第117話 白髪美少女とのデート③

「じゃあ、どれから乗ろうか」


 ショップを出て動物のカチューシャをお揃いで装備した俺たちは、ひとまずエリアを把握出来るマップを並んで眺めていた。

 その時、俺たちの頭上をゴウ、という轟音と悲鳴が通り過ぎていく。


「……あれがいい」


 音に釣られて上を向いていた乃愛がジェットコースターに興味を示す。


「いきなりジェットコースター?」

「ん。ずっと乗ってみたかった」

「あれ? 乃愛って遊園地来たことないの?」

「ない。これが初めて。お母さんもお父さんも昔から忙しかったし、家族でどこかに出かけるってことがあまりなかった」

「あー、そっか」


 乃愛が小さい頃から忙しかったって言ってたし、だから使用人とかにお世話になってたんだもんね。


「ん。家族で行くにしても海外に旅行とかだったから」

「……そっちの方が凄いと思うよ」


 幼い頃から家族旅行で海外に行った経験があるのは相当裕福な家庭じゃないと難しいだろうし。

 ひとまず、リクエスト通り、俺たちは乗り場へと移動。

 さすがに遊園地の花形ということもあって、既に結構長蛇の列が出来上がっていた。


「優陽くんは遊園地に来たことある?」

「うん、あるよ。というか、昔は1駅分くらいの所に住んでたこともあるから」

「それは凄い。通い放題」

「いやいや。子供の懐事情的に厳しいって」


 確かに、今では同年代の子供に比べてお金を渡されてる方だと思うけど、昔は家族一緒に住んでたわけだし、お小遣いは周りと同じくらいだったはずだ。

 まあ、友達もいなかったし、同じかどうかは確かめようのないことだったけど。


「大体、俺ってその頃にはもう親の影響でオタク街道を歩き始めてたから、外に出るよりも部屋でゲームとかアニメとかに浸かってた方が楽しい子供だったよ」

「ん。それでこそ陰の者。そもそも、私も近所にあったとしても絶対通ってなかった」

「だろうね」


 俺よりインドア派の乃愛が遊園地に通っている画を想像が出来ない。

 そんな会話をしていると、割とすぐに順番が回ってきた。

 俺たちは係員の人に案内され、真ん中くらいの席に座ることに。

 ……ちょっと緊張してきた。


 幸いにも、俺は特段絶叫系が苦手ってわけじゃない。

 けど、乃愛はどうなんだろう。

 ホラーは苦手じゃないっていうのは知ってるけど、ホラーと絶叫系って別ジャンルだからなぁ。

 表情が分かりにくいだけで、乃愛がもの凄く怖がってるって可能性もあるし、ちゃんと見てないと。


 そんなことを考えていると、ゆっくりとジェットコースターが動き始めた。

 最初はゆったりとした動作だったのが、徐々に速度を増していく。

 そうなると、喋ったり、乃愛を気遣う余裕はあまりなくなってしまい、


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 俺は周りの客と同じように襲い来る重力に悲鳴を上げる。

 わずかながらの余裕を使って隣を見ると、乃愛の表情は、怖いというよりも早さに驚いているという感じだった。

 そのまま、俺たちを乗せたジェットコースターは1周して乗り場へと駆け抜けきった。


 否応なしにドキドキする心臓を「ふう」と息をはいて整え、俺は乃愛を見る。

 乃愛は、特になにも言うことなく、胸に手を当てて少しだけ呆然としていた。


「初めての絶叫系はどうだった?」

「……ん。早かった。心臓、凄くドキドキしてる……もしかして、これが恋……?」

「俺は恋したことないから分からないけど、違うと思うよ」


 これが恋なら人類のほとんどがジェットコースターに恋してることになるだろう。

 まあ、そういうドキドキを一緒にいる人への好意って勘違いしてしまう吊り橋効果っていうのもあるし、こういうところから始まる恋も珍しくはないのかもって考えたら、恋というのもあながち間違いじゃないのかもしれない。


「ん。冗談」

「そういう冗談を言えるってことは全然平気そうだね」

「ん。さすがの私もこれと恋の区別くらいつく」


 そこで乃愛が言葉を区切って、小さく微笑む。


「——だって、私はもう恋を知ってるから」


 へ、と声が漏れる。

 恋を知ってるって……それって……。

 俺は乃愛の微笑みから、俺を真っ直ぐ見つめてくる青い瞳から、目が逸らせなくなった。

 

 なにも言えないまま、呆然としていると、乃愛がくすっと笑う。


「ん。この間とっても可愛い犬を見つけて、好きになった」

「……へ?」

「だから、私は恋を知ってる」


 呆気に取られた俺がぽかんと口を開けると、乃愛がむふんと満足そうに胸を張った。

 どうやら、乃愛にからかわれただけらしい。

 それが分かった俺は、脱力して大きく息をはき出した。


「なんだ、そういう話か……!」

「ん。びっくりした?」

「めちゃくちゃびっくりしたよ!」

「これが新たに身に付けたトーク技術」


 人との距離を測るのが苦手なのに、いつの間にか謎のコミュニケーション技術を身に付けていたらしい。

 俺はまんまとそれにやられたわけだ。


「……まあ、犬を見つけて好きになったっていうのは本当だけど」

「へえ、そんなに好きになるほど可愛かったんだ」

「……ん。ずっと近くにいたいくらい」

「へえ! そんなに可愛いなら今度見てみたいなぁ」


 俺が興味を示していると、


「ん。それより、次は優陽くんが乗りたいものに行きたい」


 と、話題が変わった。

 俺が乗りたいものかぁ、とまた近くにあったマップで次の目星を付けていると、


「……ん。さすがに攻め過ぎた」

「え? 攻め過ぎたって?」


 小さな乃愛の呟きが聞こえてきて、俺は首を傾げる。


「なんでもない。それより、早く。時間は有限」


 そう言って、ふいっと視線を逸らす乃愛の頬はなぜかほんのりと赤く染まっていた。

 気になりはしたけど、追求することも出来ず、俺はマップに視線を戻したのだった。

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