第115話 白髪美少女とのデート①
「ん。約束したから」
俺の問いに、乃愛はそう答えてくる。
えっと、約束?
「ごめん。なんだっけ、それ」
「一緒に遊びに行くって約束。空ちゃんとの先約があるからって先延ばしにしてた」
「……ああ!」
そういえばそうだった。
結局、詳しいことは決めず、それから話題にも出なかったし、宙ぶらりんのままだったんだよね。
「本当にごめん! すっかり頭から抜け落ちてた!」
「ん。そうだろうなと思ってた。だから、罰として今日の優陽くんの時間は全部私のもの。RAINの通知も切っておくこと。……いい?」
乃愛がこてんと首を傾げて俺を見てくる。
最後まで命令形じゃなくて、確認を取ってくるのが乃愛らしい。
「ちなみにそれ、破ったらどうなるの?」
「拗ねる」
乃愛が無表情のまま、ぷくっと頬を膨らませる。
どうやら、拗ねるということの実演をしているらしい。
俺はクスッと笑みを零す。
「はは、それは気を付けないとね。仰せのままに。まあ、車に乗った時点で俺に拒否権なんてないわけだけど」
今更無理なんて言えるわけがない。
「で、この車は一体どこに向かってるの?」
「ん。遊園地」
「へえ、遊園地かー。だからこんなに朝早くだったんだね」
「ん。アトラクションに並ぶのは時間かかるから」
「なるほどね。でも、乃愛にしては珍しいチョイスだね」
一日中ゲームでも構わないくらいの生粋のインドア派なのに。
「……優陽くんと行ってみたいと思った」
すれ違う車の音にかき消されてしまいそうなほどの声が鼓膜に届く。
「人の多い所、うるさいし、疲れるし、苦手だけど……優陽くんと一緒に行ったら楽しそうだと思った」
「……そっか。じゃあ今日は帰ったら疲れて倒れるくらいはしゃぎ倒さないとね」
「ん。明日の筋肉痛も辞さない覚悟」
と、乃愛との会話に興じていると、
「いやーせーしゅんしてるねーこーこーせー」
やけに間延びして、覇気があまりなさそうな声が前から聞こえてきた。
「眩しくておねーさん直視出来ないなー」
「え、えっと……?」
まさか、運転手が話しかけてくると思っていなかった俺は曖昧な反応を返すことしか出来ない。
戸惑っていると、乃愛がそっと口を開く。
「ん。湊さんだって年齢私たちとそう変わらないんだから、まだ青春出来る」
「いやいやー。わたしじゃそうはいかないよー。それに、こういうのは見てるのが楽しいんだよー」
湊さん、と呼ばれた女性がバックミラー越しにほにゃあと力の抜けた笑みを浮かべる。
全体的にゆるほわな雰囲気で、なんだか見てるこっちまで力が抜けてしまうような人だ。
「それよりおじょーさま。そろそろわたしのこと紹介してくれないと、ゆーひくんが戸惑ってますよー?」
「ん。そうだった。この人、
「あ、えっと初めまして。鳴宮優陽です」
「うんー。知ってるよー。おじょーさまからいつも話は聞いてるからさー。湊って呼んでねー」
ほにゃっと笑う顔が再びミラーに映る。
乃愛のお世話をしてくれてる人のことは聞いていたけど、この人がそうなのか。
車の運転をしてるってことは俺たちより年上なことは間違いないけど、それにしたって俺たちとそう変わらないように見えるな。
「いやーわたし君に会ってみたかったからさー」
「え、俺にですか?」
「そー。昔からおじょーさまのお世話をしてる身としてはさー、こんなにおじょーさまが懐いてる人ってどんな人だろうなーって思ってたからさー。やっと会えて嬉しいよ、ゆーひくん」
「ん。湊さん会わせろ会わせろってうるさかった」
「だっておじょーさま、毎日のようにゆーひくんの名前口にするんですもん。そんなの気になるに決まってるじゃないですかー」
湊さんの抗議に合わせて、彼女のあちこちがぴょこんと跳ねている癖っ毛がゆらゆらと揺れる。
どうやら、2人の間では定番の話題らしい。
「いやー凄いよー? 最近のおじょーさまって口を開けば君の名前が出てくるからねー? 今日だっていつもはそこまで気にしてない服装とか髪型とかずっとうんうん悩んでてねー?」
「み、湊さん。余計なこと言わなくていい」
「えーいいじゃないですかー。そんなところも可愛いんですからー。ね、ゆーひくん」
「えっと……そうですね、可愛いと思います」
流れるように車に乗って移動を始めてしまったので、乃愛の今日の容姿に触れる機会はなかったけど、確かに今日の乃愛はなんだか気合が入っているように見えた。
清楚感のある白いブラウスに水色のスカートを合わせて、いつもは下ろしている腰まである白い髪の後頭部は可愛らしく結われている。
ついまじまじと乃愛を眺めていると、乃愛の頬がほんのりと赤みを帯びて、恥ずかしそうに身を捩って、俯いてしまった。
さすがに見過ぎたかな?
「ですってー。よかったですねーおじょーさまー」
「っ、湊さんうるさい」
ふいっと乃愛が完全にそっぽを向く。
うーん……先はまだ長そうだし、このまま乃愛が拗ねたままでいるのは居心地悪いよなぁ。
よし、こういう時は。
「そういえば乃愛。あの新作のゲーム、どこまで進んだ?」
横顔に向かって話題を振ると、ぴくりと肩が動き、
「ん。まだ序盤。戦闘が面白過ぎてレベル上げとかサブクエストも面白いから全然進まない。時間がいくらあっても足りない」
「あはは、だよねー! 俺もそんな感じでさー! 配信でも遊んでたよね」
「ん。今度視聴者参加形の企画をやる予定。優陽くんもYちゃんとして参加してみる?」
「俺にネカマを演じろと……?」
俺はとある事情で白峰のえるのチャンネルで白峰のえると奇跡の出会いを果たした謎の家庭的美少女Yちゃんとして知られていて、出演もしたことないのに、乃愛の配信を見るとなぜか必ずYちゃんのことを聞くコメントが流れるくらいの人気キャラになっていた。
「声なしだから行ける行ける。ファンサ大事」
「いやそもそもなんで俺にファンが付いてるのかさっぱり分からないんだけど……なぜかファンアートも出来てるくらいだし」
オタクの妄想力って凄まじいね。
とはいえ、これで乃愛の機嫌も治ったわけだし、よかったよかった。
「おー……おじょーさまの扱い方うまー」
運転席の湊さんの感心したような呟きが俺の耳に届くのをよそに、俺たちをのせった車は目的地である遊園地に向かって車体を揺らし続けるのだった。
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