第102話 私にとっての誕生日

「——えー! マジかー! 白崎さんちの別荘に旅行かー! いいなー!」


 賑やかというよりは、もはや喧騒とも言っていいレベルで賑わっている学食にて。

 夏休みの旅行のことを聞き終えた石浜君がよく通る声を上げた。


「凄いよね。別荘持ちなんて」

「それなー。しかも海ってことは空ちゃん、梨央ちゃん、白崎さんの水着が見れるってことだろ!? くっそー羨まし過ぎる! あーなんでうちの学校プール授業ないんだろうなー、マジで。あー羨ましい!」


 心底羨ましいというのを隠そうともしない石浜君に、藤城君がにやりと自慢気な笑みを浮かべる。


「海だけじゃねえぜ? バーベキューだったり、夜は花火もするかもしれねえし、楽しみだよなぁ。な、優陽」

「う、うん。そうだね」


 まだ日程とか詳しいことは決まってないけど、確かにそういうことをしたいって話には上がっていた。

 

「う、ぐぐっ……! このイケメンがぁ!」

「あっ、てめ!? オレのカツ!」

「美少女女子たちと泊まりで旅行なんて贅沢なんだからカツの1枚くらいでごちゃごちゃ抜かすな! ってことで優陽のからあげも隙ありィッ!」

「ああっ!?」


 最後に食べようと取っておいたのに!


「クッソ、やられっぱなしで終わるかよ! もらい!」

「ぎゃぁぁぁぁあああ!? 俺のチャーシューがぁぁぁぁあ!?」


 俺の横で、突如としておかず争奪戦が勃発し始めた。

 俺には既に取られるおかずもないので、2人の攻防戦を眺めつつ、密かに俺は気になっていたことを口にする。


「そう言えばさ。前から気になってたんだけど、なんで石浜君は藤城君たちと同じグループにいないの? 全員と仲良いのに」

「ん? ああ、それはなぁ……あのグループに所属するにはフツメンの俺じゃさすがに顔面偏差値が足りなくてさ……」

「え!? そんなことないよ!? 石浜君は凄くカッコいいよ! それに、気遣いも出来るし話してて面白いし!」


 お世辞じゃなくて、俺は本当にそう思ってる。

 俺みたいな奴とも仲良くしてくれてるし、クラスをいつも盛り上げてるの凄いなーって思うし。


「ゆ、優陽……! お前なんていい奴なんだ……! ほら、メンマやるよ! 食え!」

「あ、う、うん。ありがとう……」

「しょっぼ。せめてチャーシューとかにしろよ。器小せえな」

「お前が最後の1枚食ったからだろうが!」

「はぁ!? お前が先にオレのカツに手ぇ出したからだろうが!」

「お前が煽ってきたからだろ!」


 ……この2人、よく口ゲンカするのに仲良いよなぁ。そういう友達がいるのちょっと羨ましい。


(それにしても、旅行楽しみだなぁ)


 まだ夏休みまで1ヶ月くらいはあるけど、なんせ、俺にとっては産まれて初めて親以外と行く旅行だ。

 というか、父さんが転勤族で忙しかったし家族ですらあまり旅行にも行ったことがない。


「ん? なにニコニコしてんだよ?」

「あ、いや……まだ詳しいことは決まってないけどさ。俺、修学旅行とかも行ったことないし、あまり旅行にも行ったことないから改めて旅行楽しみだなーって思って」

「は!? 優陽、修学旅行行ったことねえの!?」

「うん。小学校の時は親の転勤のタイミングと被って、中学の時はタイミング悪く体調崩しちゃってさ。まあ、どうせ友達もいなかったし、浮くから行ってもあまり楽しめなかったと思うけどね。あはは」

「「……」」


 言うと、2人は顔を合わせて頷き合い、なぜかものすごく優しい顔をして、食べていたものを俺の方に寄せてきた。


「ほら、ラーメン全部やるよ」

「え?」

「オレのカツも全部食っていいぜ」

「え、いや、こんなに食べられないんだけど……」

「なあ優陽……オレ絶対期末テスト赤点なしで突破してみせるからな」

「あ、う、うん。頑張って……?」


 よく分からないけど、藤城君たちの言い争いは終結したらしい。

 そうして、昼食を食べ終えた俺たちが教室に戻ると、自分の席でスマホと睨めっこをしながら葛藤している芹沢さんが目に入った。


(なにしてるんだろう?)


 なにかを迷う様子でスマホを眺めていた芹沢さんはグッと目を閉じて首を軽く横に振った。

 どうやら、よく分からないけどなにかをやめたらしい。


 話を聞きに行こうとしたところで、和泉さんに話しかけられてしまい、タイミングを逃してしまったので、結局それがなんなのか確認出来ないまま、放課後を迎えることとなった。


 今日は部屋に芹沢さんが遊びに来ることになっていたので、そのまま一緒に俺の部屋に帰ってきた。


「あーもう我慢出来ない!」


 芹沢さんはリビングに足を踏み入れた途端、ソファに向かって足早に向かい、ぼふんと腰を落として、スマホを取り出した。


「ど、どうしたの?」

「今日愛莉ちゃんの誕生日なんだよ! お昼にガチャの更新来てからずっと引きたいの我慢してたの!」

「愛莉ちゃんって……ああ、『アイフェス』の」


 アイフェスというのは、『アイドルフェスティバル』というスマホアプリのゲームの略称で、アニメ化はもちろん様々なメディアミックスで展開されていて、今大人気の作品だ。


 なるほど、だからガチャを引くかどうかで昼休みにあんなに葛藤してたのか。


「ふっふっふ……ようやく今日まで貯めに貯めた石を解放する時が来たよ」

「あれ? この前限定ガチャのキャラのイラストに負けて回した挙句派手に爆死してなかったっけ?」

「あーあー知らない覚えてない聞こえなーい!」


 どうやらなかったことにしたいらしい。

 そんな芹沢さんに苦笑を漏らしながら、俺はふと、あれ、と思う。


(そう言えば、俺……芹沢さんの誕生日知らないや)


 一緒に遊んだりするようになって結構経つのに、そういうパーソナルな情報はなにも知らなかったりする。

 好きな作品とか推しのキャラのことなら分かるんだけどなぁ……。


 まあ、今までそういうタイミングもなかったし、いい機会だし聞いておこうかな。


「あのさ、芹沢さんの誕生日っていつなの?」

「んー私? 8月9日だよー」

「8月9日ね、うん。覚えた。これでしっかりお祝いしてあげられる」


 俺、人にそういうの選ぶの初めてだし、喜んでもらえるようなプレゼントを今から考えておかないと。

 

「……ねえ、優陽くん」

「ん? なに?」

「私、自分の誕生日って実は好きじゃないんだよね」

「え?」


 好きじゃないって、どういうことだろう。

 俺が首を傾げると、芹沢さんはガチャを引きながら続ける。


「ほら、私って親があんなんじゃん」

「あ……」

「だからさ、友達から祝われて嬉しくないわけじゃないんだけど、私にとって誕生日って別に特別でもなんでもないんだよね」


 俺は、なにも言うことが出来ずに芹沢さんの言葉を聞くことしか出来ない。


「めんどくさいこと言うけど、友達が祝ってくれてるのも、ただ誕生日がめでたいっていう理由だけで、私が産まれたことを喜んでくれてるってわけじゃないじゃん」

「……うん」


 そんなことない、とは言えなかった。

 正直、俺も今言われるまで、誕生日だから理由もなくめでたいと思っていたのだから。


「1番欲しい家族からの産まれてきたことの祝福を受けられない日。それが私にとっての誕生日だったんだよ、ずっと。あ、お手伝いさんはちゃんと私が産まれたことを喜んでくれて、お祝いしてくれてたんだけどね」


 芹沢さんはスマホに視線を落としたまま、なんの感情も感じさせないフラットな口調で呟いた。

 

(……もう本当になにも感じてないって顔だ)


 多分、怒りも悲しみも……期待することですら、とうの昔にとっくに通り過ぎてしまったのだろう。

 それが当たり前、普通だと思わなくても過ごせてしまうくらいには。

 

 俺は拳をそっと握り締めた。


「……なら、俺が祝うよ」

「優陽くん……?」


 思いの外真剣な声で返事をされて驚いたのか芹沢さんが目を丸くしてこっちを見る。


「これまでの分は埋められないかもしれない。でも、これからの誕生日を芹沢さんが喜んで迎えられるようにさ。盛大に祝うよ」


 これは、芹沢さんのからっぽを埋めるってことにも繋がることだから。

 今までなにも手がかりが掴めなかったことだけど、これはきっと大きなチャンスだから。

 

「……ふふ、サプライズとかは考えないんだね」

「サプライズなんて計画しても気付かれるよ。俺隠しごと苦手なんだから」


 だったら最初から盛大に祝うって約束しておいた方がいい。

 

「そっか。……うん、分かった。期待してるね」


 芹沢さんがふっと微笑む。

 こうして、芹沢さんを喜ばせる誕生日に向けて、俺は色々と考えることになったのだった。

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