第118話 白髪美少女とのデート④
俺たちが次に向かったのは、ゴーカートだ。
目の前を走り去っていくカートに、隣にいる乃愛が「……おー」と漏らす。
「楽しそう」
「だよね。俺、1回やってみたかったんだ」
でも、1人でカート場に行くのはハードルが高かったし、昔近場にあった遊園地も残念なことにゴーカートはなかった。
出来るかどうかは不安だけど、小学生くらいの子供も運転してるし、多分大丈夫だろう。
俺たちは早速受付に向かい、利用時の説明を受け終えた。
そのまま、係員の人に連れられてカートの所まで移動していると、横からくいくいと袖が引かれた。
「どうしたの?」
「せっかくだし、勝負したい」
「お、いいね。けど、まずは運転に慣れてからね」
「ん。……バナナ買って来てもいい?」
「ゲームとリアルをごっちゃにするのはやめようね」
不法投棄、ダメ、絶対。
そんなこんなで、俺たちはそれぞれカートに乗った。
最初は少し動くごとにびっくりしておっかなびっくり気味だったものの、しばらく乗っていると大分コツが掴めてきた。
乃愛の方もぎこちないながら、なんとか普通に乗れるようにはなってきたみたいだ。
そうなると、することは1つ。
「優陽くん、勝負」
「オッケー。負けないからね」
「ん。私も負けない。……なら、負けた方は罰ゲーム。どう?」
「いいよ。乗った」
俺も乃愛もゲーマーなので、基本的に勝負事には負けず嫌い。
ペナルティがあった方が燃えるというものだ。
乃愛もいつも通り表情の乏しい顔のままだったけど、青い瞳からは闘志が垣間見える。
やる気満々って感じだ。
当然、他の人もいるので必要以上にスピードを出し過ぎない、勝ちにこだわって無理な運転はしないというルールの元で、俺たちは走り始め——。
「……もう1回」
俺の勝ちという結果になって、いつもの無表情はどこへやら、乃愛が思いっきりむくれるという結果になっていた。
いつも通りのゲームなら、拮抗している俺たちの腕も、さすがに身体を使うアクティビティなら俺の方が上手いらしい。
「ダメだよ。もう時間だから」
「延長」
「ダメ。他のアトラクション回れなくなっちゃうよ」
「勝ち逃げはズルい」
「ズルくない」
「……」
乃愛が無言でぺちぺちと武力行使をしてくる。
そんなことをしても時間は時間だし、俺の勝ちは俺の勝ちだ。
レース場から出る間もひたすら負けず嫌いっぷりを見せる乃愛だったけど、ようやく諦めがついたのか、ちょっとぶすっとしたまま口を開いた。
「……仕方ない、ここは私の負け。潔く認める」
「散々抵抗しておいて潔くもなにもないと思うけど……」
「ここからはペナルティの話」
「そういえば罰ゲームありだったね」
なにも考えてなかった。どうしよう。
「ん。なんでもばっちこい」
「そう言われてもなぁ。やっぱり急には出てこないよ」
「優陽くんが望むならえっちなことでもなんでも聞く」
「こんな人通りの多い所でそんな爆弾発言しないで!?」
そこの通りすがりの女性陣の方々がうわぁ、って顔してこっち見てるから! 俺は無実です!
それと通りすがりの男性陣! 乃愛に邪な視線を向けないでもらおうか!
ただでさえ、目立っている乃愛の容姿に加えて今の発言でもっと注目を集めてしまった。
俺は乃愛の手を掴んで、この場から逃げるように移動し始める。
そのまま移動しているとレストランが見えてきたので、俺たちはそこで立ち止まった。
あ、そうだ。
「乃愛、ペナルティだけど、ご飯を奢るっていうのでどうかな? ほら、ちょうどお昼時だし」
「……ん。分かった」
そう呟いた乃愛がなぜかスマホを取り出す。
「あの、乃愛? なにしてるの?」
「ん。晩ご飯を食べる為にこの辺りで有名な高級レストランを調べておこうと思って」
「誰が1食1万くらいしそうなお高い店を奢れと言ったァ!」
俺は乃愛の手からスマホを取り上げる。
「今目の前にあるこのレストランでいいから!」
「ん。どうせここは私の奢りのつもりだったから。それじゃペナルティにはならない」
「いいから! はい決定!」
そもそも遊園地代だって無理矢理連れて来たからって全額出そうとしてくれた(さすがにそれはまずいので説得して割り勘にした)のに黙って奢られるわけにはいかない。
俺が強く言い切ると、乃愛は「……ん。分かった」と頷いてくれたものの、微妙に不服そうだった。
というかえっちなことの方がハードル高くない? 俺がおかしいのかな。そんなことないよね?
「その前にお手洗い行ってきていい?」
「ああ、うん。行ってらっしゃい。ここで待ってるから」
俺は人混みの中に消えていく乃愛の背中を見守る。
とりあえず電子書籍でも読んで時間を潰そうかな……。
そう思っていると、
「ゆーひくん」
「うわっ!?」
湊さんがいつの間にか横にいた。
「にひひー。いい反応ー」
「び、びっくりさせないでくださいよ! というかいつからいたんですか!」
「んー? 今来たとこだよー。おじょーさまはトイレ?」
「は、はい」
まだ俺は驚きが過ぎ去っていないのに、なんてマイペースな人なんだ。
「ならちょうどいいやー。わたし、ずっと君にお礼を言いたかったんだよねー」
「お礼? 俺にですか?」
なにかお礼をされるようなことをしただろうか。
怪訝に思っていると、湊さんが「うんー」と返事をしてから、佇まいをすっと直して、俺に向き直る。
「……おじょーさまと仲良くしてくれてありがとね」
間延びした口調は消え、湊さんは微笑みを浮かべて俺を見つめてくる。
その言動からは、俺に対する心の底からの感謝が伝わってきて、真剣な話だと感じた俺も佇まいを直す。
「……いえ。俺の方こそ、乃愛にはいつもお世話になっています」
「君のお陰で、おじょーさまは最近ずっと楽しそうでさ。わたしってずっとおじょーさまのことを近くで見てきたから、人に馴染めなくて、学校にも行けなくなって、暗い部屋でずっと1人でゲームしてたおじょーさまを見てて、ずっと心苦しかったんだよ」
暗い部屋で、モニターの光に浮かび上がった、今よりも小さな乃愛の顔が頭に浮かぶ。
それは、今の周りの喧騒と相まって、どうしたってもの悲しく感じてしまう光景だった。
「わたしなりに外に連れ出したり、構ったりはしてたけど、やっぱりわたしだけじゃおじょーさまの心の空白は埋められなかったんだよ」
どこか遠くを眺めていた湊さんの瞳が、再び俺に向けられる。
「だから、ありがとう。そんなおじょーさまを外に連れ出してくれて。傍にいてくれて」
「……はい。でも、俺が連れ出したんじゃなくて、乃愛が自分で外に踏み出したんです」
俺たちが出会ったのも、乃愛が声をかけてくれたからなのだから。
そう答えると、湊さんはほわんと笑う。
「そうだねー。まったく、自慢の妹だよー」
「ですね。俺も自慢の友達です」
「まー。お世話係としてはー、おじょーさまの面倒を見ることが少なくなってー、ちょっと寂しい気もするけどねー」
成長を感じる反面、と湊さんが呟く。
「さて、言いたいことは言ったしー。おじょーさまも戻ってきたみたいだからー。わたしはまたどろんさせてもらうねー」
そうして、乃愛と入れ替わるようにして、湊さんは人混みの中に消えていった。
本当にマイペースな人だ。
でも、少しはあの人がどういう人か分かった。
「お待たせ。……今の、湊さん? 2人でなに話してたの?」
「えっと……まあ、世間話だよ」
「そうなんだ」
「それより乃愛」
「ん?」
「湊さんって凄くいい人なんだね」
告げると、乃愛はぱちりと瞬きをしてから、
「ん。自慢のおねーちゃん」
誇らしげに胸を張ったのだった。
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