第120話 少女たちの水着購入イベント
期末テストも終わり、近づく夏休みのこともあり、教室内は弛緩した雰囲気に包まれていた。
そこかしらから聞こえてくる夏休みはああしよう、こうしようという予定を立てるクラスメイトたちの声や、いつの間にか外から聞こえてくるようになったセミの声が、否応なく夏を感じさせる空気の中。
私こと、世界の美少女代表、芹沢空もその空気を思いっきり吸い込みながら、ぐぐーっと伸びをして、授業終わりの凝り固まった身体をほぐしていた。
……おっと、いけないいけない。男子たちの目を集めてしまったか。
そりゃ薄着の美少女が身体伸ばしてたらこっそり見ちゃうよね。分かる分かる。私も見ちゃうもん。
オタク女子は全員心の中におじさんを飼っている(偏見)のでそういうシチュエーションは普通に眼福だ。
けど、無防備もほどほどにしとかないとね。
前なら別に見られても特になにも思うことはなかったけど、今はこういう姿は好きな人だけに見てもらいたいもん。
その見てほしい好きな人の方をチラッとうかがうと、こっちには目もくれずに拓人と将吾と一緒になにやら楽しそうにわちゃわちゃとしていた。
……楽しそうなのはいいけど、私以外の人とあんな風に楽しそうに話してるのを見ると、例え相手が男の子でもちょっと嫉妬しちゃうかも。
なんとなく面白くない気分になりながら、ジッと優陽くんたちを眺めていると、ふと拓人がこっちを見てきた。
目が合った拓人はほんの一瞬、なんだか切なそうな顔をしたように見えた。
まあ、気のせいかもしれないけど。
私は立ち上がって拓人たちの方に寄っていく。
「なんか楽しそうだね。なんの話してたの?」
「おー空ちゃん。このあと優陽の部屋で男子会しようって話になっててさー。祝、初優陽んちだぜ!」
将吾がいつも通り屈託のない明るさで言う。
将吾を見てるとどんな時でも楽しそうで、ちょっと羨ましく思える時がある。
「ったく、いちいち大げさなんだよ、将吾は」
「だってよー! ずっと行ってみたかったんだからしょうがねえだろー!」
「え? そうだったの? だったら言ってくれたらよかったのに」
優陽くんが目を丸くしながら(可愛い)言う。
かっこよくて可愛さもあるとか最強か? まあ、最強に可愛いのは私だけども。
「いや、ほら……1回遊びに行ったらさー、なんかこう、通い始めて溜まり場みたいにしちゃいそうでさー」
それは困る。
優陽くんの部屋を溜まり場にされたら私が簡単に遊びに行けなくなっちゃう。
でも、優陽くんなら喜んじゃうんだろうなぁ。
「全然いいよ! むしろ溜まり場にしてくれるくらい遊びに来てもらえるなんて嬉しいし!」
ほらもー! この人元々ぼっちだから友達と遊んだり部屋に呼んだりすることに喜びを覚えちゃう人なんだからさー!
「んー……いや、ほどほどにしとくわ。優陽の部屋って白崎さんとかもよく来てるんだろ? どう考えても俺邪魔になるしな」
なんて英断をするんだ。さすが将吾。空気の読めるムードメーカー。
「んで、空は今日なんか用事あんの?」
「今日は梨央たちと買い物ー。水着を買いにね」
夏休みも近づいてきたし、旅行の時に使うものを買いに行こうと前々から話してたんだよね。
私と梨央は去年まで使ってたものが合わなくなってたし、乃愛ちに至っては持ってすらいないらしい。
海辺に別荘があるんだから持ってそうなものだけど、乃愛ちは別荘に行ってもほとんど外に出ずに過ごすって言ってた。
なんてもったいない。
「あー、オレも新調しとこうかなー。結構古くなってきたし」
「拓人はその前に赤点がないか心配しときなよ。せっかく買ってもタンスの肥やしになりかねないんだし」
「藤城君なら大丈夫だと思うよ。自己採点もしたし」
「へっ、そういうこと。去年までのオレと同じと思うなよ」
「特別威張れるようなことでもないけどね」
ドヤ顔をかます拓人にツッコんでいると、
「空ー。そろそろ行くよー」
梨央からお呼びがかかった。
隣には既に準備を終えた乃愛ちもいる。
ちょっと話し過ぎちゃったか。
私は手早く準備して、男子たちと別れて梨央たちと一緒にショッピングモールに向かうのだった。
「ふぃー……暑かったぁー……」
ショッピングモールに入ると、外の熱気が冷房によって遠ざかっていく。
梨央が胸元をぱたぱたとしながら、呟いた。
「だねー……梅雨も終わったし、もう完全に夏って感じ」
「ん……これからまだ暑くなるとかどうかしてる」
女子3人、それぞれげんなりとしながら、水着売り場へと向かう。
まだ汗は引いていないけど、すっかり夏の為の装いに染まったお店を眺めていると、なぜだかほんのりと涼が取れた気分になってくるから、不思議だよね。
そのお陰なのかは分からないけど、水着売り場に着く頃には、暑くて憂鬱だった気持ちもすっかりと切り替わり、たくさんの水着を前にしてむしろテンションが上がっていた。
「ん。こんなにたくさん」
「乃愛ってもしかして水着売り場に来るのも初めて?」
こくん、と乃愛ちが頷く。
「だから、私はなにも分からない。だから色々と教えてほしい」
「いいよいいよー。このスタイリスト梨央さんにどーんと任せておきなさい」
「可愛いものなら私にお任せ。可愛いと言えば私のことでお馴染みの空ちゃんもいるよ。大船に乗った気でいなさい」
梨央と2人揃ってドンと胸を叩く。
それから、私たちは自分のものは一旦置いておいて、乃愛ちの水着を選び始めた。
色とりどり、デザインも様々な水着を吟味していき、めぼしいものに数着ほど当たりを付ける。
おっと、そうだ。大事なことを確認していなかった。
「乃愛ちって今胸のサイズどれくらい?」
「ん。Dだけど、最近ちょっとブラがキツくなってきた」
「マジか。ってことはほぼEってこと? 大きいとは思ってたけど、私以上じゃん」
梨央が乃愛ちの胸を見て「はー」と関心したように漏らす。
服の上からではあまり大きく見えないあたり、着痩せするタイプなのだろう。
小柄、白髪、表情に乏しい系、着痩せするタイプの巨乳って。なんだそのオタク男受け属性フルセットは。
ちなみに梨央はDで私はC。
この中では私が1番戦闘力が低いということになる。
……まあ? あまりデカくなり過ぎても今の完璧なバランスが崩れるし? 今くらいがちょうどいいことは間違いないわけだし? うん、悔しくない。
優陽くんだって特別胸が大きいのが好きなわけじゃ……いや、待てよ? 奴の推しキャラ、結構胸が大きい子が多かったような。
……。
私はおもむろにスマホを取り出した。
『(芹沢空)優陽くんのおっぱい星人』
ちょうど手が空いていたらしく、すぐに既読が付いて、
『(優陽)急になに!?』
『(優陽)一体今どんな会話してんの!?』
私はその返信に既読だけ付けて、スマホを鞄にしまう。
家に帰ったらありとあらゆるバストアップの方法を探しておこう。
「とりあえずいくつか見繕ってみたんだけど。乃愛はこの中のどれが1番気になる?」
梨央が聞くと乃愛ちは押し黙って、水着を眺める。
いやに真剣な雰囲気だ。
少し長めに思案していた乃愛ちがそっと口を開いた。
「……分からない」
「もしかしてどれも気に入らなかった?」
「違う。全部可愛い、けど……どれを選んだら優陽くんが可愛いって思ってくれるのかが分からない」
それは静かで、いつもと同じく表情に乏しい乃愛ちのようで。
でも、付き合いが少し長くなってきたからなのか、私にはどこまでも一途で、いじらしい恋する乙女の顔に見えた。
こんな顔を見せられたら、きっとどんな男の子だって意識せざるを得ないだろう。
……まったく、つくづく強敵だよ、この子は。
「……大丈夫だよ。これ、全部乃愛ちに似合うやつだから。自信持って選びなよ」
「そうそう。それに乃愛が選んだものなら、優陽はちゃんと可愛いって思ってくれるから。そういう男でしょ? 乃愛が好きになった優陽は」
「……ん」
頷いた乃愛ちが再び水着に向き合って、その中の1つにおずおずと手を伸ばす。
うん。いいチョイスだと思う。
そうして、乃愛ちが更衣室の中へと入っていった。
少ししてから、しゅるり、ぱさという着替える音が聞こえてきて、その音が止んで、しゃっとカーテンが開かれた。
中から姿を現した乃愛ちを見て、思わず「おお」という声が漏れる。
「ん。どう?」
「いい! すごーく似合ってる!」
「うんうん! 乃愛ちにぴったりだよ!」
薄い水色のビキニに、花柄があしらわれたパレオ付きの水着は、乃愛ちの透き通るような白髪と相まって、まるでおとぎ話に出てくるような現実離れした妖精。
ただでさえ、人の目を惹きがちな乃愛ちだけど、細身の割にしっかりとある谷間に、抱きしめたら折れてしまいそうな細い腰に綺麗な足は、きっと異性同性問わないで、もっと人目を集めてしまうことは間違いない。
実際、遠目でこっちをうかがっていた店員さんの目が乃愛ちに惹きつけられているのが分かった。
「なら、これにする」
ひらり、とパレオを翻し、鏡に向かって振り返った乃愛ちが満足そうに呟いた。
「よし。じゃあ、私たちも選びますか」
「乃愛ちに負けないようなやつにしないとね」
そう。負けられない。
私だって、優陽くんから可愛いって思われたいし、言われたいんだから。
気合いを入れ直した私は、梨央に続くように水着売り場に身を投じる。
「ちなみに、梨央はどういう系統でいく予定? いつもみたいにちょっとセクシー路線?」
「んー。ちょっと迷い中。たまには別系統に手を出したい感じはあるんだよね」
梨央はちゃんと自分の魅せ方を分かっているタイプなので、いつもは大人っぽく見えるものが多い。
そういうのって、ちょっと嫌味な感じが出ちゃうものなんだけど、梨央はちゃんと着こなすし、素直にかっこいいと思えてしまう。
「じゃあいっそのこと可愛い系に全振りしたものとか?」
「……フリル系着たあざとい私を見たいか?」
見たいか見たくないかで言ったら見たい。でもお腹抱えて笑っちゃうと思う。
想像してちょっと吹き出した私を軽く小突いた梨央は、早速めぼしいものを見つけたらしく、手に取って更衣室へ消えていく。
系統が被るとあれだし、梨央が選んでから私も選ぼっと。
そう思って待っていると、すぐにカーテンが開けられた。
出てきた梨央は「どう?」と腰に手を当ててみせる。
「さすがとしか言いようがないかな」
「ん。梨央ちゃんカッコいい。似合ってる」
胸の中央と、腰の横側が紐で編み上げられている黒のビキニは驚くほどに梨央に馴染んでいた。
その堂々とした立ち振る舞いは、自分のスタイルへの揺るぎない自信を感じさせる。
確かにこれなら可愛さも感じさせるデザインで、上手い具合にセクシーさを緩和してるよね。
素直に感服の一言だ。
「ありがと。でもまあ、せっかくだし他にも色々と着てみようかな」
しゃっと梨央がカーテンの向こうに戻っていく。
うーん……私もギャップを狙いたいところだけど、私は可愛過ぎて逆にセクシー系にいき過ぎると似合わないんだよね。まったく可愛過ぎるって罪だ。
となると、変に奇をてらわないで私という素材を最高に活かすもので勝負するべきかも。よし。
考えをまとめた私は、水着を1つ選んで、更衣室の中へ。
スカートをぱさりと落とし、ワイシャツを脱いで、薄い桃色の下着に身を包んだ自分とご対面。
それから、水着を着用し、くるりとその場で回って、全身を確認した。
うん、可愛い。
頷いてから、私はカーテンを開けた。
「……へえ、結局可愛い系なんだ? てっきりギャップ狙いでちょっと外してくると思ったのに」
「私も悩んだんだけどねー。私という可愛い素材を最高に活かすなら、やっぱりこっちかなって思って。まあ、どんな私でも可愛いのは間違いないんだけど」
私が選んだのは白色の布地に黄色い花柄が入って、肩と胸元にうるさくない程度にフリルが付いているものだ。
フリルが付き過ぎてると子供っぽくなっちゃうかもだし、このくらいがちょうどいい。
それに、背中には大きなリボンが付いていて、これがいい感じのアクセントになっている。
「ん。空ちゃん可愛い」
「ありがとー乃愛ち!」
個人的には気に入ったけど、私ももう少し色々と着て考えよっと。
それから、梨央と私は試着を繰り返して、3人がそれぞれ気に入った水着を購入したのだった。
***
あとがきです。
遂に☆が800突破しました!
本当にありがとうございます!
引き続き頑張っていきますので、
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