第110話 陽キャ美少女とのデート②

 それから、時間までオタクトークで時間を潰した俺と芹沢さんは駅から出ている動物園方面へのバスに乗り込んだ。

 バスの中にはそこそこの人がいて、席はもう殆ど埋まっていて、2人席は残念ながら空いていないようだった。


「あ、芹沢さん。あそこが空いてるよ」

「ほんとだ。でも、2人で並んで座れないね」

「俺はいいから芹沢さんが座ってよ」

「いや。私だけ座るのもなんだし、一緒に立つよ」

「いいから、ほら座った座った」


 俺は芹沢さんの肩を軽く押して、座席へと押し込む。


「あ、もうっ。こういう時ばかり強引なんだから」

「聞こえませーん」

「……もう、ばか」


 芹沢さんが不満を露わにして上目遣いで睨んでくるけど、俺はそれすらもスルーし、芹沢さんが座っている付近の座席の柱を掴む。

 ほどなくして、バスはゆっくりと動き始めた。


 バスの中で話すのは声を落としていてもなんとなく周りに迷惑になりそうだし、かと言って、おもむろにスマホを触り出すのもなんとなく気が引ける。


 結局、やることがなくて振動を身体で感じながら、俺はふと芹沢さんに視線をやった。


(気のせいかもしれないけど、なんか今日の芹沢さん、凄く気合いが入ってる気がする)


 芹沢さんは自分の可愛さを際立たせる為にいつだっておしゃれには気を遣っているし、俺にはおしゃれのことなんてよく分からないけれど、今日はなんだか特におしゃれで可愛く見える。


 ところどころに水色が入った白色のセーラー服のような服に、明るい青色のデニム生地の上着を羽織っていて、足元は青色のスニーカー。

 いつもおろしている毛先にウェーブがかかったセミロングは後頭部で編み込まれて髪飾りで彩られていて、セットにもの凄く時間がかかってそうだ。


(……この人が気に入ってくれそうかつ、似合いそうなアクセサリーかぁ)


 可愛いものへのこだわりが強い芹沢さんに渡すのに相応しいアクセサリーはなんだろう。

 というか、勢いでこれしかないと思って動き始めたものの、そもそもそんなものが作れるんだろうか?


 ……いや、今更不安に思ったところでどうしようもない。

 そんなことを考えるよりも、今はどういうものが似合って、喜んでもらえるのかを考えよう。


 俺がじっと芹沢さんを観察していると、流石に視線を感じたのか、芹沢さんがふと俺を見上げてきて目が合った。

 芹沢さんは一瞬きょとんとしてから、首を傾げ、声を顰めて問いかけてくる。


「どうしたの? ひょっとして私が可愛過ぎて見惚れちゃった?」


 からかうような笑みを浮かべる芹沢さん。

 ど、どうしよう。アクセサリーのこと、バレるわけにはいかないし……。

 俺は誤魔化す為に咄嗟に口走る。


「……じ、実はそうって言ったら?」


 俺がそう言うと、芹沢さんからジト目が返ってくる。


「明らかに嘘くさいんですけどー?」

「い、いや、嘘じゃないってば。確かに考えていた主な部分じゃなかったけど、本当に可愛いとは思ってたし」

「……ふーん、そっか」


 そう呟いた芹沢さんは髪を指で触り、1度目を軽く伏せて、ちらりとまた俺を見上げてきて、


「……もしそれが本当なら、嬉しいな」


 へへ、とはにかむ芹沢さんに俺はつい口を閉ざしてしまい、なにも言えなかった。

 なんというか、いつものように胸を張ったりだとか、いつものように攻められたら逆に恥ずかしがるだとか、そんな想定していたどのリアクションでもなくて。


 俺は不覚にも、と言うと怒られてしまいそうだけど、その可憐な姿に本当に見惚れてしまったのだった。


 俺も芹沢さんも黙ってしまって、どこか気恥ずかしい空気の中、色々と耐えられなくなった俺はふいと視線を逸らす。

 

 その先で恐らく俺たちの会話が聞こえていたのだろう、女性客と目が合ってしまい、愛想笑いをされて、なんだか余計に気恥ずかしくなってしまった。


 そんな俺を気にすることなく、バスは順調に走り、やがて動物園へと辿り着いたのだった。






「おおー……」


 チケットを買ってゲートを潜ると、隣から感嘆の声が聞こえてくる。

 横を見ても視線が合わないし、多分だけど無意識に漏れたものなのだろう。


「この動物園には来たことあるんだっけ?」

「うん、小学生の時にね。1回だけ」

「じゃああまり懐かしいって感じでもないのかな」

「そうだねー。もうほんとうっすらとしか覚えてないよ。だからほぼ初見」

「あはは、そっか。なら初見同士でちょうどいいかもね」


 知識がない同士だと見た時の感動だったりとか共有しやすくなるしね。

 俺たちはなんとなく人が流れていく方向に向かって、歩き出す。

 向かう先は、どこの動物園でも大抵最初に見ることになるであろう、サル山だ。


 近づくごとに、どんどんと独特の匂いが濃くなっていき、久しぶりのはずなのにすぐに、ああ、サル山の匂いってこんな感じだったなと記憶が掘り起こされる。ぶっちゃけ臭い。


「おーたくさんいるねー。あ、見て。あそこの子ザル。バナナ食べてる」

「本当だ。あ、あそこのサル子供背負ってるよ」

「わ、可愛いー!」

「……でも、なんか寝てる姿を見たら仕事疲れでリビングで寝こけてる人が頭をよぎって仕方ないんだけど」

「……そう言われたらなんかもう可愛く見えなくなったんだけど。あそこで壁に背を預けてる子なんてもう仕事休憩中の人にしか見えなくなってきたんだけど」


 うっかり口を滑らせてなんだか微妙な空気になってしまった。


「……気を取り直して、次に行こうか」

「……だね」


 俺たちはお互いに顔を見合わせて、頬を緩めてから、再び人の流れを追うようにして歩き出したのだった。

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