第106話 特別だと言うのなら

 ショッピングモール内のアパレルショップを出たあと、店長おすすめだという店に移動して店長から色々とレクチャーを受けながら、そこでも数点服を買い終えた。


 それから、俺は店長に連れられて店長がよく利用するという喫茶店に訪れることになっていた。


「——あの……本当に奢ってもらってよかったんですか?」


 目の前に置かれたコーヒーに目を落としつつ、俺は尋ねる。

 というのも、ここの代金は店長が出してくれると言い出したからだ。


「全然いいわよこれくらい。ただでさえ服を買ってお金使ってるでしょ?」

「う、そ、それは……」


 確かに店長の言った通りだ。

 予算と相談して財布に優しいリーズナブルな価格の店で買ったとはいえ、数を買ったのでそれなりの出費になってしまった。


「子供なんだからこういう時は素直に大人に甘えておきなさいな」

「……分かりました。服のことを教えてくれたことも重ねてありがとうございます」

「ふふ、お役に立てたかしら?」

「はい、もちろん」


 俺1人だったらきっと未だに1枚すら買えずに、死角から迫り来る店員に捕まっていただろう。

 そう考えると、勝手に付いてきた涼太も盾役としては役に立ったってことになるのか。


 それはそれでなんか癪だなぁ、と考えながらコーヒーに口を付けていると、スマホが通知音を鳴らした。

 俺は反射的にスマホを取り出そうとして、やめた。


「あら、見ないの?」

「はい。さすがに人と話してる時にスマホを触るのは失礼かなと思って」

「うふふ、いいわよ別に。代わりにあたしも仕事の連絡させてもらうから」

 

 店長がスマホを取り出し、片手でひらひらと振りながらウィンクしてくる。

 そういうことなら俺も触らせてもらおうかな。

 早速届いた通知を確認すると、芹沢さんからだった。

 

『(芹沢空)優陽くん見てー!』


 その文面のあとに送られてきていたのは写真だ。

 芹沢さんが1番手前に座ってスマホを構えて笑顔の横にピースを添えていて、奥の方では和泉さんが軽く口角を上げ、テーブルに置いた手をピースにしてこっちに向けている感じで、和泉さんの対面では教科書とノートの前にぐったりと倒れ込んでいる藤城君が写っていた。

 

 俺はその写真を見てふっと笑みを零す。


『(優陽)いい写真だね』

『(芹沢空)でしょー? この私、特に可愛く撮れてるよね』

『(優陽)俺、写真全体の感想言ったつもりだったんだけど』

『(芹沢空)は?』

『(芹沢空)この写真で私の可愛さ以外に注目すべきところなんてないでしょ』

『(芹沢空)法廷か?』


 過激派が過ぎる。


『(優陽)こういう写真で1人にだけ焦点当てて感想言うわけないでしょ』

『(優陽)というわけで俺は悪くないです。冤罪です』

『(優陽)こちら側の見解としては悪いのはそちらだと思うので』

『(優陽)弁護士を立てて逆に訴えさせていただきます』

『(芹沢空)残念。美少女無罪です』


 うーん、女尊男卑。

 分が悪いのでこれ以上の返信は控えさせてもらおう。

 俺はそっとスマホをポケットに戻す。


「もういいの? なんかずっと通知鳴ってるけど」

「いいんです。このままだと指が千切れるまで可愛いと言えと脅されそうなんで」

「どういう友達なのそれ……?」

「芹沢さんですよ」

「あー……」


 納得してもらえたらしい。

 ……これで納得してくれるってあの人店長にも私が最強に可愛いムーブしてるのか。


(あ、そうだ。店長にも相談してみようかな)


「あの、店長」

「ん? なにかしら?」

「いきなりなんですけど、女の子ってなにを貰ったら嬉しいんですかね?」

「あら!? もしかして好きな子へのプレゼント!?」

「い、いや! そういうのじゃなくて! ……実は、2ヶ月後くらいに芹沢さんの誕生日があって」


 鼻息荒く色めき立つ店長を慌てて制し、説明した。

 すると、店長は「ああ、そうだったわね」と頷く。


「でも、今からプレゼント探しなんて随分気合いが入ってるわね。……やっぱり好きだったりするんじゃないの?」

「で、ですからそういうのじゃなくて……! ……彼女と俺じゃ釣り合わな過ぎてそんな考えなんて起こりませんよ」

「あら、あたしはそんなことないと思うけど?」

「と、とにかく! 今はプレゼントの話です!」


 脱線しかけた話を元に戻す。


「……ちょっと事情があって、今年の誕生日は特別なものにしてあげたくて」

「ふむふむ」

「それで、俺、人にプレゼントとか贈るの初めてなので、早い内から色々と考えて準備しておこうと思って」

「なるほどねぇ」


 話を聞き終えた店長は考えるように腕を組み、「んー」と声を漏らしてから、顔を上げた。


「うん。そういうことなら、あたしよりも適任がいるわ」

「適任?」

「ええ。まだ時間は大丈夫かしら?」

「は、はい。それは大丈夫ですけど……」

「よかった。じゃあ、これ飲み終わったら移動ね」


 はあ、という曖昧な返事をすることしか出来ない俺を横目に、店長はどこかに電話をかけたのだった。






「——あの、店長。一体どこに向かってるんです?」


 喫茶店を出てから俺はわけも分からないまま、店長の後ろを付いて歩いていた。

 体感で10分くらいは歩いてるし、そろそろ教えてくれてもいいはずだ。


「ふふ、そんな焦らなくてももう着いたわ。ここよ」

「ここって……花屋さん、ですか?」


 店内は言わずもがな、店先にまで置かれた多種多様、色とりどりの花。

 誰がどう見たって花屋さんだ。

 

(ここが適任の人がいる場所って……)


 もしかして、プレゼントは花がいいとかそういう話になるのかな?

 怪訝に思いながら、店内に入っていく店長の後ろに続く。


「リリィー? 来たわよー?」


 店長が店の奥に向かって呼びかけた。

 すると、すぐに「ふぁーい!」ドタバタと階段を降りる慌ただしい足音が聞こえてくる。


 やがて、暖簾の向こうからなにかを詰め込んで頬をぱんぱんにした1人の女性が姿を現した。

 プラチナブロンドの髪をサイドテールにして括っていて、瞳は髪に劣らず綺麗な碧眼で、女性にしてはすらりと背が高い。


「……リリィ。ちゃんと飲み込んで出てきなさい。女の子としてはしたないわよ。あと上着くらい羽織りなさい」


 店長が眉を顰めながら女性を嗜める。

 

(……正直目に毒というか)


 リリィ、と呼ばれた女性の格好は下は普通の長ズボンなんだけど、上は黒いタンクトップ1枚。

 その薄くて頼りない布地に豊満な胸部が包まれていて、谷間はガッツリ見えてるし布地が押し上げられてへその付近も少しだけ見えている状態だ。


 目のやり場に非常に困る。


「ふぁってふぁふぁがふるのふぁふぁふぁひんふぁもん」

「飲み込んでから喋りなさい。待ったげるから」

「ふぁーい」


 もぐもぐもぐもぐもぐ。


(なんなんだろう……この時間)


 金髪の謎の女性の咀嚼を陰キャとオネエに見守って待つ時間って謎過ぎない?

 しかも、急いでいるはずなのによく噛んで食べるタイプだ。謎に育ちがいい。


 そんな謎だらけのおよそ1分程度の時間を経て、ようやく女性が口の中の食べ物を嚥下し終えた。


「で、さっきはなんて言ったの?」

「だってパパが来るのが早過ぎるって言ったの! 電話かかってきてからシャワー浴びて色々準備下にしては頑張った方だよ、アタシ!」

「………………パパ!?」


 話の途中だったけど、どうしても聞き流せない単語が聞こえてきて、俺はつい叫んで話を遮ってしまった。

 店長はそんな俺を見て、くすりと笑う。


「そ。あたしの娘、リリィよ」

「どうもー初めましてー。娘の立花たちばなリリィですー」

「あ、は、初めまして、鳴宮優陽です」


 握手を求められたので、応じると、にこりと微笑まれる。

 凄い。こんなに濃い店長の遺伝子をまったく感じない。


「それで、君は一体どういうお客さん? なんかパパからいきなり電話があって、詳しいこと聞いてないんだけど」

「あーえっと……実はちょっと事情があって、今年の友達の誕生日を特別なものにしてあげたくて、プレゼントのことを店長に相談したら、ここに適任がいるからーって言われて」

「あーふむふむなるほどー……パパ? 説明めんどくさくてアタシに丸投げしたでしょ」

「あら、人聞きが悪い。説明するよりも見てもらった方が早いと思っただけよ。百聞は一見にしかずって言うじゃない」


 確かにそうかもしれないけど、一言二言説明してくれればよかったと思うのは俺だけだろうか。

 いや、リリィさんもため息をついてる。味方はいる。


「とにかく、話は分かったわ。そういうことなら、確かにアタシは適任かもね」

「えっと……つまり花を贈ればいいってことになるんですか?」

「うーん、半分正解ってとこかな?」

「半分?」

「とりあえず付いてきて」


 そう言い残し、リリィさんはなんの説明もせずに店内の奥にある別の扉の中に消えていく。

 こんなところに店長の遺伝子が存在してたらしい。

 戸惑いながら、花に溢れた空間をあとにして、付いていくと、そこには多種多様のアクセサリーが棚に飾られている空間が広がっていた。


「あの、ここは一体……?」

「ここが花屋さんのもう1つの顔ってわけ」

「リリィは花屋とアクセサリーショップを兼任で経営してるのよ」

「花屋の方はママと一緒に、だけどね」

「な、なるほど……」


 どうやら一家揃って色んな店を経営しているみたいだ。凄い。

 って、それは分かったんだけど、まだ半分正解という言葉の意味にはいまいちピンときてないんだけど……。

 

 俺が周囲をきょろきょろと見回していると、リリィさんが棚の中からなにかを取って俺に見せてきた。


「ほら、これがもう半分の答えだよ」


 見せられたのは、透明な球体の中に鮮やかな花が入ったアクセサリーだ。


「これって……ブレスレット、ですか?」

「そーだよー。あとはこういうのもあるよ」


 今度は花が付いたピアス。これは球体に入ったりはしていなかった。


「プリザーブドフラワーって言って生花の1番綺麗な時期に枯れないように保存用に加工した花をアクセサリーにしてるのよ。綺麗でしょ?」

「はい、すごく。……でも、どうしてこれが特別なプレゼントに適任なんですか?」

「……花にはね、それぞれ花言葉があるでしょ? 知ってる?」

「えっと、詳しくは知りませんけど……それは、まあ」


 頷くと、リリィさんが続ける。


「相手に向けて伝えたい言葉を形のあるプレゼントにして贈る。だから、昔から贈り物の定番の中に花があるのよ。少なくとも、アタシはそう思ってるわ」

「あ……」


 その言葉は、すとんと腑に落ちた。

 そんな俺の様子を見て、店長がしたり顔で口を開く。


「これなら、想いと言葉を込められる。どう? これ以上ないくらい特別なものになると思わない?」

「………………はい」


 少なくとも、今の自分が考えられるものとしてはきっとこれ以上のものは浮かばないと思う。

 だからなのか、俺の中にある1つの考えが浮かんだ

 

「なら注文決定ってことで、詳しく話をまとめていっても大丈夫? 作りたいアクセサリーの種類とか、プリザーブドフラワーを使うなら使いたい花なんかも決めないといけないからね」

「あ、えっと……すみません、注文するのは少し待ってほしいというか……確認したいことがあるんですけど……」

「ん? なにか気になることがあるの?」

 

 俺は言うことを躊躇ってしまう。

 それくらいに、バカげていることを言おうとしている自覚があったから。


(——でも、もし……それが出来るなら……)


 俺は意を決し、口を開いた。


「——こういうのって、素人にも作れるものなんでしょうか」


 俺の言葉に、店長とリリィさんが目を見張る。

 

「優陽くん……もしかして自分で作るつもりなの?」

「は、はい。出来たらそうしたいって思って。……やっぱり難しいですよね……?」

「……どうしてそうしようと思ったのか聞かせてもらってもいいかしら?」


 店長から問いかけられ、俺は自分の考えを整理しつつ、慎重に話し始めた。


「……自分の気持ちを伝えて、あとはそれを作ってもらって、はい終わりっていうのに違和感があって」

「違和感? それって普通のことだと思うんだけど……」

「はい。もちろん俺もそれが普通のことだと思ってますし、それを否定したいわけじゃないんです」


 ただ、今回に限っては、と俺は続ける。


「俺の気持ちや言葉を人に託して、薄めたくないなと思ったんです」

「薄めたくない? どういうこと?」

「気持ちや言葉って、人から人に伝え聞かれていくと、どんどん込められたものが薄くなって伝わりづらくなると思うんです。例えば告白だって、自分で直接告白するのと、告白を人に伝えてもらうのじゃ気持ちの伝わりようが違いますよね?」

「……!」


 俺の言いたいことが伝わったのか、店長がハッとした顔になった。


「……だから、特別なものにしてあげたいのに、俺の想いを人に託して作ってもらって、終わりでいいのかって思って……出来るなら、俺の気持ちをそのまま込めたいと思ったんです。特別だって言うなら、そのくらいしないとダメだと思うんです」


 しん、と店内が静まり返る。

 

(……やっぱ、無理があるか)


 もう2ヶ月を切っていて、作ったことがないのに作って渡したいなんて、普通に考えて無茶でしかない。

 俺は拳を軽く握って頭を下げた。


「すみません。無理ならいいんです。やっぱり注文を——」

「いいね、君!」

「……え?」


 弾む声と肩を軽く叩かれる感触があって、俺は顔を上げる。

 すると、瞳を輝かせたリリィさんが俺を見つめていた。


「うんうん! いい! すっごくいいよ!」

「え、あの……?」

「さすがパパが連れてきただけのことはあるね!」

「ふふ、でしょう?」

「考えた方も面白いし、なにより一見気弱っぽく見えるのに絶対に譲らないっていう意思の強さを感じる目がいいわ!」


 盛り上がる店長とリリィさんについていけずにぽかんとしていると、


「うん、気に入った! アタシが作り方を教えたげる!」

「え!? いいんですか!?」

「ええ!」

「あ、ありがとうございます!」

「と、言っても簡単じゃないだろうけどね。でも、アタシが教えるからには、アタシが納得して売り物に出来るレベルのものを作ってもらうわ! 覚悟しておいてね!」

「はい! 頑張ります!」


 今日はもう遅いので、この話は改めて明日、時間がある時ということになった。

 こうして、俺は芹沢さんの誕生日プレゼントの為にアクセサリー作りをすることになったのだった。






***


あとがきです。


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