第103話 作戦会議

 ……うーん。どうしたら芹沢さんは喜んでくれるんだろう……。

 芹沢さんの誕生日のことを知った翌日。

 俺は早速頭を悩ませていた。


 盛大に祝うなんて啖呵を切ったけど、そもそも人の誕生日すらまともに祝ったことのない俺だ。

 そんな俺がいきなり特別な誕生日にしてみせると意気込んでみたところで、ほいほいといいアイデアが浮かぶわけもなく。


 まったくもって、自分の不甲斐なさにはため息しか出てこない。


(気分転換がてら、自販機にでも行こうかな)


 別に喉が渇いているわけじゃないけど、このまま騒がしい教室の中で考えていても、考えが思いつくわけでもまとまるわけでもなさそうだ。

 

 廊下に出ると、短い休憩時間なこともあって、廊下には人がまばらくらいにしかいない。

 これだけで一気に喧騒が遠のいた気がする。


 なんとなく窓の外をぼんやりと眺めながら、自販機に向かって歩いていると、後ろから足音が近づいてきた。

 足音はどんどん近づいてきて、俺の後ろあたりで静かなものに切り替わり、ぽんと肩を叩かれる。


 びっくりして肩を少しだけ跳ねさせながら振り返ると、頬にぷすっと伸ばされた指が突き刺さった。

 突然の感触に更に驚いて目を見開くと、いたずらっぽい笑みを浮かべた和泉さんがご満悦そうに口を開く。


「ふふっ、引っかかったー」

「び、びっくりした……和泉さんも自販機?」

「や、なんか明らかに考えごとしてます、みたいな顔して優陽が教室から出て行ったから気になってさ」

「……そんなに顔に出てた?」

「出てた出てた。出まくってた」


 ポーカーフェイスも出来ない俺はどうやら将来の選択肢からカジノ関連の就職先は除外しておいた方がよさそうだ。端からなる予定ないけど。


「で、なにがあったわけ? 私でよければ話くらい聞くよ」


 ……どうしよう。和泉さんは俺なんかよりずっと芹沢さんのことを知ってるし、正直ありがたい申し出だ。

 1人で考えるよりも、ずっといい案が浮かぶ可能性の方がずっと高い。

 

(……うん。ここはお言葉に甘えて相談に乗ってもらおう)


 芹沢さんの事情は伏せて、誕生日のことで悩んでるってことなら、筋も通るはずだ。


「えっと……実は昨日芹沢さんの誕生日について知りまして」

「ほう。それで?」

「どうやったら芹沢さんが喜んでくれるような誕生日に出来るかなーって考えてたんだよ」

「なるほどねぇ。そういうこと」


 俺の説明を聞き終えた和泉さんが自販機からパックのジュースを取り出し、「ほいっ」と俺に差し出してくる。


「あ、ありがとう。えっと、お金……」

「いいよー、このくらい。奢ったげる」

「いや、相談に乗ってもらってるのは俺なんだし、それなら俺が奢るよ」

「気にしなさんな。空のことなら私たちにも無関係じゃないし」

「……じゃあ、俺の分は和泉さんが奢るってことでいいよ。その代わり、俺は和泉さんの分を奢るから」


 そう提案すると、和泉さんは一瞬きょとんとして、おかしそうに吹き出した。


「ぷふっ……! なにそれ変なの!」

「俺みたいなずっとぼっちだったタイプはただ奢られるってことに抵抗があるんだよ。だから、提案を呑んでくれると俺的にとても助かります」

「そういうもんかー。ん、オッケー。じゃあありがたく奢られちゃおうかな」


 よし、交渉成立。

 俺は財布から硬貨を取り出し、自販機に投入する。


「にしても、このことといい、まだ2ヶ月くらいある誕生日のことで悩んでるのといい、優陽って本当真面目だよね」

「え、そうかな?」

「うん。そういうところ、好感が持てるよ」

「へ、あ、う、うん。ありがとう」


 急に褒められたので、どもってしまった。

 顔に熱が集まるのを自覚しつつ、俺は口を開く。


「さ、さっきも言ったけど……俺は単に奢られるのに抵抗があるだけだよ。あと、誕生日のことに関してはまだなにも決まってないし、準備とかを考えたら2ヶ月くらいなんてあってないようなものだよ。なんせ、友達の誕生日なんて祝うの初めてだから、なにも勝手が分からないし」


 それに、準備なんて早めにしておくに越したことはないはずだ。

 ストローを咥えてジュースを飲みながら俺の話を聞いていた和泉さんは「んー」と声を漏らし、


「よし。なら作戦会議といこっか」

「え?」


 作戦会議?






「——で? これはなんの集まりだ?」


 時間は流れ、昼休み。

 和泉さんに指定された空き教室内に、藤城君の怪訝な声が響く。

 メンバーは俺と藤城君、和泉さんに乃愛の4人だ。


「端的に言って、今年の空の誕生日をどうしようかって話をする為の会議」

「……空ちゃんの誕生日?」

「そ、8月9日。その日に向けて、色々と準備を進めておこうよってこと」


 ああ、作戦会議ってそういうことか。

 俺も和泉さんの今の説明を受けて、ようやくこの集まりの趣旨を理解することが出来た。


「えっと、ちなみに芹沢さんは?」

「男子からの呼び出し。だから学食で食べてそのままお断りしてくるってさ」

「またか。4回目だろ? 今月多いな」

「ま、夏休み前でワンチャン狙いの人が多いんでしょ。去年もこの時期そうだったし」

「そういやそうだったな」


 って、他人事のように言ってるこの2人も3回くらい呼び出し受けてるわけだけど。さすがイケメンと美少女。

 ちなみに静かに話を聞いている乃愛も2回くらい呼び出しを受けてたりする。


「で、空の誕生日に向けてだっけか。早くねえか?」

「優陽から相談受けてさ。早めに色々と考えておきたいんだって」

「優陽が? なんでまた急に?」

「え、えっと………………じ、実は昨日、芹沢さんの誕生日を知ったんだけど、芹沢さんは俺の1番最初の友達で、日頃からお世話になってるから、しっかりとお祝いしてあげたくてさ」


 芹沢さんの事情を話すわけにもいかないので、どうにかそれっぽい理由を捻り出した。

 まあ、全部が全部嘘ってわけじゃなくて、今話したことは本心でもあるんだけど。


 考える為の間が少し空いたしどもってしまったからか、藤城君は「ふーん……?」と微妙に納得がいってなさそうに相槌を打つ。


「……なーんか怪しいけど、ま、オレたちにとっても無関係な話じゃねえし、どのみち考えないといけねえことだわな」

「そうそう。せっかくだし、私たちもこの機会に便乗させてもらってさ。今年は盛大に祝ってあげようよ」

「……だな。おし、乗った」


 和泉さんの声に、藤城君はニッと笑みを浮かべる。

 

(多分、なにかあるのを分かってて見逃してくれたんだ)


 彼と、和泉さんの優しさに内心で頭を下げ、俺は改めて切り出した。


「えっと、それで……参考までに聞きたいんだけど、去年はどうしたの?」

「誕プレ渡して、カラオケ行ってケーキ食って終わりだったよな?」

「うん。参考にもならないくらい普通のバースデーパーティだったよ」

「そうなんだ。じゃあ、プレゼントってなにをあげたの?」

「私は靴。空が欲しいって言ってたやつ」

「オレはヘッドホン。買い換えようかなって言ってたからな」

「……なるほど」


 2人は去年欲しいと言っていたものをあげたんだ。

 とりあえず、その2つは除外してもいいとして……芹沢さんが今欲しいものってなんだろう。


 祝うと宣言してるんだし、聞いてみても……いや。


(欲しいものを聞いて、それをあげて……本当にそれでいいのかな)

 

 それで、彼女はこれから迎える誕生日を楽しみだと思えるようになるんだろうか。

 ……うん、やっぱりそうじゃないよね。


 確かに、俺は芹沢さんのやりたいこと、行きたいことに付き合うことも彼女のからっぽを満たすことになると、答えを出した。

 けれど、このことに関してはその答えを当てはめちゃダメな気がした。


 結局、俺自身が考えて、悩んで、掴まないといけないことだと、思った。

 自分の中で方向性を見出していると、乃愛が「優陽くん優陽くん」と俺の袖を引いてきた。


「1つ、提案がある」

「提案?」

「ん。旅行の日を、空ちゃんの誕生日に合わせるっていうのは? それなら、いつもと違う誕生日会にしてあげられる」

「「「あ……!」」」


 乃愛の言葉に、俺たち3人の声が揃う。

 そっか! それなら!


「それいいね! ナイスアイデアだよ! 乃愛!」

「ん。私、偉い?」

「超偉いよ!」

「むふー。どやぁ」


 乃愛が得意気に胸を張る。

 まあ、相も変わらず微妙にしか表情に出てないけども。

 

 とりあえずそこは置いておき、この案に否定的な人は当然おらず、今年の芹沢さんの誕生日会は旅行先、海辺の乃愛の家の別荘ということに決まったのだった。

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