第98話 いつか、言ってほしいな

 6月も半ばに差し掛かったとある日。

 活気溢れる声で満ちる体育館の中、私は座って休憩しつつ、コートを眺めていた。


 コート内では、男子たちがバレーを行っているところだ。

 そんな中、私がそれとなくずっと目で追っている男子、優陽くんが相手のスパイクがブロックに当たってあらぬ方向に飛んでいったボールを追いかけ、フライングレシーブで見事に拾ってみせた。


「ごめん! カバーお願い!」

「ナァイス優陽! 任せろ! ……拓人ッ!」


 優陽くんから繋がれたボールは将吾によってトスされ、フィニッシュは拓人。本職顔負けのジャンプ力で飛び上がり、相手コートにスパイクを叩き付ける。


 それから、拓人と将吾がハイタッチを交わした。


「ナイスナイスー! さすが拓人、イェーイ!」

「おう、サンキュ。けど、今のは優陽の繋ぎがナイス過ぎる。よく拾ったな、あれ」

「マジそれな!」

「あはは、たまたまいいところに飛んできただけだよ」

「そんな謙遜すんなって! 優陽もイェーイ!」


 将吾が拓人にやってたみたいに手を掲げると優陽くんは「い、イェーイ」と恥ずかしそうにしながら(可愛い)控えめに手を掲げ(可愛い)将吾とハイタッチを交わす。


「声が小さーい! いいか? こういうのは恥ずかしがったら余計に恥ずかしく感じるものなんだよ。いっそのことはっちゃけた方が恥ずかしくないわけ。OK?」

「お、オッケー」

「よーし、んじゃもう1回! イェーイ!」

「い、イェーイ!」


 ……私の好きピが今日も可愛い。可愛いが過ぎる。なんなの? カッコよくて可愛いとか最強じゃない? 一生推せる。まあ、最強に可愛いのは私だけども。


 わちゃわちゃと友達同士で戯れる優陽くんを見て、私の中のオタクが騒ぎ始めたのをどうにか戒めていると、


「お隣失礼ー」


 水を飲みに行っていた梨央が戻ってきて、私の横にすとんと腰を下ろしてきた。

 その際、桃のような甘い香りがふわんと香る。……こやつシャンプー変えたな? いい匂いだし、あとでどこのか教えてもらおう。別の香りもあるかもだし。


「乃愛は?」

「乃愛ちなら外。友達と一緒に」


 その友達というのはなんと、あの時乃愛ちのせいで友達が彼氏に振られたと罵声を浴びせた子と、その振られた本人。

 どうにもあの時以降、振られた子と仲良くなったらしく、クラスは別だけど罵声を浴びせた子も一緒に友達として上手くやっているらしい。


「まあ、体育館蒸し暑いからねー。確かに外の方がまだマシだった」


 梨央が「あつー」と胸元をパタパタとさせる。

 首筋から胸元に向かって汗が流れ落ちていく姿は同性の私でも思わずドキッとしてしまいそうなほど、なんとも色っぽい。


「今週中にはもう梅雨に入るみたいだしねー」

「それねー。憂鬱ですなー」

「そうですなー」


 2人してぐでーっとしながら、緩い雰囲気の会話をしていると、優陽くんがスパイクを決めた。(カッコよ過ぎる)

 くっ……! 鎮まれ、私の中の限界化オタク……!


「優陽、目立ってるのになんともなさそうだね。もしかして目立つことに慣れてきてる?」

「んー……いや、あれは単に自分が注目されてるわけがないって思ってるだけじゃないかな。目立とうとして目立つのは誰かの為だったり振り切らないとまだ無理だと思う」

「なるほどねぇ。ま、なんにせよ、当たり前に受け入れられるようになってきてるよね」

「だねー。まあ、それを面白く思ってない人もちらほらといるみたいだけど」


 体育館内をそれとなく見回せば、そういう人たちが数人くらい目に留まる。

 まあ、少数だし、優陽くん個人に恨みがあるっていうよりはなんとなく気に入らないとか、皆が褒めてるものをとりあえず叩きたい人、みたいなのがほとんどだと思う。


 そんな実は密かに注目を浴びてることを知らない本人は、今度はブロックで相手のスパイクを止めていた。未経験なのにスペックが高いにもほどがある。

 本人に言うと否定するだろうけど、優陽くんは器用だ。


「——ね、こうして見るとさ。やっぱり鳴宮君って結構よくない?」


 ……む。


「——分かるー! 前までは地味だし、暗かったしよく見てなかったけど、笑顔とか超可愛いし!」

「——だよねー! で、頭もいいんでしょ? この間の中間だって学年10位だったし! 運動も出来るし!」

「——あと誰に対しても優しいのがポイント高い! 私この間プリント運ぶの手伝ってもらってさー!」

「——えー! いいなー!」


 ……私なんか部屋によく遊びに行ってるし、泊まったこともあるもん。可愛いって何回も言ってもらってるもん。(言わせてる)

 

「おーおー、モテ始めてますなー」


 はしゃぐような女子たちの声は梨央の耳にも届いたらしく、話しかけられた私は、内心の嫉妬めいた感情を出さないようにして、口を開く。


「ですなー。まあ、彼の最初の友達として近くにいた身としては友達が周りから認められ始めて嬉しい限りですよ」


 ほんのちょっと、嘘。

 優陽くんが褒められるのは嬉しいけど、他の女子からきゃーきゃー言われるのは、なんだか面白くない。


 嫉妬なんて可愛くないって分かってるけど、不安なものは不安なんだから。

 こっちはただでさえ乃愛ちっていう超超超強力なライバルがいるんだからさぁ。


 つまりなにが言いたいかって言うと、惚れずに褒めろ。


「……空さー」

「んー?」

「優陽のこと好きだよね」

「……んぇ?」


 不意打ち過ぎて変な声が出てしまった。

 驚きながら梨央の方を見る。

 ……って、この人こっち見てすらないんだけど。ノールックでチェックメイトかましてきたんだけど。


(今ならまだ誤魔化せる? ……いや)


 梨央がなんの確証もなく、こんなこと言ってくるわけない、か。

 私はため息をつき、たははと笑う。


「バレた?」

「はぁ……やっぱりねー」

「私そんなに分かりやすかった? 結構隠してたつもりだったのに」

「いや、分かりにくかったっての。乃愛の方が分かりやすかったくらい」

「えへへー。で、梨央ちゃんはどんな目的があって乙女の恋心を暴いたのかな?」

「目的とかは別に。ただもやっとしてすっきりしなかったから、はっきりさせておきたかっただけ」


 ふーん、と相槌を打つ。

 相変わらず気になったことは放置しない主義らしい。

 少しだけ会話が途切れ、梨央がぽつりと零す。


「……告白とかはしないわけ?」

「んー? するよ? いずれはね。今しても俺じゃ釣り合わないからって言われるエンドだよ」

「……ま、そうだろうね」

「まずはどうにかしてある程度の自信を確固たるものにしないとね」


 話はそれからだ。

 その辺りの条件は目下最大のライバルの乃愛ちにとっても同じことだし、しばらくはアプローチのやり合いに留まるだろうというのが今のところの私の見解。


「んー……それはそうなんだけどさぁ……」

「なに? なにか言いたいことがありげだね」

「……まあ」


 なんだろう。いつもはっきりものを言う梨央にしては歯にものが挟まったような感じだ。

 梨央はそのまま悩むように「んー」と漏らし続け、ため息を零す。


「……拓人のこともあるし肩入れは出来ないけど、このくらいはいいか」

「え? なに?」

「いや、こっちの話だから。それより、あまり悠長に構えてられないかもよ? 空の言ってることはよーく分かるけどね」

「ん? なに? どういうこと?」

「百聞は一見にしかず。放課後、乃愛も連れて集合ね」


 言葉の意味が分からず、私は首を傾げながら、ひとまず了承したのだった。






 そして、放課後になった。

 

「梨央ー、そろそろどういうことか話してくれてもいいんじゃない?」


 先を歩く梨央の背中に声を投げる。

 私の後ろからは、私以上に状況を理解していないだろう乃愛ちが静かに付いて来ていた。

 

「すぐに分かるよ」


 こっちを振り返りもせずに声を発した梨央が講堂の裏に差し掛かる角で立ち止まり、そっと向こう側を覗く。


 うちの学校は体育館と講堂が別れているタイプで、放課後は講堂のある旧校舎の方にはほぼ人は来ない。

 だから、こんな美少女3人がわざわざ揃って来るような場所じゃないんだけど……。


「2人とも、なにも言わずに黙ってここから覗いてみて。あ、なにを見ても絶対大声を上げないように」


 私は怪訝な顔をしつつ、乃愛ちと目を合わせてから一緒に角の向こうを覗き込んだ。

 そこには。


「——ごめんねー、急に呼び出したりして」

「いや、大丈夫だよ。……えっと、それで話ってなにかな?」


 優陽くんと、1人の女子が向かい合って立っていた。

 確か、あの子は別のクラスの派手目なグループの1人だ。


 話の流れ的に、優陽くんが話があるって呼び出されたっぽいけど……なんでそんな子がこんな所に優陽くんを呼び出して、2人きりに?


「……実はさ。最近ちょっと鳴宮君のこといいなーって思っててさー。よければ、あたしと付き合ってくれないかなーって」


 ………………うん? うん!?

 女の子が放ったセリフに、私は固まった。

 

(これって、もしかしなくても……あれだよね!?)


 人気のない場所で男女が2人きりで、今のセリフ、このシチュエーションはどう考えても、あれしか有り得ない。

 

「——嘘告、ドッキリ、罰ゲームのどれかってことだよね」

「ん。間違いない」

「2人して告白を嘘に出来るありとあらゆる理由を並び立てるな。現実を見なさい」


 頭に軽くチョップをされた。


「陰キャが陽キャに呼び出されて告白なんてオタクの世界じゃ8、9割が嘘告と相場が決まってるんだから」

「現実とフィクションを一緒くたにしない。偏見が過ぎるでしょ」

「いや、現に優陽くんも挙動不審通り越して不審者レベルで周囲見回してるよ?」


 あれは絶対私の言ったどれかが頭によぎった動きだ。私には分かる。

 その奇行には告白した女の子も少し引いてるように見えるし、梨央も額に手を当てて首を小さく横に振っていた。


 まあ、おふざけはここまでにしておこう。

 優陽くんが告白されていた。うん、状況は呑み込めた。


「……まったく、優陽と乃愛はともかく、空はさっき女子連中がきゃーきゃー言ってたの聞いてたでしょうが」

「いやー頭では分かってたんだけどね? いざ現場を目撃したら心が理解を拒んだよね」


 乃愛ちもうんうんと無言で頷いているあたり、噂自体は耳にしていたのだろう。

 

「——それで、どうかな?」

「あー……いや、えっと……ご、ごめんなさい。君のことよく知らないし、その……俺、そういうのは自分がちゃんと好きになった人と付き合いたいって言いますか……」

「——そっかー、残念。まあ、その気になったら声をかけてよ。彼氏が出来るまでは全然ウェルカムだからさ」


 断られた女の子はけろっとしていて、まったく落ち込んだ様子はない。

 多分、元々ちょっと気になるから付き合えたらラッキーくらいのノリだったんだと思う。

 

 女の子は優陽くんに軽く手を振って、その場を去っていった。


「と、まあ……ここまで見てたら嫌でも分かると思うけどさ。優陽は今絶賛モテ期ってわけ」

「……うん、そうみたいだね」

「……ん」

「今回は噂になってるし悪くないかもしれないし、好きってわけじゃないけど気になるからとりあえずモーションだけはかけとこう、みたいなタイプだったからすんなり終わったけど……。本気で優陽のことが好きな人が出てこないとも限らないわけ」


 私と乃愛ちは頷く。


「もしそんな人が出てきても、優陽が一筋縄じゃいかないって知ってるけどさ、万が一ってこともあるでしょ? あ、だからって別に焦って行動しろって言ってるつもりはなくてさ。私が言いたいのは」

「分かってるよ。浮かれて油断せずにしっかりと気を引き締めろってことでしょ」


 まあ、あの優陽くんが接点のないポッと出の人に落とされるなんて想像はつかないけど。

 外面と容姿の良さだけで落とせるならとっくに落とせてる。


 それでも、このおせっかいな友人の忠告は聞き入れて、私なりにしっかりとアプローチをかけていこうと思う。


 今までは距離を近くしてみたり、少し思わせぶりなこと言ったりだけだったけど、そろそろもっと踏み込んでいかないとね。


「——あれ? なんか話し声が聞こえると思ったら、3人揃ってこんな所でなにしてるの?」


 決意を新たに固めていると、私たちの存在に気が付いた優陽くんが近づいてくる。


「いやーなにやら優陽が女子に呼び出されたって話を聞いて、心配でさ」

「ああ、そうなんだ。藤城君に聞いたの?」

「ぶっぶー、ハズレ。私の情報網を甘く見ないことだね。私の人脈を持ってすればなにもしてないのに情報が向こうから集まってくるんだよ」

「え、なにそれ凄い。カッコいい。でも怖い」


 ああ……梨央って学年問わず色んな人と繋がりがあるからなぁ。

 この情報も多分、他の女子から回ってきたんだろう。


 納得したところで、梨央がからかうようなトーンで口を開く。


「で。女の子からの告白はどうだった? 嬉しかった?」


 その言葉に、私も乃愛ちもピクリと反応してしまう。

 私たちのそんな様子に気が付く素振りがない優陽くんは、困ったような表情になった。


「うーん……いや、嬉しいっていう感情はなかったよ。最初は嘘告、ドッキリ、罰ゲームのどれかだと思ってたし」

「おおう、マジか。順番まで空の言った通りじゃん」

「どうも。鳴宮優陽分かり手選手権チャンピオンです」


 渾身のドヤ顔を決めてみせる。

 すると、横から袖を軽く引かれる感触があった。

 乃愛ちだ。優陽くんほど表情が読めるわけじゃないけど、なにやら不服そうにしてるのはなんとなく分かる。


「ん? なに?」

「……私も分かってた。だから、同率1位で引き分け」

「ダーメ。乃愛ちは口に出してないからそれを証言出来る人はいません。よってこの勝負は私の1人勝ちです」

「……ズルい」

「ズルくありませーん。こういうのは言ったもの勝ちなんだよ」

「……」


 あ、ちょっと拗ねた。

 普段は分かりにくいのにこういう時はちゃんと分かりやすい。


「それに、なんで俺? って思ったかな。さっきの人、普通に可愛いかったし、わざわざ俺なんかじゃなくてもっといい人いるはずなのに」

「……ふーん」

「え、えっと……芹沢さん? どうかされたのでしょうか……」

「べっつにー。可愛いとは思ったんだー。へえー、ふーん、そっかー」

「い、いや、まあ……はい……そう、ですね……」


 圧をかけると、優陽くんは視線を盛大に泳がせて、認めた。

 ………………ふーん。


「私という最強最かわ生物を前にして別の子に可愛いという単語を使うとはいい度胸だね。あの子に言った可愛いというセリフ、回収して私に言ったことにさせてもらおうか」

「なにそれどういうこと!?」


 ポッと出の子に簡単に落ちるような心配はしてないけど、他の子に可愛いって言われるのは普通に嫉妬する、ということです。


(まあ、こんなめんどくさい感情絶対に伝わらないだろうけども!)


 それでも、可愛いとか、そういうのは私にだけ言ってほしい。

 あ、でも、最近になって言われたいランキング1位に変動があったんだった。


「ほらほら、帰るよ。このあと可愛いって時間が許す限り言ってもらわないといけないんだから」

「……可愛い芹沢さんが好きなおかず作るので勘弁してください」

「しょうがないなーもぉ。それなら許してあげるかー」


 今は可愛いって言われたら満たされるけど……いつか、いつか。


 ——好きだって言ってほしいな。


 げんなりした優陽くんの背中を押しながら、私はまだ口に出来ない想いをこっそり唄ったのだった。

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