第111話 陽キャ美少女とのデート③

「あ! 見て! ゾウが見える!」


 サル山をあとにし、人の流れに沿うように歩いていくと、芹沢さんが隣で興奮した声を上げた。

 ちなみに、ゾウの所に来るまでにもフラミンゴとか大きい亀とかもいたけど、ここまでリアクションは大きくなかった。


 やっぱり花形の大きい動物を見る機会は少ないから、近くで動いているのを見るだけでテンションが上がるのは分かる。


「本当だ! デカっ!」


 久しぶりに見るゾウは不思議と記憶にあるものよりも数倍大きく感じる。

 小さかった時の方が体感的には大きく見えたはずなのに。


「優陽くん、写真! 写真撮ろっ!」

「う、うん。自撮り?」

「それはあとで! せっかくだし全体的にゾウも入れたいじゃん。すいませーん! カメラお願いしてもいいですか?」


 芹沢さんが即座に近くにいた親子に向かって声をかけた。

 凄い。躊躇いもなく他人に声をかけられるのも、スマホを手渡せるのも全部凄い。

 さすがは陽キャ。俺には絶対に真似出来ない。なんか頼むの迷惑かなとか思っちゃう。


 そう思いながら、カメラ役を快く引き受けてくれた女性の「撮りますよー」という声で、芹沢さんが俺の肩に密着するように近づいてきて、お手本のようなピースサインをカメラに向ける。

 意識が思わずその近さとかいい匂いに吸い寄せられるけど、辛うじてカメラから目を逸らさず、俺もピースを形作った。


「ん、よし。いい感じ。優陽くん、だいぶカメラに慣れてきたね」

「まあ、そりゃね。皆で遊ぶ機会も増えたし、その度に写真撮ってるから」

「うんうん。いい傾向だよ。ただ、まだ笑顔が硬いかなー」

「う……だって今までは俺なんかが写っても仕方ないと思ってたし、カメラを向けられたら反射的に画角から逃れるのが習性だったんだし、仕方ないと言いますか……」

「習性て。まあ、それはそれとして自虐したので罰ゲームを執行してもらいます」


 罰ゲームってさっき言ってたあれのことか……。

 こんな人前で言いたくはないけど、きっと言わないと終わらないんだろうなぁ。


「……芹沢さんは今日も可愛いです」

「え? なんて? 周りが騒がしくてよく聞こえなかったやー」

「嘘だ! 絶対に聞こえてる! 少なくとも反応を示してる時点で聞こえてる!」

「ごめん。私優陽くんみたいに独り言拾うスキルとか持ち合わせてないもんで。で、なんて言ったの?」


 んー? と芹沢さんが意地の悪い顔で耳に手をかざしてきて、俺は頬を引き攣らせる。

 くそ、もうどうにでもなれ!


「芹沢空さんは今日も大変可愛らしいと思います!」


 俺はやけくそ気味に叫んだ。

 周囲から突き刺さる奇異と好奇の視線が痛過ぎる。

 そんなこと気にもならないらしい芹沢さんは、ご満悦に胸を張った。

 

「ん、よろしー!」

「……これ、周りから見られてすんごくメンタルが削られるんだけど」


 完全に動物より注目を集めてるし。なんなら珍獣という名の一種の動物扱いされてそうだ。


「それでいいの! 目立つのが苦手ならそれに慣れちゃえばいいんだよ! 荒療治くらいしないと君のそれは治らないからね」

「いや、言ってることは分かるんだけどさ……」

「え? なに? もう1回言いたい? 私は嬉しいから別にいいけど、優陽くんってば積極的だねぇ」

「文句など言って大変申し訳ありませんでした」


 俺は高速で頭を下げた。

 場所が場所なら土下座してるレベルだ。

 時と場所を選ばず行わないといけないこの罰ゲームの厳しさを身を持って体感した今、食い下がる気なんて1ミリたりとも起きやしない。


「……ちっ。よーし、次は自撮りで撮ろっか!」

「うん、分かった。……ところで今舌打ちした?」

「よーし撮るよー!」


 完全にスルーされてしまった。

 そんなに可愛いって言わせたかったのか。

 ただこれ以上追求してもあとが怖かったので、俺はまたもや文句を引っ込めることにして、2人で自撮りバージョンの写真を数枚撮って、次の場所に移動した。


 キリン、サイ、カバ、ダチョウ、シマウマ、チーターと動物園におけるメジャーどころの動物を見ながら、その度に画像フォルダに写真が増えていく。

 やがて、俺たちはウサギと触れ合えるという小動物エリアへと足を踏み入れた。


「わー! やばっ! めっちゃ可愛い!」


 餌やり用の野菜スティックを係の人から受け取って、柵の中に入ると、そこは多種多様のたくさんのウサギがいた。

 こういう触れ合いコーナーなだけあって、人に慣れているのか、近くにいた1匹が足元にぴょんぴょんと近づいてくる。


 しゃがんで試しに口元に野菜を近づけると、確認するかのように匂いを嗅ぎ、しゃくしゃくと齧り始めた。

 その背中をそっと撫でると、ふわふわとした手触りが伝わってくる。


「超もふもふしてる……!」

「あ、優陽くんだけずるい。私も触りたい。……って、あ」


 芹沢さんがウサギに触ろうと手を伸ばすと、途端に大人しかったウサギはぴょんぴょんと跳ねて俺たちから離れていってしまう。


「あはは、残念だったね」

「むー。いいもん、別の子もたくさんいるし」

「そうだね。あ、隅でじっとしてるあの子とか大人しそうじゃない?」


 さっきのウサギは耳が立っていたけど、この子は耳が垂れている。

 こうして見るとウサギごとに個性があって、面白い。


 その子の元に近づいていくと、途端になにかを察知したのか、どこかへ去ってしまった。

 その後も、ことごとく芹沢さんが触ろうとすると、なぜかウサギが逃げてしまうということが続く。


 何度目かの挑戦が失敗に終えたところで、芹沢さんがふっと口角を上げる。


「なるほど。同族嫌悪ってことだね」

「え、それどういう感想?」

「可愛いもの同士だからね。うんうん、仕方ない」

「いやそんな理に適ってるみたいな顔されても」


 多分、その理屈で納得するのは世界中で君だけだと思う。

 呆れる俺をよそに、芹沢さんはまた別の1匹の元に近づいていく。


「ほらほら、私は君たちと同じで可愛い。つまりは仲間だよ。おら、懐け」

「なにそのとんでもロジック……」


 相変わらずのもの凄いこじつけだ。

 思わずお金を払いたくなる。


「あれ? でもその理屈だと、芹沢さんの可愛さは小動物クラスで収まってるってことになるけど、それでいいの?」

「勝手に仲間面しないでもろて」

「こっちから擦り寄っておいて!?」


 これまたお金を払いたくなってしまうようなもの凄い手のひら返しに、俺は目を剥いてツッコんだ。

 その後、どうにか芹沢さんはウサギに触ることが出来て、無事に丸く収まった。

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