第109話 陽キャ美少女とのデート①
「——……よし。こんなもの、かな」
俺は鏡を見ながら、ワックスで整え終えた髪を見て、呟く。
実は時間が空いている時にセットの練習は続けていたりしたかいもあり、そこそこの出来栄えのように思える。
(……なんか、自分でもちょっと表情が明るくなったんじゃないかって気がしてるんだよね)
手に付いたワックスを洗い流しながら、鏡を見つめながら、ふとそう思う。
細かい変化は自分ではよく分からないけど、1人でいた時とは心境が違うから、そこがやっぱり大きいのかも。
自然と口角が上がると、鏡に映る自分も笑う。
それから、リビングに戻り、置いてあった上着を羽織った。
今日は白いTシャツに濃い緑色に白いラインが入った肘くらいまでの袖の長さの上着、確かテーラードジャケット? に上と同じように濃い緑色に白いラインが入ったズボンだ。
店長は確かセットアップ風? って言ってたっけ。
「っと、時間だ。出ないと」
芹沢さんの希望で今日は駅に10時に集合ということになっている。
今は9時前くらいだけど、待たせるよりは待つ方がいい。
俺は必要なものを確認して、部屋を出た。
天気はやや曇り。梅雨に入ってはいるけど、今日はありがたいことに1日降らないという予報だ。……まあ、折り畳み傘はしっかり持っているけども。
時間もあるので、特に急ぐこともなく歩き、俺は駅に辿り着いた。
(どうしよっかな……電子書籍か、ウェブ小説か)
どうやって時間を潰そうかと考えていると、
「——だから、人を待ってるって言ってるじゃないですか」
ロータリーの方から聞こえてきた声に、俺は足を止めてそっちを見る。
(あれって……芹沢さん?)
そこには、なぜかもう来ている芹沢さんと、芹沢さんに話しかけている2人の男性の姿があった。
「だったらその友達も一緒にさ。ね、いいでしょ?」
「絶対後悔させないからさー」
男性が人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、芹沢さんに声をかける。
誰に対しても基本的に愛想のいい芹沢さんは、今に限ってはスマホに視線を落として、男性たちを見もしない完全塩対応モードだ。
……間違いなくナンパされてるよね、あれ。
それを認識してから、俺は芹沢さんの方にどう対処すればいいのか考えつつ、急いで向かう。
——相手が手を出してくるようなタイプだったら。
——駅にはそこそこ人もいるし、いざとなったら大声を出そう。
——なるべく大事にならないように。
様々な考えが頭の中に浮かんでは消えていき、いよいよ芹沢さんたちの元に辿り着こうとしたところで、芹沢さんがちょうど顔を上げた。
「……っ!」
俺と目が合った芹沢さんは、数秒前までの不機嫌そうな顔が嘘みたいにパッと花が咲いたような笑みを浮かべる。
それから、男性たちの横をすり抜けるように俺の方に走ってきて、俺の腕に抱きついてきた。
右腕から突然伝わってくるいい匂いと、柔らかな感触に、俺はぎょっと目を剥いた。
あれこれ考えていた俺の思考はすっかりとフリーズをしてしまう。
「すみませーん! 私の待ち人が来ちゃったんでー!」
「えー男いるのかよー……」
「えへへー。彼、カッコいいでしょー?」
言いながら、芹沢さんが更にぎゅっと抱きついてくる。
(あわわわわわわ……!?)
今の芹沢さんの装いは夏場も近いということで、制服だけじゃなくて私服もすっかり衣替えは済んで薄着の状態。
つまりは、腕に伝わってくる柔らかさは正直洒落にならない威力だ。
俺の部屋に泊まった時にも抱きつかれたことはあったけど、正直あの時とは伝わってくるものが比べものにならない。
結局、俺は肩を落として去っていく男性たちを、声にならない声を上げて、固まったまま見送ることしか出来なかった。
「ふぃー、やっとどっか行ったー。しつこかったー。あ、ごめんね優陽くん。急に抱きついたりして」
「う、ううううん。べ、べべべ別にそれは大丈夫」
俺は熱い顔と早鐘を打つ鼓動を気付かない振りをすることに決めた。
ぶっちゃけ未だに残る余韻にドギマギしまくって噛みまくったけど、無視ったら無視だ。
じゃないとなんかこう、色々と気まずい。
「まったく。あれだけ塩対応してるんだからナンパで大事な第1印象をクリア出来てないってことに気付いてほしいよ。……まあ、超絶可愛い私をナンパしたくなる気持ちは分かるし、私に声をかけた慧眼を見込んで大負けに負けてマイナス100空ちゃんポイントってところだね」
「めちゃくちゃ辛口じゃん……」
どうやらよっぽどお冠らしい。
一体どれだけしつこくされたんだろう。
「というか、なんでこんなに早くから来てるの?」
「いやー楽しみだったもんで、つい」
えへへ、とはにかむ芹沢さん。
「……そっか。ごめん、待たせちゃったみたいで。そこまで楽しみにしてるのが分かってたら俺ももっと早く出たんだけど」
「ううん。私が勝手に早く出てきただけだもん」
「でも、それで嫌な思いもさせちゃったし、釣り合ってない俺が彼氏とか冗談にしても笑えなさ過ぎる嘘までつかせちゃったわけだしさ……」
「はいすとーっぷ。それ以上の自虐は私が許しません」
「んぶっ」
俺の頬が芹沢さんの両手によって抑えられ、芹沢さんが呆れ気味の表情で顔を覗き込んでくる。
「もーっ、そうやって反射的に自分を卑下する癖、やめなよ? ほら、ごめんなさいは?」
「ふぉ、ふぉめんなふぁい……」
「ん、よろしい。……あ、そうだ。今後私の前で自虐したら罰ゲームとして私のことを可愛いと言ってもらうからね。人目を問わず」
「え、ええ……? それだと義務で可愛いって言われることになるよ? いいの?」
「義務だろうとなんだろうと、私が可愛いという事実は揺るがないので」
「そ、そうですか……うん、分かった。気を付けるよ」
「ほう? そんなに私に可愛いと言いたくないらしいね? いい度胸だ」
「自分で話を振っておいて!? ち、違うよ! そうじゃなくてさ!」
確かに人目を問わず可愛いって言うのはごめん被りたいところだけど。
「そういうのは義務じゃなくて、心の底から可愛いって自分で思えた時に言ってあげたいんだよ」
「……ふーん、そういうこと」
「えっと、ダメかな?」
「いやいや、そんなことないよ。いい心掛けだと思う。……ま、そういうことなら今回だけは罰ゲームは喉乾いたしジュース奢ってくれることに変えてあげる」
「うん。そのくらいならお安い御用だよ」
「ただし、次からは……分かってるね?」
「……は、はい」
気を付けよう。
俺はひとまず、今回の分の罰ゲームを遂行する為に、近くにある自販機に向かう。
その道中、
「……さすがに、抱きつくのはちょっと恥ずかしかったなぁ。いや、でもそれくらいしないと……」
そんな声が聞こえたような気がしたけど、距離が空いてるし、本当にそう言っていたのかは、さすがに自信が持てなかった。
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