第125話 写真撮影と海の中でのハプニング
「……疲れた」
海から上がった俺は、倦怠感を引き連れてパラソルの下に敷いたシートに寝転ぶ。
そりゃ、色々な雑念を振り払う為に全力のクロールをしてたら疲れるに決まってるよね。
まだ来たばっかりなんだし、あとのこともちゃんと考えないと。
そう思いつつ、呼吸を整えていると、頭上に缶ジュースが差し出される。
「お疲れーゆーひくん」
差し出してくれたのは、上からラッシュガードを羽織った水着姿の湊さんだった。
俺はお礼を言いつつ、缶ジュースを受け取って、身体を起こす。
「湊さんは泳がないんですか?」
「わたしは見る専かなー」
「水着なのに?」
「んー。なんて言うんだろうねー。こうして海に来たって雰囲気を味わうのが好きなんだよー。賑やかな空気とかー、海の香りとかに全身で浸りたい、みたいなー?」
「ああ、なんとなく分かる気がします」
多分、前に乃愛と遊園地に行った時に言ったその場に合った装備を付けるってことと同じ理屈だろう。
海で遊ぶ皆の方を見ながら、プルタブを開け、ジュースを喉を鳴らしながら飲んでいると、
——ぱしゃっ。
「……あの、なんで今写真撮ったんです?」
「仕事だよー」
「仕事ですか?」
「おじょーさまから写真をたくさん撮ってほしいって言われてー」
「ああ、なるほど。友達との写真とか欲しいってことですね」
それなら俺も欲しい。
納得していると、「んー……そうだけどそういうことじゃないんだよなー」という湊さんの呟きが聞こえてくる。
「えっと、どういうことですか?」
「気にしなくていいよー。それより、もう何枚か撮らせてねー」
「あ、待ってください。そういうことなら……乃愛ー!」
呼びかけると、離れた所で皆と遊んでいた乃愛がこっちを向き、首を傾げる。
そんな乃愛に手招きしてみせると、きょとんとしたまま近寄ってきた。
「ん。どうしたの?」
「湊さん、撮ってもらってもいいですか?」
「はーい、かしこまりー」
「え? え?」
事態を把握していない乃愛の隣に立ってピースサインをレンズに向けると、ぱしゃっと音が響く。
撮った写真を見せてもらうと、やっぱり乃愛はきょとんとしていて、その顔がなんだかおかしくて、俺は少しだけ吹き出してしまう。
すると、ぺしんと叩かれた。
「……不意打ちは卑怯。写真撮るなら撮るって言ってほしかった。凄いまぬけ面してる」
「ごめんごめん」
「この写真消して。それから撮り直しを要求する」
「あ、湊さん。その写真俺のスマホに送っておいてもらってもいいですか?」
「!? な、なんで!」
驚愕する乃愛をよそに、俺のスマホに今の写真が送られてくる。
「け、消して。その写真可愛くない」
「嫌でーす」
「な、なんで」
「だってこの写真、俺好きだし」
スマホを片手ににっと笑ってみせると、乃愛がむくれて不満そうな顔を向けてきた。
「……ばか。そういうところがファッション陰キャ」
「はいはい」
確かに、今のは陰キャらしくなかったっていう自覚はある。
だから、いつもは不名誉なあだ名だけど、今だけは甘んじて受け入れるとしよう。
「せっかく撮り直すならー、皆でなんてどーですかー?」
「ん。でも、その前に……湊さん」
乃愛が湊さんをじっと見る。
それだけでなにかを察したらしい湊さんが、「はーい」と返事とした。
「優陽くん」
「ん? なに? ……って、うわ!?」
ぐいっと腕を引かれ、乃愛が密着してきた瞬間、ぱしゃりと響くレンズの音。
「綺麗に撮れた?」
「はいー。バッチリですー」
にまーっと笑った湊さんが見せてくる画面には、抱きつかれて赤面する俺のまぬけ面と、しっかりと画面に向かってピースする乃愛という、さっきとは真逆の構図が切り取られていた。
呆然とする俺の横で、乃愛が満足そうに頷く。
「ん。仕返し完了。やられたままじゃ済まさない」
「……この負けず嫌いめ」
さっきまで優位に立って少しばかり調子に乗っていた俺は、しっかりとカウンターを決められてしまった。
「ちょっと2人でなにいちゃついてんのー」
そうこうしていると、いつの間にか近くに来ていた芹沢さんが半眼で俺たちを見ていた。
「……まったく、油断も隙もあったもんじゃないね」
「……なんのこと? 私は優陽くんに呼ばれたから写真を撮ってただけ」
「腕組んで撮ってたように見えたけど?」
「それは不意打ちされたからやり返しただけ」
「ふーん、そっかぁ」
……なんでだろう。2人がちょっと怖い。
そんなこんなで、俺は集まってきた藤城君と和泉さんも入れて、全員で写真を撮ったのだった。
「あれ? 芹沢さん、うきわ使うの?」
写真を撮ってから、またすぐに波打ち際に戻った他の人たちと違って、芹沢さんだけはこの場に残って、うきわを膨らませ始めていた。
「うん。あ、別に泳げないとかじゃないよ。ただ、ガチ泳ぎするような水着でもないしね。ぷかぷか浮いてのんびりしたいなーって」
「そっか。あ、手伝うよ」
「ありがとー」
さすがにこのサイズを口で入れていくのは俺が酸欠で死ぬし多分日が暮れる。
なので、コテージに置いてあった空気入れを貸してもらってきた。
「いいよー優陽くん! キレてる、キレてるよ!」
と、ボディビルのコールみたいな応援をしてくる芹沢さんに苦笑しつつ、俺はうきわに空気を入れていく。
「ねえ、優陽くん。今気付いたんだけどさ」
「なに?」
「可愛い私が水着によって更に可愛くなってる状態に、うきわっていうアイテムを身に付けたら可愛くなり過ぎちゃわない? 大丈夫? 死人出ない?」
「出ないから大丈夫だよ」
真面目な顔をしてなにを言い出すのかと思えば。
……よし、これでいいかな。
「はい、出来たよ」
「ありがとー! ね、せっかくだしちょっと一緒に泳がない? 後ろから押してほしいんだけど」
「うん、いいよ」
「じゃ、いこ!」
芹沢さんに手を掴まれ、俺たちはうきわを持って波打ち際に向かう。
俺がうきわを浮かせると、芹沢さんがそこに腰から入る形で落ち着いた。
「見て見て、優陽くん! アニメキャラの水着フィギュアとかでよくある構図だよこれ! やばっ、今の私超可愛くない!?」
「なに言ってるの、芹沢さんはいつも可愛いでしょ」
「その通りだし返答としては100空ちゃんポイントだけど、いつも以上ってこと!」
「あはは、それは失礼致しました。じゃ、押すよー」
「はーい」
後ろに回り込んで、うきわをゆっくりと押し始める。
……軽はずみに受けたけど、この体勢、芹沢さんの背中をずっと見ることになるんだよね。
どことなく気まずさを覚えつつ、足がギリギリ着かない深さの所までやってきた。
「おーすごーい! 快適ー! それー!」
「わ!?」
芹沢さんが手で水をかけてくる。
「あはは! えいっ! えいっ!」
「ちょっ、そんなに暴れると危ないよ!」
「平気平気ー! それそれー! って、きゃっ!?」
ばたばたとうきわの上で暴れていた芹沢さんだったが、勢い余ってバランスを崩し、うきわごとひっくり返ってしまう。
あーもう、言わんこっちゃない。
「ぷはっ!」
「大丈夫?」
「たはは、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった。失敗しっぱ……っ!?」
なにかを言いかけた芹沢さんが、途中で言葉を遮り、目を見開く。
それから、ゆっくりと下の方に視線を向け、
「〜っ!?」
「え、なになに? どう……っ!?」
なんか顔を赤くした芹沢さんが急に抱きついてきたんだけど!?
「な、なに!? どうしたの!?」
「ちょ、ダメ! 今こっち見ないで!」
「な、なんで!?」
それと急に抱きついてきた理由になにか関係が!?
こっちはもう柔らかさで頭どうにかなりそうなんだけど! ……いや、待って。いくらなんでもなんか柔らか過ぎない?
まるで、水着もなにも隔ててないくらい、柔らかさがダイレクトに伝わってくるんだけど?
恐る恐る、下を向く。
そこには、水着に包まれていたはずの谷間が、俺の胸板で押しつぶされていた。
「○☆×△□※〜!?」
気付いた途端、俺の口から謎の言語が飛び出てくる。
「み、見ないでってば!」
「ご、ごごごごごめん! でもなんで抱きついてきちゃったの!? この体勢の方が色々とまずくない!?」
主に俺が! いくらなんでもこの光景と感触は思春期男子には毒過ぎる!
「だ、だってなにかで隠さなきゃって咄嗟だったんだもん!」
「ならうきわとかあるじゃん!」
「こちとら水着取れてんのにそんな判断出来るわけないでしょうが! おお!?」
「この状況で逆ギレ!? 嘘でしょ!?」
ってそんなことより、どうにかこの状況を脱しないと!
……あ! 和泉さんがこっち見てる!
「い、和泉さーん! ちょっとヘルプ! 大至急!」
全力で腕を振ってSOSアピールをすると、和泉さんが怪訝な表情をしつつ、泳いで来てくれた。神。
「なーにやってんの、2人とも。公衆の面前で」
「ちょ、ごめん! 私今その軽口に応じてる精神的余裕がない!」
「そこに浮いてる水着を取ってもらえたら助かります!」
呆れた顔をしていた和泉さんだったけど、どうにか水着を取ってくれたお陰で、ことなきを得ることが出来た。
……藤城君にどう説明しよう。これ。
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