第123話 白髪美少女の別荘にて
それから、しばらく車は走り続け、窓から見える景色に海が混ざり始めて。
俺たちを乗せた車は1つの建物の前で停止した。
……ってことは、ここが。
「ん。着いた」
答え合わせをするような、乃愛の呟き。
俺は皆に続くように車を降りて、建物を見上げた。
「でっけぇ……」
「……すっご。え、本当にここ使っていいの?」
和泉さんの気持ちはよく分かる。
なんというか、使っていいのか不安になってしまうレベルのコテージなのだ。
「ん。好きに使ってほしい」
「乃愛ち。そう言われてもさすがにはい、そうしますとはならないと思う。これはそのレベルだよ」
うんうん、と乃愛以外が同意を示す。
当の本人は不思議そうに首を傾げていた。
とはいえ、海の傍に立つ豪華なコテージというシチュエーションは否応なくテンションが上がってしまう。
風が運んでくる海の香りを嗅ぐと、ようやく旅行に来たんだなと実感が湧いてきた。
「とりあえずー、中を案内していくから付いてきてー」
俺たちはそれぞれ荷物を持って、コテージの入口へと先導してくれる湊さんに付いていく。
「空。そういやお前が言ってたやつ読んだぞ」
「お、ほんと? どうだった?」
「面白かった。なんつうか、色々読んできて自分の好みみたいなのが出来てきたみたいでさ。結構好きなやつだった」
「おお、いいじゃん。拓人も順調にオタクとしての道を歩んでるみたいだね。この調子で精進したまえ」
「何様だお前」
目の前を歩く藤城君と芹沢さんが笑い合う。
うん、やっぱりこの2人はお似合いだ。
藤城君は夏休みの間に告白するって言ってたし、いい雰囲気なんじゃないかな。
上手くいくといいなぁ、なんて思いながら開けられた玄関を潜って、
「わっ」
なぜか立ち止まった藤城君にぶつかってしまう。
どうして立ち止まったのか聞こうとしたけど、俺の口から出たのは「え?」という疑問に満ちた声だった。
なぜなら、部屋の中に知らない人が2人立っていたからだ。
1人は男性で、1人は女性。
男性は穏やかで優しそうな顔付きをした品格漂う紳士って感じで、女性は誰かみたいな綺麗な白髪を持ち、にこにこと人好きしそうな笑みを浮かべている綺麗な人。
「え? お父、さん? お母、さん?」
俺より少し遅れて入ってきた乃愛が、部屋の中にいた人たちを見て分かりやすく戸惑いの声を漏らす。
「久しぶり、乃愛。元気そうでなによりだよ」
「ど、どうしてお父さんとお母さんがここに? お仕事は?」
「サプライズですよ、乃愛ちゃん。少し時間が取れましたので」
未だに驚いて固まる俺たちをよそに、乃愛のお父さんが口元に笑みを湛えながら口を開いた。
「初めまして。乃愛の父親の
「母親の
「あ、えっと。は、初めまして……オレ、あ、いや。僕は」
「藤城拓人君、だよね」
「え、は、はい」
「それから、芹沢空さん。和泉梨央さん」
続けて名前を言われた2人がきょとんとする。
初対面の人から名前を言い当てられてるわけだから、そりゃ驚くよね。
「驚かせたかな? 乃愛からいつも話を聞いてたんだよ。写真も見せてもらったから顔も分かる。そして君が——」
言いながら、乃愛のお父さんが俺の方を見る。
「——ハーレム主人こ……鳴宮優陽君、だよね」
「ちょっと待ってください」
気のせいだろうか。今初対面の人にとんでもないあだ名で呼ばれそうになったような。
「ええっと……多分、聞き間違えだと思いますけど、一応確認させてください。今俺のことをなんと?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっとした冗談だよ」
からかいの笑みを向けられ、どうやら本当にからかわれただけらしいことに気付いた。
けど、それにしたってどうしていきなりこんな冗談を? 冗談でもそんなこと言われる謂れは——。
「乃愛から1番最初に送られてきた友達との写真が、君と空さんと乃愛が写ったこの写真だったから、ついね」
「……」
見せられた写真に、俺は閉口した。
それはいつの日か、学校からの帰り道で3人で撮った写真だったからだ。
そう言えば、親に送ったって言ってたっけ……ばりばり言われる謂れあったよ。
「お父さん。優陽くんをあまりいじめないで」
「うん、ごめんごめん。乃愛の恩人に対してちょっと失礼過ぎたよ」
「ん。許す。……それで、どうして2人がここにいるの? 私、なにも聞いてない」
「さっきも言いましたけど、サプライズですよ。たまたままとまった時間が取れたので、これを機に乃愛ちゃんの友達にきちんと挨拶をしておきたいと思いまして」
「ちなみに、湊さんもグルなんだ」
ああ、なんか通りで驚いてないなと思った。
そりゃお世話係で俺たちの引率をしてくれてる人には話すよね。
「そうだったんだ。びっくりした。……お父さんたちもここに泊まるの?」
「いやいや。さすがに僕たちがいたら皆の気が休まらないよ。僕たちはホテルを取ってあるんだ」
「久しぶりの夫婦水入らず。私たちは私たちで楽しませてもらいますから、気にしないでください。私たちはあくまで挨拶にうかがっただけですので」
忙しいはずなのに、ただ挨拶に来る為に時間を作ってくれたのか。
なんていうか、こうしてちょっと話しただけなのに人柄の良さが伝わってくる人たちだ。
いつも乃愛が家族のことを話すと誇らしそうにするわけだ。
「あ、そうだ。今日のお祭りには行きますか?」
「「「「「お祭り?」」」」」
乃愛のお母さんの言葉に、俺たち全員の声が揃う。
「はい。毎年、この日はここの近くで屋台が出て花火が打ち上がる夏祭りが行われるんです」
「へー! そうなんですか! ……って、あれ? 乃愛ちは知らなかったの?」
「ん。私が来るのは毎年もう少しあとだから。あるの知ってたとしても、人が多過ぎて行かないと思うけど」
予想通り過ぎる回答だ。
陰キャ引きこもりが自ら進んで人の多い所に足を踏み入れるわけがない。
「私、行ってみたいかな。皆はどう?」
「オレもいいぜ。せっかくの機会だしな」
「私も私も! 夏祭りとか超楽しみ!」
「人混みは苦手だけど、皆が行くなら俺も行きたいかな」
「ん。私も」
どうやら満場一致ということらしい。
「では、浴衣を用意させておきますね。あとで湊さんにサイズを伝えておいてください」
「へ? 浴衣なんていいんですか?」
芹沢さんが大きく目を見開く。
「はい。娘がいつもお世話になっているお礼です」
「それだけじゃなくて、ここに滞在している間の食料なんかは全部こっちで負担させてもらうから。好きに使ってね」
「え!? マジすか!? ありがとうございます!」
興奮した藤城君の声に軽く微笑みながら、こうして2人はコテージから出て行った。
「乃愛のご両親、話に聞いてた通り凄い素敵な人だね」
「ん。自慢の両親。どやぁ」
まさかの乃愛の両親が待っているというサプライズはあったが、俺たちはそれぞれ部屋に向かい、早速海に行く為の準備を始めた。
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