第126話 陰キャは相変わらずストレートに思いを伝える
「……まったく。まさかあんなラブコメ定番イベントを私がすることになるなんて」
海の中のポロリ事件のあと。
さすがにあのまま泳ぐ気になれなかった俺たちは、砂浜へと上がっていた。
「あの……本当、ごめん」
「いやいや、謝らないといけないのはこっちだし……むしろ優陽くんは私に感謝する方でしょ」
「へ? 感謝?」
「だって私みたいな超絶可愛い美少女の半裸を見れただけじゃなくて生乳の感触まで味わえたんだよ? そんなもの男子として感謝しかないでしょ」
「……芹沢さん。恥ずかしいならそれ以上言うのはやめとこう?」
いつも通り自信満々に言っている風ではあるけど、実はこの人目がぐるぐるってなって顔が真っ赤です。
さてはまだ正気に戻れてなくて勢いで誤魔化そうとしてるな?
あと、女の子が生乳とか口にしない。
「い、いいの! それに私もラブコメヒロインみたいな出来事体験出来て逆に良かった的な!? ほら、プラスプラス!」
「うん。そのポジティブ精神には感服するばかりだけど、本当もうやめとこう?」
お陰で俺は逆になんか落ち着いちゃったよ。
いや、生乳と接触しておいて落ち着いてるのもなんか失礼な気がするけど、反応するのはそれはそれでまずい気がするし……俺は一体どうすれば?
……うん。やっぱこれ以上触れないことか。
話題から目を逸らすようになんとなく辺りを見回していると、
「ん?」
俺たちより先に砂浜に戻っていた和泉さんがちょっとチャラ目の男の人に声をかけられているのが目に入った。
遠目からは分かりづらいけど、和泉さんが適当にあしらってる感じからして、十中八九ナンパだろう。
近くに藤城君もいないし、助けに行かないと。
俺は芹沢さんに一言断って、足早に和泉さんの元へ。
「ねえ、いいじゃん! 絶対後悔させないからさ!」
「興味ないんで」
「そんなこと言わずにさー!」
「だからー……あ!」
和泉さんが俺に気付く。
それと同時に、チャラ目の人もこっちを見る。
……なんでこの人、サングラスを頭の後ろにかけてるんだろう。
「友達来たんで、私はこれで。行こっ、優陽」
「う、うん」
強引に話を切り上げて立ち去ろうとする和泉さん。
これ、俺必要だったかな?
そう思っていると、チャラい人が俺たちの前に回り込んできた。意外な俊敏性だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! マジで一目惚れなんだって! そ、そうだ! あそこにコテージあるでしょ!? あそこ、俺の親父のものだから、頼んだら貸してくれるよ! 悪い話じゃないでしょ!?」
チャラい人が指を差した先を見ると、そこには確かにコテージがある。
ただし、そこは俺たちが泊まっているコテージだ。
「ふぅん、凄いね。ちなみに、そのコテージ私の友達のもので、私たちそこに泊まってるんだけど」
「え」
「ねえ、優陽。乃愛にお兄さんがいるって話、聞いたことある?」
「いや? 一人っ子だって言ってたよ」
「だ、そうだけど? まだなにかある?」
腕を組んだ和泉さんが冷たい瞳を向けると、チャラい人は「あ、あの、その」と頬を引くつかせ、結局なにも言わずに肩を落として去っていった。
「ふぅ。来てくれてありがと。助かった」
「俺が来なくても1人で対処出来そうな感じだったけどね」
「いや、あいつすごーくしつこくってさ。声かけてきた瞬間から胸ガン見してきて下心丸出しだったし」
「あはは……災難だったね、本当」
正直、同じ男としてある程度の理解は示せてしまうのがなんとも言えない。
よっぽど溜飲が溜まったのか、なおも和泉さんの愚痴は続く。
「ったく。財力チラつかせればなびくと思ったのかね。心外な」
「嘘ついてもすぐバレるのにね」
「それ! というかそんなのに揺らぐと思われたことがマジでショックなんだけど。え、私ってそんなに軽い女に見える?」
「え? いや、全然。和泉さんはぱっと見でも芯が通ってるように見えてカッコいいよ」
もし、和泉さんをそういう風に思うのならとんだ節穴だ。
悩むことなく即答すると、和泉さんが「お、おおう」とたじろぐ。
「なんて言うか、優陽ってそういうこと相変わらずストレートに言ってくるよね」
「え? だって相手を褒めるのに言葉を濁す必要とかないからね」
「……なるほど。今更だけど、あの2人はこういうのにやられていったってわけか」
「あの2人って?」
「……しれっと人のひとりごとを拾ってることは置いておいて、気にしなくてよーし。マジでただのひとりごとだから」
よく分からないけど、そういうことらしい。
「けど、女子的には可愛いとも言われたかったなー。カッコいいってのも嬉しいんだけどね」
「……俺の可愛いって言葉はなぜかある特定の人物に全部吸い取られちゃうから」
「……あー」
苦笑されて納得された。
分かってもらえてなによりだ。
「あ、ところで和泉さん」
「なに?」
「ずっと気になってたんだけど、頭の後ろにサングラスをかけてるのって、なんの意味があるの?」
「……さあ?」
和泉さんも知らなかった。
てっきり陽キャ御用達のこだわりファッションかなにかだと思ってたのに。
謎は深まるばかりだ。
「さーて、そろそろ切り上げて飯にするか? このあとも立て込んでるわけだし」
一通り海で遊び倒したあと。
藤城君が俺たちを見回しながらそう言った。
正確な時間は分からないけど、太陽の高さからして確かに今はお昼時くらいだろうし、ちょうどいいかもしれない。
「さんせー。私お腹ぺこぺこー」
「じゃあコテージに戻って着替えてから買い出しに行くってことで、いいか?」
「それはそれでいいけど、海の家でなんか買わない? さすがに海で遊んだあとに全部手作りはキツいでしょ」
それはそうだ。
このあと夏祭りも控えているわけだし、体力だって有限。バテてしまってせっかくの祭りを楽しめないなんてことになったら目も当てられない。
「なら、海の家の買い出しと普通の買い出しに分かれる感じでいいか」
「ん。班分けはどうするの?」
「優陽と私と乃愛で普通の買い出し。空と拓人は海の家でいいんじゃない?」
「私はそれでもいいけど……その組み合わせはどういう理由で決めたの?」
芹沢さんが怪訝そうな顔をする。
俺はこの組み分けの意味が分かるけど、さすがに露骨過ぎたんじゃないかな、これ。
「単純に、明日はあんたの誕生日だからね。打ち合わせが色々とあるの。優陽はメイン調理係だし、乃愛はご両親から預かったカードで支払いしてもらわないとだしね」
「……なるほど」
「まあ、私とあんたで海の家でもよかったけど、さっきの今でまたナンパされても面倒だし。拓人と組ませるのは男除けの意味もある。いざとなったら隣でボディビルポーズでもしてもらえば役に立つでしょ」
「んな奇人変人ムーブせんでも男くらい普通に追い払うっつーの。舐めんな」
「と、まあ。そういうわけだから。これでよろしく」
「はいはい、了解。じゃあ、着替えるのも面倒だし、私たちはこのまま海の家に行っちゃおっか」
肩を並べて歩いていく2人。
その背中が小さくなっていくのを見ながら、俺は口を開く。
「っていう口実だよね?」
俺の質問に、和泉さんがちろっと舌を出した。
「まあね」
「けど、よくこんな口実をすぐに思いつくよね」
「すぐってわけじゃないよ。考えてたってだけだから」
だとしても、俺ならこんな口実思いつかない。
和泉さんってやっぱり凄いなぁ。
「多分、拓人はこの旅行中に決めるつもりだと思うから、最後の後押しってやつ。してあげたくてさ」
「……そっか」
言われても、驚きはさほどなかった。
なんとなく、俺もそんな気がしていたから。
「上手くいくといいね」
心の底からそう思って、口にすると。
「……うん」
返ってきたのは、ちょっとした間と、どこまでも複雑そうな表情で。
それはまるで、結末を知っているような、そんな顔のように思えた。
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