第108話 陰キャ、アクセサリー作りの手解きを受ける

 そんなこんながあって、放課後。

 俺は花屋とアクセサリーショップの前に立っていた。

 

 天気予報のお姉さんが言うにはとうとう梅雨に突入したらしく、雨が降りしきっているので、今日は軒先に花は飾られていない。


 それでも、店内にはこのじめじめとしていて鬱屈な空気なんて関係ないと言わんばかりに多種多様、色鮮やかな花が咲き誇っていた。


 そんな中を歩き回る、花に負けない鮮やかな金髪を見つけて、俺は傘を畳んで店内へと入った。


「こんにちは、リリィさん」

「お、来たね! 我が弟子!」


 いつの間に弟子入りしたんだろう、俺。

 まあ、些細なことだし、ツッコミを入れるのも野暮かな。

 そう思い、改めてよろしくお願いしますと挨拶をしようと口を開きかけたところで、


「——その子が例のお客さんですか?」


 店の奥から、別の人物が姿を現した。

 リリィさんより少し明るい腰まである金髪に、くりっとした丸い碧眼で、身長は俺より頭半分くらい低い。


(もしかして妹さんとかかな?)


 女性を眺めていると、


「あ、ママ。そうだよ」

「……ママァ!?」


 ママってことはママってことだよね!?(混乱)ってことはこの綺麗な人があのゴリゴリマッチョオネエ店長の奥さん!? 嘘ぉ!?

 驚きで口を開ける俺をよそに、金髪の女性がまるで大和撫子のような上品な所作でお辞儀をしてみせた。


「初めまして。立花フローラです」

「は、はい。初めまして、鳴宮優陽です」


 自己紹介を返すと女性、フローラさんは上品に微笑んだ。

 まだ驚きで上手く動かない頭のまま、俺は改めてリリィさんとフローラさんを眺める。


 身長と体格と、フローラさんの見た目が若過ぎることでどう見たって姉妹にしか見えない。

 別に取り立ててフローラさんが子供っぽいとかじゃないんだけど。


 というか、


(まさかの巨乳って店長側からの遺伝!?)


 フローラさんもないわけじゃないんだけど、こうして並ぶとどうしたって小さく……ってさすがに不躾過ぎるだろ俺! 落ち着け!


「それじゃ、早速アクセ作りについて教えていくね。時間もないしちゃっちゃっといくよー」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 リリィさんはアクセサリーショップへの扉へと歩を進め、くるりと振り返ってきた。


「って、なんでママもついてこようとしてるの?」

「いいじゃありませんか。若い子の恋バナ。とても興味があります」

「いや、まだこっちの営業中でしょ。……まったく。ごめんね、優陽クン。ママってば恋バナとかが大好きだから」


 話しながら、俺たちはアクセサリーショップの方に移動する。


「い、いえ。というか、恋バナとかそういうのではないので……」

「あれ? 違うの? 昨日の感じだと、どう見ても好きな子の為に頑張ろうとしてるみたいな雰囲気だったけど」


 た、確かに昨日の言い方だとそう勘違いされても仕方ないや……。


「……えっと、その子は俺にとって恩人なんですよ」

「恩人?」

「はい。俺、親が転勤族で、昔から転校ばかりしてたのでこの歳まで友達が出来たことがなかったんです」

「うん。それでそれで?」

「彼女はそんな俺と初めて友達になってくれた人で、彼女と友達になってから、どんどんと輪が広がるように色んな人と仲良くなれて……なんというか、俺にとって世界を広げてくれた人なんです」

「……それは特別な人だね」

「はい。そんな恩人である彼女と、俺は約束したんです」

「約束?」

「……彼女は家庭環境に難があって、自分はからっぽだと、そう言ってました」


 あの時の寂しそうな顔は、たった一瞬だけだったのに俺の脳裏にしっかりと刻み込まれている。

 

「誕生日も家族から祝ってもらえたことがないとも、言ってて、誕生日を心から楽しみだと思えたことがないみたいで」

「……そうなんだ」

「はい。……俺は、そんな彼女のからっぽを満たすって約束をしたんです。だからこそ、彼女がこれから先迎える誕生日を楽しめるようにしてあげたいんです」

「……なるほどね。だからこその特別か」


 リリィさんが頷いていると、後ろから拍手が聞こえてきたので振り返ると、いつの間にかフローラさんが立っていた。

 

「いいです! 若い子の青春! 素晴らしいです!」

「もーママってばなにやってるの……」

「ごめんなさいね。気になっちゃって、つい」

「い、いえ、あはは……」

「ほーら、仕事に戻る。しっかりしてよほんとー」

「あーん! まだお話聞いていたいのにー!」


 駄々をこねるフローラさんはリリィさんに背中を押されて花屋の方に戻っていく。

 なんというか、やっぱり妹のようにしか見えない。


「ほんとごめんねー、うちのママが。さ、気を取り直してアクセの話をさせてもらうね」

「はい、お願いします」

「そうだなー……うん、まずはやっぱりあれからかな」


 そう言って、リリィさんは近くの棚からアクセサリーを取ってきた。

 それは、昨日も見せてもらった球体に花が入ってるタイプのものだ。


「これはレジンっていう液体を使ったアクセだね。作り方さえ分かれば比較的に簡単に作れるものだから、初心者にはこれがオススメかな。型次第で太くも大きくも出来たりとか、色付けたりとか応用も効くし」

「レジン……聞いたことがあるような……」

「100匀なんかでも売ってるからね。メリットはさっきも言ったようにお手軽で作りやすいこと」

「メリットはって言うってことはデメリットもあるんですか?」

「うん。レジンはね、どうしても年月が経つと劣化しちゃうんだよ」

「劣化、ですか?」

「色が悪くなったりとかしちゃうの。もちろん、手入れしたりとか丁寧扱えば長くはもつけど、もって大体2、3年くらいかな」

「2、3年……」


 思ったよりも短いなぁ……。


「あとはもしかしたらレジンのアレルギー持ちだったりするかもしれないから、その辺はよく確認した方がいいよ」

「は、はい」


 そこはどうにかして確認しよう。

 和泉さんに相談すれば上手く聞き出してくれそうな気がする。


「次はこれかなー」

「これは……皮と、布ですか?」

「正解。レザーアクセと布アクセね」


 手渡されたのは複数の色の皮が複雑な形に編み込まれたブレスレットだ。

 

「これ、リリィさんが作ったんですよね?」

「そーだよ? ここに置いてあるのは基本的にアタシが作ったやつだからね」

「改めてそう言われると凄いですね……!」

「んふふ、ありがと。まあ、これでも一応このお店の社長で、これで食ってるプロなわけだからね。アタシなんてまだまだだけど」

「いやいや! お店をやって食べていけてる時点で凄いことですよ!」

「まだまだ、だよ。アタシの夢はブランドを立ち上げることだから」


 そう笑顔で夢を語るリリィさんの瞳はどこまでも透き通っていて、どこまでも遠くを見ているようなそんな瞳だった。


「応援してます! 頑張ってください!」

「Thank you! っと、話が逸れちゃったね。それで、皮や布の長所なんだけど、見ての通り作り手の想像力と技量次第でかなり自由に形を作れることだね」

「……それって、逆に言うと慣れないと難しいってことですか?」

「あ、気付いた? そう。だから素人が最初に手を出すにはちょーっとハードルが高いのよ。でも、慣れればこんなのも作れるようになるよ」


 リリィさんが近くにあった棚からまた別のものを取り出して手渡してくる。

 それは皮や布で作られた花だった。


「わ、凄い」

「ふふん、でしょ? アタシが1番得意なのがこのレザーアクセと布アクセなんだ。教えることは出来るけど、あくまで慣れれば、だから今回はあまりオススメ出来ないかな」

「……そうですね」


 ただでさえ無茶なことをしているのに、今から複雑なものを作ることを覚えていたらもっと現実的じゃなくなっちゃうもんね。 

 出来ることをやっていくしかない。


「次はこれ、金属製ね。アクセと言ったら誰でもこれを思い浮かべるくらい王道なやつ」

「はい。さすがにこれは俺でも分かります」

「長所はなんと言ってもカッコよさと頑丈さだよ」

「……けど、こういうのって素人でも作れるものなんですか? 金属製なんてどう考えても難易度高そうですけど」

「そうだね。ぶっちゃけ、素人が1番手を出しにくいと思う。まず、道具を用意するのにコストもかかるし、技術の習得にも時間がかかる」

「……じゃあ、今回は選択肢から外した方がよさそうですね」

「ちっちっち。そう結論付けるのはまだ早いよ」

「え?」

「実は金属製には主に2種類のやり方があってね。1つは鍛造製法って言って、簡単に言えばハンマーを使って叩いていくやつね」

「えっと、鍛冶屋みたいな感じって考えたらいいですか?」

「そうだね。もう1つはロストワックス製法って言って、簡単に言えば蝋で自由に型を作って業者に送るやり方。そうしたら専門の業者が型に合わせてアクセサリーを作ってくれるってわけ」


 へえ、そんなやり方があるのか……!

 確かにそれならデザインさえ形に出来れば確実だ。……デザインが出来れば、だけどね。

 あとは業者に頼むわけだし、当然ながら賃金がかかってくるはずだ。


 もし、そのロストワックス製法をすることになった場合、予算はどうなるのかとか聞いておいた方がいいかも。

 さすがにそんなお金を出してもらうわけにもいかないし。


「……と、まあ、他にも細かいやり方はいろいろあるけど、主な作り方は今説明したやつかな」

「勉強になりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。……それで、今のところどれにしようとかはある?」

「ええっと……すみません。まだそこまではイメージ出来なくて」

「聞いたのはアタシだけど、まあそうだよね。確定してるのは言葉を贈る以上、プリザーブドフラワーを使うってことだけかー」

「そうですね。……すみません、そっちもまだどんなのがいいかは決まってなくて……一応、花言葉は色々と調べてるんですけど……」

「仕方ないよ。昨日の今日だし。確かに時間はあまりないけど、焦ったら妥協したものを贈ることになっちゃうしね」


 ……難しいのは分かってるけど、なるべくそうなりたくないなぁ。

 

「でも、花によっては当然咲いてない時期もあるから、せっかくいい言葉を見つけても手遅れでしたーなんてことにならないようにしないとね」

「は、はい……」

「んー……それじゃあひとまず、今日はレジンアクセから教えていきましょうかね。それでいい?」

「はい!」

「よーし、いい返事だ! さ、工房に行くよー」


 そのあと、俺はリリィさんから時間が許す限り手解きを受けることとなった。

 当然、初めてなのであまり上手くはいかなくて、俺は肩を落として帰路についたのだった。

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