第113話 陽キャ美少女とのデート⑤
その後、昼食を食べ終えた俺たちは、まだ見てなかったエリアを一通り回り、動物園を出て、バスに乗り、駅に帰ってきた。
バスから降りた芹沢さんがうーんと伸びをする。
「さーてと、これからどうしよっか。解散するにはまだ早い時間だけど」
時刻は14時過ぎくらい。
確かに解散するには少し微妙な時間帯だ。
「じゃあ俺の部屋に来る?」
「うーん……それもいいんだけどねー。せっかく外に出てるんだし、ちょっともったいなくない?」
「それもそうだね。じゃあとりあえずは適当にぶらぶらする感じでいいかな?」
「うん!」
方針もまとまったところで俺たちは歩き始めた。
「さーて、どこ行こっかなー」
「ひとまずショッピングモールにでも行く? 目的なくぶらつくには最適だし。疲れたら休憩もしやすいし」
「いいね、それ採用。優陽くんもかなり人といる時の行動ってものが分かってきたね」
「お陰様でね」
誰かと行動することが増えたお陰で、ぼっちだった俺の中にもすっかりそういう考え方が身に付いてきていた。
今までならきっと自分で提案出来ずに人に付いて行くだけだったんだろうなぁ。まだ3ヶ月くらいなのにもう随分と前のことに感じる。
「着いたらまずカフェにでも入って休憩しようよ」
「うん。あ、そのあとゲームセンターエリアに行きたいんだけど、いい? ちょっと気になるプライズ品があってさ」
「お、出来のいいフィギュアでもあった? それは私も気になるなー」
ショッピングモールに着いた後の予定を立てつつ、しばらく歩いていると芹沢さんが、「あ」と声を上げ、視線をとある方向に固定して立ち止まる。
芹沢さんの視線を追うようにそっちを見やれば、大型のアニメショップが。
なるほどね。
「……優陽くん」
「よし、行こう」
「話が早くて助かります」
一もなく二もなく、頷き合った俺たちはそれまで立てていた予定を全て投げ打って、進路をアニメショップへと変えた。
特に欲しいものはなくても、オタクとしてアニメショップの素通りなんて出来るはずがない。
「いやー……結局色々と買っちゃったねー」
「そうだねー……俺、特に欲しいものとかなかったのになぁ」
結局、俺たちは2時間近く滞在して、各々物欲に負けて色々購入してからアニメショップをあとにしていた。
ラノベとかグッズ類を前にしたオタクは無力である。
「これからどうする? 結構いい時間になっちゃったけど」
「んー、さすがにちょっと休憩したいかも」
「分かった。とりあえずどこか店に入って、それから考えよっか」
えっと、この辺りの店は……。
俺がスマホを取り出して、近辺の店を調べていると、
「あ、優陽くん優陽くん。あそこはどう?」
「あそこ?」
横から袖がくいくいと引かれた。
相変わらずの距離感の近さに、ふわっと甘い香りがして、鼻腔と心臓をくすぐっていく。
今更ながらに意識してしまってドギマギしてしまうものの、バレたら絶対にからかわれるので、表情に出さないように努める。
人付き合いをするようになって、嘘は変わらず苦手だけど、俺だって多少はそのくらいが出来るくらいには成長しているのだ。
「あれは……ネットカフェ?」
「なんか面白そうじゃない? 私行ったことなくてさ」
「言われてみれば俺もないかも。じゃあ、あそこにしてみる?」
「うん!」
話が決まるや否や、芹沢さんが意気揚々と歩き出す。
休憩したいって言ってたのに、疲れを感じさせないくらいエネルギッシュだ。多分、エネルギーエンジン複数個積んでるタイプ。しかもオートリペア付き。
店内に入ると、すぐに受付があって、その奥にカフェスペースだったりとかマンガがいっぱい入っている棚が所狭しと並んでいて、なんだか凄く手狭に感じる。
なんだろう。アングラ感とか秘密基地感があってワクワクしてしまう。
「どうする? 3時間パックくらいにしておく?」
「そうだね。えっと、それから……部屋のタイプとか選べるのか。これはどうしよっか?」
尋ねると、芹沢さんは「んー」と声を出しながらメニュー表を上から下まで目を通し、ちらっと俺を見つめてきた。
それから、にぱっと笑みを浮かべる。
「じゃあ、この鍵付き個室のカップルシートで!」
「え!?」
カップルシート!?
「さ。行くよー」
「ちょ、ちょっと!? 待ってよ!」
ぎょっとしていたせいで止める間もなく受付が完了してしまい、俺は慌てて芹沢さんのあとに付いていく。
芹沢さんは臆することなく、店の奥の方にある階段を上り、目的の部屋を見つけて中に入っていった。
俺も続くと、部屋の中にはテーブルにパソコンが置いてあって、2人掛けのリクライニングソファがあった。
もう明らかに2人でくっついて下さいと言わんばかりの大きさだ。
「へー! こんな感じなんだ!」
「いやいやいや! 落ち着いて感想言ってる場合じゃないよ! なんでカップルシートなの!? 普通の部屋もあったのに!」
「んー? なんでだと思う?」
どこかからかうような笑みで、芹沢さんが俺のことを見上げてくる。
な、なんでって……。
思わぬ質問に、俺はただ口をぽかんと開けることしか出来ない。
そんな俺の反応を見て、芹沢さんの笑みがからかいのものから満足そうなものに変わる。
「あはは、そんなに緊張しなくてもいいじゃん! こんなの部屋でいつも2人でいるのと変わらないよ?」
「変わるよ! 距離感とか色々さ! いつもこんなにくっついてないよね!?」
「え? 私いつもこのくらいじゃない?」
「……それは確かにそうかもしれないけどさ」
いや、こういう時の芹沢さんはなにを言っても無駄だ。
それに、もう部屋も決まってしまったのだから、文句を言っても仕方がないし、どうしようもない。
芹沢さんのこういう押しの強さは今に始まったことじゃないし。
俺はそっと諦めのため息を零した。
「はぁ……もういいです。飲み物取ってくるよ」
「あ、私も行くー」
俺たちは荷物を置いて、ドリンクバーに向かって、飲み物を注いで部屋に戻ってきた。
芹沢さんが先にソファに座るのを見て、俺は座るのを一瞬躊躇してしまうけど、そんな俺の葛藤を見透かすように、芹沢さんがにこりと笑って隣をぽんぽんと叩く。
どのみち、もう座るしかないわけだけど。
俺は再度諦めのため息をついて、ソファに腰を下ろした。
太もも同士が触れ合って、芹沢さんの体温や匂い、柔らかさがダイレクトに伝わってくるものの、俺はそれら努めて意識の外に追いやる。
そうだ。買ったラノベでも読もう。
俺は意識を逸らす為に、買ったラノベを取り出した。
「む。隣にこんな美少女が座ってるっていうのに、平然とした態度を取られるのは釈然としないんだけど? おら、ドキドキしろ」
「雑過ぎない!? 言われなくてもドキドキしてるってば! だから意識し過ぎないようにラノベ読もうとしてるんだよ!」
「ほんと? えへへー、ならゆるーす」
むっとしていた顔が、一瞬でほにゃりとした笑みに切り替わる。
その表情のギャップも相変わらず可愛いから、文句の言いようがない。
俺の気も知らず、芹沢さんは「私も買ったやつ読もーっと」とご機嫌にラノベを取り出した。
せっかくネカフェに来たのに、これじゃいつも変わりない。……まあ、この感じが俺たちらしいのかな。
思わず頬を緩めて、俺は改めてラノベに視線を落とす。
しばらく、適度に雑談を挟みながら読み進めていると、肩にとんっと軽い衝撃があって、ふわっといい匂いが強くなった。
なんだろうと思いつつ、反射的に肩に視線を向け、
「え、せ、芹沢さん!?」
俺は驚きで声を上げた。
なんと、芹沢さんが頭を俺の肩にもたれさせるようにしてきていたのだ。
突然のことに体を硬直させていると、
「……って、あれ? もしかして寝てる……?」
芹沢さんはくぅくぅと一定のリズムで寝息を立てていた。
さっきまであんなに元気だったのに……けど、まあ、しょうがないか……朝からあれだけ歩いてたわけだし。
寝顔が近過ぎて、このまま枕にされるのは心臓に悪いけど、こんなに安心しきったような顔されてしまったら、起こすに起こせないや。
俺はそっと頬を緩め、なにも見なかったことにして、読書に戻ることにした。
まあ、残念なことに、読んだ内容は殆ど頭に入ってこなかったし、そのあと起きた芹沢さんに寝顔を見た罰で可愛いとたくさん言えと言われてしまったわけだけど。
そこは、晩御飯を奢ることでどうにか許してもらうことが出来た。
こうして、俺と芹沢さんの1日は、最後まで騒がしさたっぷりで幕を閉じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます