第91話 ボウリング

 それから、俺と乃愛は戻ってきた芹沢さんたちと入れ替わるようにボールを取りに向かう。

 

「……意外と数が多い」

「あはは、分かる。ちょっと意外なくらいだよね。こんなに多いの」


 重さによって分けられていて、小さな子供からお年寄りまで、老若男女が楽しめるようになっているんだろうけど、俺も家族で来て、最初に見た時は驚いた記憶があるから気持ちはよく分かる。


「どれがいいの?」

「重い方がピンを倒しやすいとかはあると思うけど、基本的には自分に合った重さを選べばいいよ」

「重いもの……ちなみに優陽くんはどれを選ぶの?」

「俺? 俺はとりあえずこれかな」


 返事をしながら、ちょうど目の前にあった13という数字の書かれた棚に置いてあったボールを掴む。

 乃愛はそんな俺の様子をまじまじと見つめてから、俺と同じボールに手を伸ばした。


 乃愛が片手で持ち上げようとすると、少ししか持ち上がらず、ゴトン、と棚にボールが落ちる。

 それから、なぜか乃愛はボールを数秒見つめてから、再度持ち上げようとして、またゴトンと棚に落としてしまった。


 そして、乃愛が「ふう」と息を吐いた。


「……今日はこの辺にしておいてあげる」

「どう見ても完敗なのに負けを認めないつもりなの!?」

「負けてない。むしろ潔く無理という判断をして大人の分別を見せた私の勝ちまである」

「無理って言ってるじゃん……。まあ、確かに乃愛には重た過ぎるよ。13ポンドって約6キロらしいし」


 実は前に気になって調べたことがあったんだよね。

 6キロと言えば大体2リットルの中身の入ったペットボトルを3本片手で持ち上げるようなものなので、引きこもり気質で特に力の弱い乃愛には圧倒的に適性がない。


「持ち上げられても何回もそれを投げるのは無理でしょ? 無理しないで軽いボールにしときなよ」

「んぅ……火力装備こそ正義なのに……残念」


 そういえば乃愛ってどのゲームでも重量が重めの火力系を好む傾向があったなぁ。

 現実でやるにはいかんせん、パラメーターが足りなさ過ぎだ。


 大人しく子供でも使える7ポンド(約3キロ程度)を残念そうにしながら両手で抱える乃愛と一緒に自分たちのレーンへと戻る。

 

「ん? ……え!? 乃愛ちもやるの!?」


 乃愛が両手で抱えたボールを見て、芹沢さんがお手本のような2度見を決めた。

 その気持ちはよく分かる。


「激しい運動は無理だけど、転がすだけならいけそうだから」

「いいじゃんいいじゃん! チャレンジしてこ!」

「なら、白崎さんも勝負に参加する? それとも参加せずに自分のペースでやる? どっちでもいいよ」

「……参加する」

「え? 参加するの? でも、乃愛ちってボウリングって初めてだよね? 自分のペースでやった方がいいんじゃない?」

「……そうかもしれない。でもやる。難しい方が、手に入る経験値が多いから」


 乃愛の言葉に、芹沢さんたちがきょとんとした。

 まあ、伝わらないよね、うん。

 というか、よっぽどレベルアップ関連の言い回しが気に入ったんだなぁ。


 そんな乃愛に俺はくすっと笑う。

 

「要するにやる気満々ってことみたい。だよね?」

「ん。……勝負は勝負だけど、分からないことだらけだから、色々と教えてください」


 ぺこりと頭を下げた乃愛に、3人はそれぞれが笑みを浮かべる。

 乃愛も参加するということで話がまとまったところで、俺たちは順番を決めた。


 その結果、芹沢さん、乃愛、俺、和泉さん、藤城君の順で投げることに。

 

「よーし、じゃあ早速……あ、見ててね、乃愛ち。フォームは、こうっ」


 かけ声と共に芹沢さんが投げたボールが、真ん中に向かって吸い込まれていき、ピンを薙ぎ倒す。

 しかし、少しズレたらしく、4ピン残った。


「ありゃ、いい感じだと思ったのになぁ」

「お。これは今回も私の勝ちかな?」

「なんだとー? そうやって油断しておくといいよ。その油断が命取りになるんだから、ねっ……よーし、スペアー! ふふん、どんなもんよ」


 続く2投目。スペアを取ってみせた芹沢さんが、和泉さんに向かって得意気に胸を張る。


「ま、そうじゃなきゃ張り合いがいがないよね」

「その余裕がいつまで続くか見物だね。と、まあ。こんな感じなんだけど、今ので分かった?」

「ん。なんとなく」

「よーし、じゃあ早速実践してみて」


 こくり、と頷いた乃愛がボールを両手に抱え、レーンの前に立った。


(軽いボールだけど、乃愛にとっては重いだろうし、ちゃんと投げられるのかな……?)


 後ろから、乃愛のことを固唾を呑んで見守っていると、片手にボールを持った乃愛が、とたとたとレーンに向かって歩いていき、


 ——コトン。


 転がすというより、落としたくらいの感じで、ボールが手放され、そして、ボールはすぐにガターに落ちる。


「「「「……」」」」


 そのまま、遅々として転がっていくボールを無言で眺める時間となってしまう。

 ようやく向こう側まで辿り着いたボールが、こっちに戻ってくる。


 乃愛は戻ってきたボールをしげしげと眺め、再び手に取って、2投目を放ったけど、


 ——コトン、ゴロ、ゴロ、ガタン。


 さっきのリプレイを再生したように、ボールはすぐにガターに落ち、勢いのないボールがゆっくりと向こうに着くのを再び眺める時間に。


 乃愛は、ようやくまたこっちに戻ってきたボールを見て、こてんと首を傾げて、「優陽くん」と俺を呼んだ。


「え、えっと、なに?」

「このボール、おかしい」

「……残念だけど、なにもおかしくないんだよ」

「え」


 告げると、乃愛が固まってしまう。

 どうやら、本当にボールに問題があると思っていたらしい。

 俺は苦笑しながら、レーンの前に立った。


「さて、お手並み拝見といきますか」

「あはは、そんな大したものじゃないよ」


 藤城君のからかうような声音を背中で聞きつつ、俺は1投目を放る。

 よし、真ん中にいった。……あ。


「うわ、出た。ちょっとだけ間空けて残るやつ」

「これプロじゃないと絶対無理だよね。ドンマイ、鳴宮」

「運がなかったねー、優陽くん」

「うーん……ストライク狙ってたんだけどね……っと」


 皆からの同情と励ましの声を聞きながら、俺は戻ってきたボールを手に取って、左端からスピンをかけて転がす。

 スピンがかかったボールは右に向かって曲がって、片方のピン弾き飛ばし、もう1方も倒した。よしスペア。


 ふう、と息をつきながら、振り向くと、なぜか皆が唖然とした顔をして、俺を見ていた。


「え、なに? どうしたの?」

「い、いやいやいや!? どうしたのじゃねえよ!」

「なに平然とスプリット取ってるのさ!?」

「生で初めて見たよ!? え、な、鳴宮ってもしかしてボウリング得意だったの?」


 泡を食ったように芹沢さんたちが席を立ち、総ツッコミをしてくる。


「得意とかじゃないよ? ただ、昔、うちの両親が仕事のストレスのせいでボウリングにどハマりしたことがあってさ。その時に巻き込まれてよく連れて行かれてたんだよ」

「そ、そうなのか。……ちなみに、お前スコアって毎回どれくらい……?」

「えっと、150くらい? けど、俺の両親は180くらいは平気で出すし、俺なんて全然普通だよ?」

「普通であってたまるか! 少なくとも、しれっと逆カーブ投げて平然とスプリット取るようなやつは普通じゃねえんだよ! もういいよお前の勝ちで!」

「ええ!? なんで!?」


 こうして、なぜか全員が投げ終わる前にボウリング勝負は俺の勝ちということになってしまったのだった。

 

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