第101話 勉強会
「――ふう。さすがにちょっと休憩かな」
和泉さんのその一言で、皆集中が解けたらしく、それぞれが握っていたシャーペンを置く。
時間を見ると、勉強を始めてから小1時間ほど経過していた。
なるほど。通りで頭がちょっとぼんやりするわけだ。
「……」
「だ、大丈夫? 藤城君」
「……ダイジョーブ。ワタシハゲンキ……」
ヤバい。藤城君の人格が壊れ始めてる。
まあ、期末試験は中間に比べて勉強しないといけない教科も増えてるわけだし、勉強が苦手な藤城君がこうなるのも無理はないことだよね。
(ちょっと早いけど、作っておいたあれを出そうかな)
俺は立ち上がって移動し、冷蔵庫を開けた。
「プリン作っておいたんだけど、皆食べる?」
「え、ほんと!? 食べる食べる!」
「私もー。メイドイン優陽のプリンは絶対美味しいし」
「ん。さすが優陽くん」
「ご期待に添えるかは分からないけど、とりあえずノーマルとチョコとミルクと抹茶があるんだけど……ごめん。さすがにそれぞれ人数分作るのは無理があったから早いもの勝ちってことで……皆どれがいい?」
「「「抜かりがなさすぎる」」」
だって人に提供するなら好みの味で出したいし。
まあ、さすがに好みのプリンの硬さまでは全員に合わせるのは無理があるから、そこは我慢してもらうしかないけども。
それぞれが食べたい種類を選び、一口含むと、女性陣の頬が綻んだ。
どうやら心配は杞憂だったらしい。
「ほら、拓人ー。早く食べないと私が食べちゃうよ?」
「……クウ。トウブン」
のそり、と身体を起こした藤城君がノーマルのプリンを緩慢な動作で口に運ぶ。
それから、二口目、三口目と勢いよくかき込んで、あっという間に容器は空になった。
「忙しないなぁ。もっと味わって食べなよ、もったいない」
「いや、美味すぎてつい」
「あはは、そう言ってもらえると作ったかいがあるよ。まだ余ってるし、いる人は食べてね」
どうやら糖分を接種したことで、藤城君の人格崩壊は無事に免れたらしい。危ないところだった。
「ほう。女子に対して甘いものをおかわりしていいと罪深いことを軽率に言うか。ねえ、梨央さんや」
「まったくですな。空さんや」
「え、え、なにが?」
芹沢さんたちの言葉の意図が分からず、戸惑っていると、藤城君が呆れ気味に呟いた。
「気にする必要ねえぞ、優陽。いつものだる絡みだよ」
「む。だる絡みとはなにさー」
「そーだそーだ。女子にとってカロリーコントロールは死活問題なんだぞー」
「あ、ああ! そっか! そういうことか! ご、ごめん! 俺が軽率だったよ! 打ち首極刑でいいよね!? はいよろこんで!」
あれほど親から女子の体重関連の話は気を付けろって言われてたのに、俺のバカ!
「いやいやいや、居酒屋感覚で命散らさないでもろて」
「ごめんごめん。冗談冗談」
「え、そうなの?」
「だーから言っただろ。いつものやつだって。というかプリン数個食ったくらいで太るわけねえだろ。で、本当にいらねえならオレが全部食ってやるけど」
「「いらないとは言ってない!」」
なんだ、そっか冗談かぁ。
胸を撫で下ろしていると、乃愛がしれっと2個目に手を伸ばしていた。
喋ってはなかったけど、身体を左右に揺らしながら食べていたところを見ると、よほどこのプリンが気に入ってくれたらしい。
「そういやさ、夏休みになったら予定合わせて遠出とかしねえか?」
2個目もぺろりと平らげた藤城君がそう切り出した。
「さんせー! どうせならどこか泊まりで旅行とかどう?」
「旅行いいね。私も旅行に1票」
「優陽と白崎はどうだ?」
「うん。俺も皆と一緒に旅行、行ってみたい」
「ん、賛成」
これで満場一致だ。
藤城君が「おーし、決まりだな!」と頷いた。
「なら、早速旅行の計画練らないとね! 皆どこか行ってみたい所とかある?」
「あ、じゃあ私海に行きたい。せっかくの夏休みなんだし」
「お、海いいじゃん。コテージとか借りてバーベキューしようぜ」
「それいい! あり! そういうのラノベとかで読んで密かに憧れてたんだよねー」
「あ、俺も俺も。ああいうの楽しそうだなーってずっと思ってた」
乃愛も「ん」と首を小さく縦に動かす。
それを確認した芹沢さんがノートに『海! バーベキュー!』と大きく書いて、丸で囲む。
「つっても問題は場所だよなー。金銭的問題もあるし」
「だよねー。どうしよっかー」
ああ、そっか。ただ近所に遊びに出かけるのとはわけが違うんだよね。
泊まりともなると突然泊まれる場所も探さないといけないし、移動手段の確保もだし、皆の希望であるバーベキューをするなら食費もいる。
藤城君も和泉さんもバイトをしてるし、俺と芹沢さんは親からお金が多めに振り込まれてて、乃愛に至っては社長令嬢だ。
ここにいる皆、学生にしては多少は金銭的に余裕はあるけど、限界はあるわけだし、安く済むならそれに越したことはないだろう。
「……それなら、私の家の別荘借りられないかお父さんたちに聞いてみる」
「「「「別荘!?」」」」
乃愛の言葉に、俺たちは揃って驚きの声を上げた。
「乃愛ちの家別荘とか持ってるの!?」
「ん。ちょうど海の近くのコテージがある。お母さんとお父さんは大体海外にいるから、多分問題なく借りられると思う」
「マジか……や、ありがてえけど……本当にいいのか?」
「ん。しばらく使ってなかったし、使わないともったいないから」
「……そっか。ならありがたく使わせてもらうとすっか。皆もそれでいいよな?」
願ってもない話だし、断る理由もない。
俺たちはそれぞれ頷く。
「よっしゃ、決まりだな! 詳しい日程はまたあとで決めるのでいいよな?」
「おっけー。そろそろ勉強再開しないとね」
「う……!」
「これで益々赤点取れなくなったね、拓人? 赤点取って夏休み補修とかにならないでよ?」
「う、ぐぐ……! や、やってやるよ! なんだかんだで今まで赤点だけは取ったことねえんだからな!」
藤城君が再びシャーペンを握り締めて、ノートに向き合う。
それを合図に、俺たちもまた各々が勉強を再開し始めた。
「……あ。シャー芯切れちゃった」
芹沢さんのその呟きに俺はノートから顔を上げる。
スマホを確認すると、また小1時間ほど経過していた。
「私の使っていいよ」
「……んーん。気分転換に外歩くついでに買いに行ってくるよ」
芹沢がそう言って、立ち上がり、軽く伸びをする。
その際、芹沢さんの動きを目で追っていたせいで、胸部が張ったのが見えてしまい、俺はそれとなく目を逸らす。
夏が近づいてきたせいで、服装もばっちり薄着なんだし、もうちょっと危機感を持ってほしい。
(いや見ちゃった俺が悪いんだけどね?)
それでも無防備なのはなんとかしてほしい。
俺はさっきの光景を忘れるべく、そっと息をはいて思考を切り替える。
「それなら鍵渡しとくよ」
「ありがとー。じゃあ行ってくるねー」
そう言って、芹沢さんがリビングから出て行って、すぐに玄関の扉が開閉する音が響いてきた。
残された俺たちは誰が言い出したわけでもなく、自然と休憩に入る形となっていた。
それぞれがスマホを見たり、談笑したりする中、
「——あのさ……」
どこか神妙な声で藤城君が声を漏らす。
俺はコップに口を付けながら、視線だけ藤城君の方に向けた。
「俺、夏休み中には空に告ろうと思う」
「っ!?」
予想もしていなかった不意打ち気味の言葉に、口の中に入っていた飲み物を軽く吹き出してしまう。
気管に入ってしまい、咽せることしか出来ずにいると、和泉さんが怪訝そうに眉を軽く顰め、口を開いた。
「拓人? なんかあった?」
「別になんも。ただこのままずるずるといくくらいなら、期限を付けて行動した方がいいだろって話だ」
「それはそうかもだけどさ……そんな急に」
「オレの中じゃ急じゃねえの。ずっと考えてたんだよ」
その声は真剣そのものだった。
すると、話を黙って聞いていた乃愛がこてりと首を傾げる。
「私、初耳。藤城君は空ちゃんのことが好きだったの?」
「おう。実は藤城君は空ちゃんのことが好きだったんです。だから告白します」
得意気な作り笑いを浮かべてみせた藤城君。
対して乃愛は押し黙ってしまう。
それは、藤城君の発言に驚いたからというのもあるんだろうけど、なんだか俺にはなんて言っていいか分からず、かける言葉を探しているようにも見えた。
「……はぁ。本気、なんだね」
「当たり前だろ。冗談でこんなこと言うかよ」
「……うん、だね。頑張って、応援してるから」
「ああ」
はっきりとものを言う和泉さんにしては、歯にものが挟まったような言い方だ。
(いつもだったらきっちりと背中を押す言葉をかける、よね。多分)
乃愛といい和泉さんといい、女性陣の様子に違和感を覚えたものの、それに対してはっきりとおかしいと言えるものは俺の中には出てこない。
答えの出ないことをずっと考えても仕方がない。
それよりも、俺には言わないといけないことがある。
「……あのさ、藤城君」
「ん? どうした?」
「ごめん!」
言いながら、勢いよく頭を下げた。
「は!? 急になんだよ!?」
「俺……実は来週、芹沢さんと一緒に動物園に行く約束してるんだ!」
元々、このことは黙っておくつもりはなくちゃんと話すつもりだった。
藤城君の好意を知っておきながら、2人で行くことを了承したのだから、それがせめてもの筋というものだ。
そもそも、2人で行くのを断ればよかったのかもしれないけど……こればかりは俺が約束したことだから、彼女の気持ちと過去を知っている唯一の人間として、譲ることは出来ない。
俺がなにもしなくても、芹沢さんの心が満たされるならそれはそれでいいことだ。
俺にしか出来ないなんて自惚れるつもりは微塵もないけれど、それでも、簡単に譲れるようなものじゃ、譲っていいものじゃないと思うから。
けど、藤城君の気持ちを知っておきながら、2人で行くことを選んだんだから、怒られても仕方がないことだとも思ってて。
俺が頭を下げたまま、藤城君の反応を待っていると、
「……なんだよ! 急に謝るからなにかと思えばそんなことかよ!」
頭上から呆れたような声が降ってきて、俺は「へ?」と間の抜けた声を漏らしながら、顔を上げた。
「お、怒らないの?」
「こんなことでわざわざ怒るわけねえだろ。バカだなー」
「で、でも俺、藤城君の気持ちを知ってて……」
「お前のことだ。最初は全員で行くことを提案したんじゃねえのか?」
「う、うん。そうだけど……」
「でも今テスト週間だし、オレは正直行ってる余裕もねえわけだ。だから皆で行くとなると自ずと期末テストあとになるけど、空がテスト週間が終わるまでだと待ち切れないとか言って、結局2人で行くことになったって感じだろ、多分」
凄い。話の流れは大体合ってる。
……さすがに誘ったのが俺からという考えはないみたいだけど、そこを訂正すると芹沢さんのことまで説明しないといけなくなるから、後ろめたさはあるけど黙っておくしかない。
「ま、そう気にすんな。オレも気にしねえから」
「う、うん……!」
「あ、悪い。ダメだ。やっぱムカつくものはムカつくわ」
「ええ!?」
完全に許してもらえる流れだったのに!?
声を上げた俺を見て、藤城君がにやりと笑う。
「だから、今日の晩飯お前んちで食ってく。そんで、美味かったら許す。それでどうだ?」
「う、うん! 任せてよ!」
やっぱり藤城君は器が違う。
俺も少しでも、こんなかっこいい人になれるといいんだけどなぁ。
(……う)
無事、なのかは分からないけど話が落ち着いたことで安心したせいか、ふと尿意を感じたので、俺は皆にトイレに行くと断り、リビングをあとにした。
優陽がいなくなったあと。
「……ねえ、拓人」
梨央がすぐに拓人に声をかけた。
「ん? なんだよ?」
「その、さ……」
梨央は口をもごっと動かし、言おうとしていることを躊躇した。
それでも、言わないといけないと思い、意を決して口を開く。
「空のことなんだけどさ——」
「——言うな」
「え?」
拓人はきょとんとした梨央を見て、ふっと笑う。
「お前は答えを知ってるんだと思う。でも、オレの中じゃまだかもしれない、なんだよ」
「拓人……」
「お前から答えを聞かない限り、オレの中ではかもしれないで留めておけるんだ」
「……」
「もし、答えを聞いちまったら、気持ちが揺らいじまいそうだからさ」
拓人はどこか寂寥感のある笑みを浮かべたまま、
「——だから、なにも気付いてないままのオレで動かせてくれよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます