第99話 陰キャ、1つ答えを思いつく
よし、これで完成っと。
芹沢さんご所望のアジフライの最後の1枚を揚げ終わり、俺は菜箸を置く。
それに、玉ねぎの食感が強めのポテトサラダと具沢山の豚汁もあるし、喜んでもらえるはずだ。
まあ、と言っても……芹沢さんも本気で機嫌が悪かったわけじゃなくて、からかい半分だったんだろうけど。
その証拠に、ソファに深く座った芹沢さんはアニメを見ながら足をぱたぱたと揺らしていた。
ちなみに乃愛はなにやら用事があるらしく、今日の夕食がアジフライだということを知ってなんだかめちゃくちゃ後ろ髪引かれてそうに帰っていった。
明日にでもお裾分けに行ってあげよう。
(……それにしても、まさか俺が告白されるとは)
相手はあくまで軽い感じで、本気っぽさみたいなものは感じなかったけど、それでも告白されたのは紛れもない事実なんだけど……なんだろう。やっぱり少しも実感が湧いてこない。
「うーん……」
「どうしたのー?」
首を捻っていると、芹沢さんから声が投げかけられた。
「ああ、いや……ちょっと告白のこと考えてて」
「告白の……? まさかやっぱり受けておけばよかったとか言い出さないだろうね」
芹沢さんがすんごいジト目を向けてくる。
「ち、違うよ! ただ実感が全然湧かないなーとか、やっぱり俺なんかに告白してくるなんて不思議だなーって思ってただけで!」
なんだか凄く浮気の言い訳みたいだ。
「ふむ、なるほどねぇ」
「だって俺だよ? 昔同じクラスで隣の席に女子に鳴宮? 誰それ? って言われたことのある男だよ?」
「いやその悲し過ぎるエピソードは知らないけどさ」
「だから俺自身はその頃からなにも変わったつもりはないからさ。不思議なんだよ」
確かに友達も増えて、グループに入ったりして、環境は変わったと思う。
けど、それだけだ。
そんな変わらないままの俺のまま、俺が皆の輪の中にいられるのは、間違いなく皆の器量あってのことだ。
(それとも、自分で気付いていないだけで、明確になにかが変わってるのかな……?)
首を捻り続けながら、テーブルに料理を運んでいると、
「君は変わってるよ」
テーブルを拭いていた芹沢さんが俺を見て微笑みを浮かべる。
「え、そうなの?」
「うん」
「ええっと、ちなみにそれは俺が変わり者って言いたいんじゃなくて変化の方の解釈で合ってるよね……?」
「いや君は確かに変わり者だけどさ……話の流れ的に変化の方に決まってるじゃん」
「ご、ごめん。あまりにも自分の変化っていうのが思い当たらなくて」
自分が変人だっていう方ならいくらでも思い当たるんだけどなぁ……。
「それで、俺のどこが変わったの?」
「まず、明るくなったしよく笑うようになったよ」
「え? 俺って結構こんな感じじゃなかった?」
「そりゃ私とかの前だとね。それが学校にいる時でも出てくるようになってるってこと」
「確かに最近学校が楽しくて、あっという間に1日が終わるなぁって思うことが増えたかも」
ちょっと前まで苦痛ですらあった学校の時間が楽しいと思えるようになってるなんて、友達のありがたみを感じる。
「それに、人前で注目を集めてもおどおどすることが少なくなってきたかな」
「周りに皆がいてくれてるからね。1人だと絶対きょどるよ」
「まあ、まだそうだろうね。でも、最近は学校で1人でいる方が少ないわけだし、おどおどする機会が減ったわけでしょ? 周りからすれば優陽くんのそういう事情を知らないわけだから、変わったって思われてるんじゃないのかな」
「……なるほどなぁ」
どうやら、自分で気付かないくらい小さく、遅々としてだけどちゃんと成長出来ているらしい。
(でも、全然まだまだだなぁ……)
これじゃまだ、芹沢さんのからっぽを満たす手伝いをするには力不足だ。
別にリア充になりたいとかそういうのはないけれど、今のままの自分で芹沢さんの力になってあげられるとか思ってもなくて。
(少なくとも、自分で成長を自覚出来るくらい成長しないといけないよね)
……まあ、そもそもあんな大口叩いておいて、情けないことにまだどうやったらからっぽを満たせるのか、未だに具体的な考えは浮かんでないんだけど。
どちらにせよ、俺が頑張るしかないことなんだけど、なにかいい方法はないかな?
幸せそうにアジフライを頬張っている芹沢さんを横目に思考しつつ、俺は今見ていたアニメがエンディングまでいったので、リモコンを操作して次のアニメを流し始める。
「あ、今回デート回だったよね!? もう先週からずっと楽しみでさー!」
「分かる。この回を見る為だけに1週間頑張ってきたと言っても過言じゃない」
今回の回はマンガの原作の方でも人気なヒロインの1人とのデート回だ。
画面の中で、主人公がヒロインに手を引かれて動物園へと入っていく。
「ここのヒロイン超可愛いよねー。いつも控えめなのにグイグイと手を引いてく慣れてない感じとかさー。ほんと尊い」
「マジそれ。このシーンが動くのをどれだけ楽しみにしてたことか」
「優陽くんこの子推しだもんね」
「第一印象から決めてました。大好きです」
推しの幸せこそ我が幸せ。
推しキャラが満たされてるような幸せな笑顔を見てるとこっちも幸せに……。
(——満たされてるような?)
……ああ、そっか。
「それにしても、動物園かぁ。小さい頃に行った以来行ってないなぁ。ちょっと行きたくなってきたかも」
「——じゃあ、行く?」
「……へぁ?」
芹沢さんがぽかんと口を開けて、アジフライを箸で掴んだままこっちを見る。
「え、ご、ごめん。今なんて……?」
「一緒に行く? 動物園」
再度言うと、ぽとり、と芹沢さんの箸からアジフライが皿に落下した。
それから、芹沢さんの表情が驚愕のものに変わって、顔が徐々に赤く染まっていく。
「な、なななな、なんで!? と、突然どうしたの!?」
「いや、ほら。例のさ。芹沢さんのからっぽを満たす手伝いをするって言ったじゃん、俺」
「あ、う、う、うん。そう、だね……」
? なんでそんな目を泳がせてしどろもどろになるんだろう。さっきよりも顔も赤くなってるし。
まあ、いいか。
「それで、今の今までどうやったらそれが出来るんだろうってずっと考えてたんだけどさ。ちょっと難しく考え過ぎてたのかなって」
「……? ど、どういうこと?」
「今まではなにかこう、特別なことをしないとって思ってたんだよ」
「う、うん」
「そりゃまあ、特別なことをするに越したことはないんだけどさ。でも、大切なのは、芹沢さん口にした行ってみたいやってみたいを尊重してあげることじゃないかなって、このヒロインの笑顔を見て思ったんだ」
今のところ思い付きもしない特別なことより、彼女が望んでいることを叶えてあげる方が遥かにハードルは低いだろう。
「だから、行こうよ。動物園。行きたいんだよね?」
「……うん」
「よーし決定! それじゃあ、皆と予定合わせないとね」
「うん! ………………うん? え? 皆?」
「え? グループの皆で一緒に行きたいって話じゃないの?」
「………………」
芹沢さんの笑顔が徐々に抜け落ちていき、すんっとした真顔に変わった。
あ、あれ……なんでだろう。俺なにか選択肢を間違えた?
表情の変化の原因を考えていると、
「……2人」
「え?」
「2人っていうのは、ダメですか」
その言葉に、俺はぱちりと瞬きをして芹沢さんを見つめる。
芹沢さんはどこか拗ねたように唇をちょこんと突き出して、不満を露わにしていた。
「えーっと、ダメじゃないけど……こういうのって皆で行った方が楽しいんじゃない?」
「いやいや考えてもみて? 高校生が複数人で動物園に行ったりするのってちょっと違和感ない?」
「……た、確かに」
あまり聞いたことないかも。
「でしょ? だから、2人で行こうよ」
「うーん、そうだね。分かったよ」
「……よしっ」
「え? よし?」
「気にしないで。こっちの話だから」
「う、うん……?」
2人で行きたがることといい、今のよしって呟きといい、なんだかまるで芹沢さんが俺と2人で行きたかっただけに聞こえるんだけど、それは気のせいというか、自惚れだよね。
「それで、いつ行こっか」
「明日、は休みだけど勉強会あるし……というか月曜からテスト週間だし、さすがにテスト明けにの方がいいんじゃない?」
「それはそうだけどさぁ。待ちきれないかも。来週とかじゃダメ?」
「来週かぁ」
テスト週間真っ最中なわけだし、あまり遊ぶのもちょっと気が引ける。
でも、棍を詰め過ぎるのもよくないし、息抜きって考えたらいいかもしれない。
芹沢さんも今回の中間で50位以内に入ってたから、赤点の心配もないだろうし。
「分かった。じゃあ来週で」
「ほんとっ!? やたーっ!」
あ、でもそれなら夏用の出かけるようの服買っとかないと……俺春用の長袖のやつしか持ってないし。
眩しいばかりの笑顔を浮かべる芹沢さんを見て、俺はそんなことを考えるのだった。
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