第92話 クエストクリア兼レベルアップ報酬

 なぜか不戦敗で俺の勝利となった、釈然としない結果のボウリングを終え、俺たちは当初の予定通りカラオケルームに入っていた。


「ふぃー……さっすがに疲れたなー」

「あはは、ここまでずっと身体動かしっぱなしだったもんね」


 朝食を食べて以来、飲み物以外は口にしていないので、お腹もぺこぺこだ。

 女性陣は乃愛を真ん中に挟み、フードメニューを見ながらわいわいとしている。


「とりあえずポテトとピザは頼んどいてもいいよね?」

「あ、梨央。からあげも欲しくない?」

「欲しい」

「……お前らサイドメニューだけで頼み過ぎじゃね? 自分のメインも選んでねえのに食い切れるんだろうな?」

「大丈夫。いざとなったら拓人と鳴宮に片付けてもらうから」

「端から丸投げする気満々じゃねえか」


 俺もそんなに食べられる自信はない。

 まあ、5人いるわけだし、なんだかんだ言ってなんとかなるとは思うけど。


 ともあれ、俺たちは全員メニューを決め終えて、フードの注文を済ませた。

 

「じゃ、待ってる間に1曲いっちゃおっか。我こそは1番手って人はいる? いないなら私がいくけど」


 芹沢さんが全員の顔を見回しながら、そう口にすると、乃愛が「ん」と机に置いてあったマイクを手に取った。


「私にいかせてほしい」


 乃愛がやる気満々にそう言うと、藤城君と和泉さんが意外そうな顔をする。

 

(まあ、確かに表情が薄い乃愛が率先して歌おうとするのは意外だよね)


 こういう感じとは裏腹に、実は歌うのがかなり好きなわけだけど。

 それに、超上手いし。


 不安なのは身バレの方だけど、藤城君も和泉さんもさすがにVtuberのことは知らないだろうから、ひとまずは安心して聞いてられそうかな。


 そんなことを考えている内に、乃愛がちゃっかり採点まで付け、選曲を終える。  


 乃愛が選んだのは、去年放送されたアニメのオープニングにもなった、人気のあるバンドの曲だ。


「あ、この曲好き。確かアニメの曲だったっけ?」

「そう! 曲もいいけど、アニメも面白いから! 梨央も見たら絶対ハマると思う!」

「あ、う、うん。気が向いたら見てみる……」


 オタクモードの芹沢さんには、さしもの和泉さんも引き気味になってしまうらしい。

 恐るべし、芹沢さんのオタクモード。というか、こんなのでよく今までオタクだってことを隠し切れたよね。


「へえ、そんなに面白いならオレも見てみっかな」

「え、本当に!? じゃあブルーレイ貸すよ! 俺全部持ってるから!」

「お、おう……そ、そりゃ助かる……」


 人のことを言っておきながら、藤城君を和泉さんと同じように引かせてしまう行動を取ってしまうのが俺という人間である。

 布教出来そうとなったらオタクとして我慢出来なかったよね。


 アクセルを踏むオタク2人と、それに引く非オタ2人の構図が出来たところで、イントロが鳴り出し、乃愛の歌声が室内に響く。


 すると、俺たちの意識は一気に歌声に持っていかれた。

 やがて、乃愛が歌い終えると、残ったのは静寂と余韻。そして、モニターに表示された90点という文字だった。


 そんな空気の中、和泉さんが口を開いた。


「上手過ぎじゃない!? 思わず聞き入っちゃったよ!」

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」

「もしかしてなにかやってるのか?」

「ボイトレをちょっと」

「へえ、通りで上手いわけだ。……んで、なんで空は涙ぐんでるんだよ……」


 藤城君が呆れた顔で、泣きそうになってる芹沢さんに声をかける。


「いや、ちょっと……上手過ぎて感動しただけだから気にしないで」

「そ、そうか……」


 芹沢さんはそう言ったけど、俺にはそれが嘘だって分かる。


(絶対推しの歌を生で聞けて感動してるだけだこれ)


 まあ、人気Vtuberの歌を生で聞けて感動しないファンはいないと思うから、気持ちは分かる。

 

「でも、優陽くんはもっと上手い」

「へ?」

「乃愛ち、優陽くんの歌聞いたことあるの?」

「ん。オフ会の時に」

「ふーん……私も聞いてみたいなー」


 芹沢さんが意味深な視線を送ってきた。


「い、いいけど……そんな大したものじゃないよ?」

「謙遜。私ももう1度聞きたい」

「そこまで言うなら私も」

「ならオレも」

「皆まで……分かったよ、もう」


 俺はため息をついて、テーブルの上のデンモクを掴んだ。

 

(とりあえず、ゴリゴリのアニソンよりも皆が知ってそうな曲の方がいいよね)


 経験はないけど、こういう場で皆が知らないようなアニソンを入れて、空気が冷え切ったという話はネットで何度か見たことがある。

 と、なると俺が選ぶべきなのは……。


「お。お前この曲知ってたのか」

「うん。いい曲だよね」

「いいよね、この曲。私もよく聞いてる」


 メジャーなバンドの人気曲をチョイスすると、藤城君と和泉さんが好感触を示してくれた。

 これはこれで期待値が上がってしまったような気がするけど、仕方ない。


 緊張とか視線とか、色々なものを忘れる為に、俺は歌うことに没頭していく。

 最後まで歌い終えると、あとに残ったのは静寂と94点という結果だった。


「……大したものじゃないとは!?」

 

 歌を聞き終えた芹沢さんが首を傾げながら呟く。


「分からん! 鳴宮の大したことないの基準がオレにはさっぱり分からん! お前なにをどうやったら満足出来るんだよ!」

「ええっと……自分が自分を誇れるようになるまで、かな? その日は遠そうだけどね、あはは」

「……もう怖えよ、お前」

「……優陽くんのスペックの高さって、自信のなさと自分に対するストイックさが上手いこと噛み合った結果なんだろうね、多分」

「あー、なるほど。人より劣ってると思い込んでるから、人よりするようにしてて、それでも自信が付いてないから永遠にやり続けるが故ってことか。で、周りに負けて当たり前だと思ってたのに、負けず嫌いで、その負けず嫌いが自分自身に負けるのが嫌、みたいになってたのかもな」

「いや、本人目の前にして分析とかやめてほしいんだけど……」


 普通に恥ずかしいから。

 と、そんなやり取りをしていると、それまで黙って場を静観していた和泉さんがくつくつと肩を揺らした。


「ふふっ、鳴宮ってやっぱ面白いよね」

「面白くないよ……完全に珍獣扱いだし……」

「まあまあ。それはそれとして、私、鳴宮の歌すごーく好きだよ」

「へ? あ、う、うん。ありがとう」

「ね、これとか歌える?」


 急に好きと言われて、きょどっていると、和泉さんがデンモクを操作して俺に見せてくる。

 

「えっと、うん。歌える、けど」

「お、本当? じゃあ聞いてみたいんだけど、歌ってくれる?」

「う、うん、分かった」


 グイグイと押し気味にくる和泉さんにたじろぎながら、了承すると、


「ちょっとー? こういうのは順番でしょー? 次は私の番!」

「えー? 空の歌とか聞き飽きてるしいいや。そんなのより、鳴宮とか白崎さんの歌が聞きたい」

「人の歌をそんなの呼ばわり!? いや私もその意見には全面的に同意だけど私にも歌わせてよ! ね、いいでしょ! 優陽くん、乃愛ち!」

「うん。俺も芹沢さんの歌聞いてみたいし」

「ん、好きに歌えばいいと思う」


 そもそも、1人だけでずっと歌おうなんて端から考えてないし。


「ふふん、今日の私は一味違うんだから! なぜなら、オタバレしてアニソンが解禁されたからね!」

「あ、そっか。そうだよね」

「アニソンだけじゃなくて普通のも歌えるんだけどね? やっぱ気の乗りようが違うっていうかさー」


 ふんふんふーん、と既に聞き覚えのあるアニソンのメロディを鼻歌で歌いながら、芹沢さんが曲を入れ終わる。


 軽快なイントロから始まって、芹沢さんの跳ねるような可愛らしい歌声に、俺たちはしばらく耳を傾けたのだった。






「ふー、遊んだ遊んだー」

「何気に私たちもテスト勉強でしばらくこんな息抜きしてなかったもんね」

「それね。……今日はもうさすがに解散しとく? 私としてはこのままどっかで晩ご飯食べて帰ってもいいけど」


 和泉さんがそう提案してくる。

 俺としても全然それでいいんだけど……。

 俺はちらりと乃愛の方を見てから、口を開く。


「ごめん。そうしたいんだけど……乃愛が疲れて限界みたいだから」

「え? そうなのか?」

「……実は、そう。こんなに1日中外で遊び回ったのは初めてだから」

「……そっか。ごめん、白崎さん。気付いてあげられなくて」

「大丈夫。自分で言うのもなんだけど、気付く方が凄い」

「「「それはそう」」」


 3人が声を揃えて頷いた。

 まあ、確かに乃愛の表情から情報を読み取るのは誰にでも出来ることじゃないとは思うので、その声に対してなにも反論は出来ない。


 それはともかく。


「俺たちのことは気にしないで、3人で行ってきてよ」

「そうか。じゃあ、どうする? 3人で行くか?」

「私はそれで全然いいよ。空は?」

「うーん……」


 芹沢さんは俺と乃愛、藤城君と和泉さんの間で視線を行き来させ、悩んでいる様子を見せてから、和泉さんの横に立った。


「今日は私もこっちかな」

「オッケー。じゃ、行こっか。じゃあね——

「また明日な、白崎」

「じゃあねー優陽くん、乃愛ち」


 へ、と呆気に取られている内にひらひらと手を振りながら、藤城君たちがどんどん遠ざかっていく。

 結局、返事が出来ないまま、3人の姿は見えなくなってしまった。


「……とりあえず、帰ろうか」

「ん」


 乃愛と連れ立って、俺たちは3人が歩いていった方向とは逆方向へと歩き出す。


「今日はどうだった?」

「……疲れた」

「あはは、だろうね」

「けど、楽しかった」

「お、それはよかった」


 薄い表情には疲労が見えるけど、嘘は見えなかった。


「……正直、最初は苦手なタイプだと思ってた」

「えーっと、藤城君と和泉さんのこと?」

「ん。陽キャでリア充。空ちゃんもそうだけど、私とは相反するタイプだから」

「……まあ、気持ちは分かるよ」


 俺だって、こういう風に一緒に過ごすようにならなかったら、憧れと一緒に一方的に苦手意識を抱いてしまっていたままだったと思うし。


「でも、最初はってことは、今はその認識は改善されたってことだよね?」

「……いい人たちだと、思ってる。ずっと私のことを気にしてくれてた」

「そうでしょ? 俺の自慢の友達だよ」


 なにをするにしても自信のない俺だけど、俺にとって自信を持って言える数少ないことの1つだ。

 芹沢さんたちと友達になれて本当によかったと、心の底から言える。


「……最後の、びっくりした」

「ああ、あれには俺も驚いちゃった。……でも、親睦を深めるって目的はちゃんと達成出来たってことだよ」

「じゃあ、私もこれでレベルアップ出来た?」


 乃愛が立ち止まり、じっと俺を見上げてきた。

 俺はその問いに対し、微笑みで返す。


「うん。文句なく、レベルアップでクエストクリアだよ」

「ん。嬉しい」


 乃愛がわずかに微笑む。


(なにかお祝いでもしてあげたいな。乃愛の好物でも作ってあげるとか? ……ん?)


 ふと、視界の端になにかが引っかかり、そっちの方を向く。

 ……うん、あれならいいかも。


「乃愛、ごめん。少しいい?」

「……?」


 乃愛に断った俺は、思いつきを実行する為に、目に留まったもの——ガチャガチャの目の前に立つ。

 そして、猫のキーホルダーのガチャガチャにお金を入れ、出てきたカプセルを受け取って、開けた。


 中から出てきたのは、白い猫。

 それを持って、きょとんとしている乃愛に差し出す。


「はい、これ」

「……これは?」

「クエストクリア兼レベルアップ報酬。安っぽ過ぎるかもしれないけど、おめでとう」


 依然として乃愛はきょとんとしていたけど、やがてそっと白い猫のキーホルダーを受け取った。

 

「……ありがとう、大事にする」

「うん。そうしてくれると嬉しいよ。じゃ、帰ろっか」

「……ちょっと待って」

「ん?」


 歩き出そうとすると、乃愛が俺の袖を引いてきた。

 立ち止まった俺の前で、乃愛が俺と同じように猫のキーホルダーのガチャガチャの前に立つ。


 それから、ガチャガチャを回して出てきたカプセルを手に取り、開けようとする。

 でも、そのカプセルは硬かったのか乃愛は開けられず、そのまま俺に差し出してきた。


「レベルアップ兼クエストクリア報酬。受け取ってくれる?」

「……うん、ありがとう」


 差し出されたカプセルを受け取り、開けてみると、中から出てきたのは黒い猫。

 それを見た乃愛が満足そうに頷く。


「ん、お揃い。パーティの証。これを付けてる限り、経験値も分け合える」

「ははっ、そうだね」


 こうして、俺たちはお揃いのパーティの証を送り合ったのだった。

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