した。
「みんなー。そろそろ切り上げて浴衣選んじゃってー」
湊さんの間延びした号令がリビング内に響く。
「男の子用のはそっちの部屋にあるからー」
「え? オレたちも浴衣着るんですか?」
「ほら、せっかくだしー」
「いや、でも着付けとかやったことないですし、湊さんは女子の着付けで忙しくなるだろうし、オレたちのまで頼んで時間を取らせるわけにはいきませんって」
藤城君が「なあ、優陽」と同意を求めてくる。
「いくらお前でもさすがに浴衣の着付けまで出来るわけねえもんなぁ……浴衣は残念だけど諦めて——」
「ええっと、俺、実は着付け出来るんだよね……あはは」
「なんでだよ!?」
藤城君が驚きで目を剥く。
「いや、いつか友達と一緒に浴衣着て祭りに行くことがあるかもしれないと思って。親の浴衣借りて練習してた時期があってさ」
「慣れてたけど、久しぶりに見たね。優陽のハイスペックっぷり」
「ん。さすが優陽くん」
感心されているのか呆れられているのか判断に困るところだ。
「じゃあ女の子はこっちねー」
「俺たちも行こうか。藤城君」
女子たちと別れ、俺たちは浴衣が用意されてるという部屋へ。
「うわっ、こんなにあんのかよ」
「……選ぶの大変そうだね、これ」
柄のあるものからシンプルなものまで、部屋内には多種多様な浴衣があった。
帯も合わせるともはや店。
しばらく2人で浴衣を見て回り、どうにかそれぞれが気に入ったものを手にすることが出来た。
俺はネイビーの無地の浴衣に黒色の帯のやつで、藤城君はグレーの無地に紺色の帯のもの。
結局、浴衣に関しては藤城君もよく分からないので、下手に冒険せずにシンプルなものに落ち着いた感じだ。
「じゃあ早速着付け頼んでもいいか?」
「うん。と言ってもやるの久しぶりだし、人のをやるのは初めてだから失敗したらごめん」
「おいおい、オレ今から告白するんだぞ? 失敗したらどうなるか分かってるよな?」
「そ、そうだよね! 失敗したら切腹でもするよ!」
「いや重いっての。つか冗談だよ。なんだかんだお前なら失敗とかせずにいい感じにやってくれるだろ」
信頼してくれるのはありがたいけど、このあとの藤城君の告白の為にも絶対失敗は出来ないって思ったら手が震えてきた。
ひとまず動画で手順を確認しつつ、どうにか藤城君の着付けを進めていく。
「——よし、これで出来たと思う。どう?」
「どうって言っても浴衣着たことねえからオレも分かんねえけど……まあ、見たところ問題なさそうだぞ?」
よかった。
さて、次は自分のをやらないと。
俺の方は多少失敗してもいいから気楽に出来る。
とはいえ、手順はちゃんと動画で確認しながら、着付けていく。
……よし、出来た。
さすがに藤城君の方が遥かに決まっててカッコいいけど、変ではないはずだ。
「準備も出来たし、どうしてようか? 女子の方はまだ時間かかるだろうし」
「……悪い、優陽。ちょっと1人にしてくれねえか?」
藤城君の声に、俺は理由も聞かずに頷いた。
さすがの俺でも、この場で1人になりたい理由なんて聞かなくたって理解出来る。
じゃあ、またあとで、とだけ言い残して俺は部屋をあとにした。
「さて、どこで時間を潰そうかな」
呟きつつ、俺の足が向いたのはコテージの外。
なんとなく、風に当たりたくなったからだ。
(というか、このあと女子たちの浴衣を見ることになるんだよね)
あのメンバーの浴衣姿なんて水着姿と同じくらいやばいに決まってる。
今の内に覚悟を決めておかないと。
特に芹沢さんなんて絶対に可愛いって言ってほしいに決まってるしね。
そう考えながら、ふと、視線を横に向けると、
「……っ」
息が止まった。
そこに立っていたのは、水色に金魚が泳いでいる柄の芹沢さん。
両手を身体の前でお行儀よく揃え、巾着袋を持っていて、伏せられた目が見える横顔から、どうしようもなく目が離せなくなる。
いつもは下ろしている髪はかんざしかなにかで結い上げられ、いつもは見えないうなじは、どうしたって色香のようなものを感じてしまう。
そこで、下駄を見ていた芹沢さんの視線がぱっと俺を捉える。
「優陽くん? どうしたの? そんな所で突っ立って」
芹沢さんが声をかけてくるけど、俺は言葉が上手く出てこない。
「というか浴衣! 似合ってるじゃん! カッコいいよ! 優陽くんが自分でやったんでしょ? さすがだね!」
「あ、ああ……いや……うん……」
しどろもどろになって言葉が上手く出てこない俺を見て、芹沢さんがにまっと笑う。
「さては見惚れてたね? まあ、しょうがない。なんてったって、国宝級美少女の浴衣姿だからね。うんうん、仕方ない。私が可愛過ぎるのが悪い」
下駄の音を静かに鳴らし、芹沢さんがゆっくりと近づいてきて、両手を腰の後ろで組んで、俺を見上げてくる。
「ほれほれ、言ってみ? 空ちゃんは可愛いって言ってみ?」
いつものウザ絡みも、今の俺にはまるで気にならない。
それほどまでに、俺の心は芹沢さんの浴衣姿に囚われてしまっていた。
だからだろうか。
「——……綺麗だよ」
心の中に用意していた可愛いじゃなくて、そんなことを呟いてしまったのは。
「ふぇっ?」
「あ、ち、ちが!? 今のはこう! なんというかつい本音が漏れたというか!」
ダメだ。言葉にすればするほど、語るに落ちてしまう。
そっと芹沢さんの様子をうかがうと、芹沢さんの頬はほのかに朱に染まっていて。
「……へへ。ありがと、うれし」
照れたようにはにかんだ。
どうしようもなく気恥ずかしくなった俺は、
「お、俺、コテージに戻ってるね!」
その場から足早に、逃げるように立ち去った。
無自覚ハイスペック陰キャぼっちが実はオタクだった学校のアイドル的存在美少女とオタ友になってしまった件。 戸来 空朝 @ptt9029
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