第105話 陰キャとチャラ男とオネエ
所変わって、ショッピングモール内のアパレルショップ。
「——お。このシャツよさげ。優陽、こっちのパンツと合わせてみろよ」
「……なあ」
「——あとはこれと、これと、これも……ってさすがに予算オーバーか。お前今日の予算ってどれくらいを考えてんの?」
「……なあって」
「あん? なんだ? もしかして服装が好みじゃなかったか? お前こういうのも絶対似合うと……」
「ちげえよ。服装は悔しいことに好みどストライクだよ」
相変わらずなんで俺の好みのものを平然と選べるのか。キモい。
って、俺が言いたいのはそんなことじゃない。
「なんでしれっと当たり前のように俺たち一緒に行動してんの? 俺、お前の申し出断ったよね?」
「断られたな。ただしおれの方が聞く耳を持つとは言ってない」
ドヤ顔で返され、俺は自分でこめかみに青筋が浮かぶのを感じる。
「大体おれがそういうの素直に聞くたちじゃないって知ってるだろー?」
「自覚してんなら直せ!」
「お前が本気で嫌がってんならおれだってやめるって」
「嫌がってるけど? 見ろよ、この顔。どう思う」
「やっぱ実は結構整ってるよな」
違う。そういうことを聞きたいんじゃない。
(はあ……こうなってる時点でもう手遅れか)
文句を言ってみたものの、こうなってしまえばもう涼太のペース。
言うだけ無駄だと分かっていても、反射的につい文句を言ってしまうのは昔からの習慣だ。
向こうもそれを分かっているのか、へらへらと軽薄な笑みを浮かべているのは本当に腹立たしいけど。
「……はあ。飯奢ってやるから食いたいもの考えとけ」
「お、マジか」
いくらこいつのことが嫌いだと言っても、服を選んでもらっている以上借りになる。
借りっぱなしにしておくのはどうにもきまりが悪い。
「にしても優陽っていやいや言っておきながら、結局折れてくれて律儀に恩を返そうとまでするあたり、ツンデレだよな」
「ぶっ殺すぞ」
やっぱり今すぐ走って距離取ってやろうか。
本気で思案していると、
「——あら? 優陽くん?」
背後から名前を呼ばれた。
(……この特徴的なオネエ口調と、声だけで伝わってくる存在感は)
声を聞くのは久しぶりだったけど、頭の中にはすぐにキレのあるポージングを決める、間違いなく俺が出会った中で1番インパクトのある人物が浮かんできた。
「やっぱり優陽くんじゃない! 久しぶりねえ!」
振り返り、目が合ったゴリゴリマッチョのオネエ……店長が笑みを咲かせて近づいてくる。
彼と呼べばいいのかそれとも彼女と呼べばいいのか分からないけど……まあとにかく、以前この人には髪を整えてもらったり、服を見繕ってもらったりとお世話になったことがあったのだ。
「お久しぶりです。店長」
「もー優陽くんってばどうして店に顔出してくれないのよー。ずっと待ってたのに」
「すみません。古着屋なんてお洒落下級者が1人で入るのはどうにも……あはは」
陰キャがお洒落な空間に1人で行けるわけがない(偏見)。
俺はス◯バにも入れないし、なんなら未だにス◯バをヤサイマシマシアブラマシマシカラメニンニクみたいな注文の仕方をするところだと思ってる生粋の陰キャだぞ。
そんな人間が古着屋なんてザ・オシャみたいな空間に入れるわけがない。
「な、なあ優陽。その色々とヤバい人、なんなんだ……?」
「あー……芹沢さんからの紹介で前にお世話になったんだよ。髪切ってもらったり、服見繕ってもらったり」
「そういうこと。それであなたの方は? 優陽くんのお友達?」
「や、従兄弟なんすよー。おれたち」
涼太が馴れ馴れしく肩を組んでくる。
俺はそれを「やめろうっとうしい」と引き剥がす。
「あら、そうなの。今日は夏服を買いに?」
「そーなんすよ。こいつが服のことなんも分かんねーってんでどーしても付いて来てほしいってなもんで」
「言ってねえよ。発言を捏造するな」
「んふふ、なるほどねぇ。それなら、あたしの出番ってところかしら」
「え? いいんですか?」
「せっかくこうして会えたんだし、お力添えさせてちょうだいな」
店長がパチン、とウィンクを飛ばしてくる。
正直なところ、ありがたい申し出だ。
店長の手腕は前回の件で経験済みなので、疑う余地がない。
(……まあ、少々身の危険を感じるのも間違いないんだけども)
いざとなったら全力で逃げよう。
「お手並み拝見といきましょうか。言っときますけど、おれのジャッジは厳しいっすよ? こう見えて服に関してはガチなんで」
「なんでお前が上からもの言うんだよ」
「や。優陽のことを1番理解している人間としてこの人が本当にお前に合う服を選べるのか見定めようと思ってな」
「きっしょ」
鳥肌立ったわ。
縁切るか悩むレベルでキモい。
「んふふ、後悔はさせないわよ。こう見えて、衣類のことは生業なんだから。そうねえ、例えば……」
店長が店内を見回し、服をいくつか手に取って持ってきた、
俺は鏡の前に立たされ、身体に服を当ててくる。
「これとこれなんて優陽くんにぴったりよね。彼って蛍光色とか目立つのは苦手だろうし。こういう落ち着いた色味のものの方が彼の魅力を引き出せるわよね。どうかしら?」
「あ、はい。こういう色、好きです」
「そうよね。でも、これだけだと地味になりがちだから小物とかで明るめの差し色を入れてあげると、ほら。いい感じでしょ」
「な、なるほど……」
活かせるかは分からないけど、とても参考になる。
そんな店長の解説を静かに聞いていた涼太は、ふっと笑みを零した。
「あなたになら安心して優陽を託してもよさそうっすね」
「きっしょ」
なんでこいつ今日こんなに的確にキモいの?
「お眼鏡に適ったようで光栄だわ」
「生業って言ってましたけどお店とかやられてるんっすか?」
「そうね。美容院と古着屋と……まあ色々と」
「おー! 凄いっすねお姉さん! あ、実はおれ将来的にアパレル系の仕事とかいいなーって思ってて。詳しい話とか聞いてみたいんすけど」
「あら、お姉さんだなんて嬉しいこと言ってくれるじゃない! いいわ、なんでも聞いてちょうだい!」
うわ、涼太の奴、あっという間に懐に入り込みやがった。
こいつは昔からそうだ。
軽薄でチャラチャラしてる癖に相手のことをよく観察していて、いつの間にか懐にぬるっと入り込んでいる。
(こういうのをしれっとやるのがまたムカつくんだよなぁ)
俺には出来ないことを平然とやるあたりが妬ましく、ちょっとだけ羨ましくも……いや、やっぱムカつくな。
そうこうしている内に、店長と涼太は連絡先の交換まで済ませていた。
コミュ力どうなってんだ。
「分からないことがあればまた連絡してちょうだい。涼太くんはお客としては微妙だけど、教えられることは教えてあげるから」
「うっす! あざっす! ……んお?」
スマホを片手に頭を下げた涼太がなにかに気付いたようにスマホに目をやる。
多分、通知でも来たんだろう。
「あー……マジか」
「どうした?」
「彼女から。急に予定がなくなったから、デートしたいってさ」
「ふーん……じゃあ行ってあげれば?」
「いやーさすがにこっちが先約だろ。彼氏としては答えてやりたいところだけどな」
「別にいいよ。店長もいることだし」
「そうね。任せてちょうだい」
俺たちの言葉に涼太は迷った様子を見せる。
まったく、チャラ男なんだからそんな殊勝な態度見せなくていいのに。
「……そういうことなら。お姉さん、優陽のこと任せましたから!」
「きしょい。早よ行け」
「んふふ。はーい、任されました」
しっしっと手を振ると、涼太は「今度埋め合わせするからー!」と足早に去っていった。
しなくていい。出来るなら関わってこないでいてくれることが1番の埋め合わせだ。
(それにしても、店長と2人きりかぁ)
悪い人じゃないし、芹沢さん曰く妻子持ちらしいんだけど、なんかどうにも一抹の不安が拭えないんだよなぁ。
そんな俺の不安をよそに、店長は鼻息も荒く意気込む。
「さ。任されちゃったことだし、ビシバシいくわよ!」
「じゃあ持ってきてもらった服はとりあえず買ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。それを買ったら次はあたしのおすすめのお店に連れてったげるわ」
「よろしくお願いします。……あ、次の店に行く前にちょっと欲しいものがあるので先にそっちを買いに行ってもいいですか?」
「欲しいもの? いいけど、なにを買うのかしら」
「ちょっと防犯ブザーを」
「優陽くんはあたしをなんだと思ってるの!?」
いや、まあ、ほら……念の為にね?
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