第90話 レベリング

「だぁーっ! もーっ、また負けたー!」


 10点先取の勝負が終わり、コート内に芹沢さんの悔しさむき出しの声が響く。

 得点としては10対8と1ゴール差だったので、余計に悔しいのだろう。


「ごめん、最後のシュート外さなかったら勝ってたのに」

「優陽くんは悪くないよ! 君の方がシュート決めてるんだから!」


 そうは言うけど、いくら点差が拮抗していて、突き放したかったとはいえ1発逆転を狙った確率の低いスリーポイントなんて狙うべきじゃなかったと思う。


 脳内で1人反省会を行なっていると、和泉さんが得意気な笑みを浮かべて近寄ってきた。


「残念でした。またの挑戦お待ちしておりまーす」

「くぅっ……! 可愛さ勝負なら私の圧勝なのに……! ……いや? それってつまり実質、私は今も勝ち続けているようなものなのでは? ならいいか」


 煽られて更にぐぬってた芹沢さんがなんかとんでもないロジックでメンタルを回復していた。

 なんだこの人、無敵か?


「今回は文句なしにオレの勝ちだな」


 芹沢さんの強メンタルに若干恐れの念を抱いていると、藤城君が嫌味を感じさせない笑みを浮かべて言った。


「うん、負けちゃった」

「ま、文句なしって言っても接戦だったし、オレ1人の力で勝ったとは言えねえけどな」

「でも負けは負けだよ。プレーも凄かったし、やっぱり藤城君は凄いよ」

「お、おう。そんな曇りのない目で褒められるとさすがに照れんだけど……ってか、お前悔しくないのか?」

「え? 負けたんだし悔しいけど……なんで?」

「や、えらく平然としてるからさ。さっきの感じだと、お前普通に負けず嫌いな感じだし」

 

 指摘され、俺は「ああ」と得心のいった声を上げた。


「負けるのは悔しいけど、楽しかったからね。俺、ゲーム以外で誰かと……友達とこうして競うのって初めてだからさ。悔しさよりも楽しさの方が大きいからだと思う」

「……そっかよ」

「……? なんで嬉しそうなの?」


 なぜか顔を綻ばせた藤城君を怪訝に思った俺が尋ねれば、藤城君は「だってよ」と口を開く。


「今まで絶対に俺なんかが勝てないのは当たり前みたいに言ってた奴がさ、俺なんかって言わずに、ただ負けたことを悔しがって楽しいとまで言ってるんだぞ?」

「……あ」

「それってさ。オレを対等に見てくれたってことだろ? そんなん嬉しいに決まってんだろ」


 言われてから、気が付いた。

 藤城君はそう言ったけど、俺は今でも3人を対等に見られていない。もちろん、俺が下で、こうして一緒に過ごす機会が増えても芹沢さんたちは雲の上の存在。


 でも、確かに今までなら負けて当然だと思っていたのに、確かにそう思わなかったのだ。

 

(……これって、少しは自分を認められたってことなのかな)


 もちろん、これで調子に乗ろうなんて思いもしないけれど。

 少しくらいは皆に肩を並べられたって、自惚れてもいいのかもしれない。

 

「優陽くん、お疲れ」

「あ、うん。ごめんね、上着預かってもらっちゃって」

「全然いい。……なにかいいことでもあった?」

「え?」

「優陽くん、ちょっと嬉しそうだから」


 無表情に見上げてきていた乃愛の言葉に、俺は少しだけ考えて、


「ちょっとね。大きくなれたかもしれないから」

「……? 身長? 羨ましい」

「そうじゃなくて、えっと……レベルアップ、かな」

 

 うん。心境的には、この言い方が1番しっくりくる。

 あ、でもこの言い方だと乃愛には結局伝わらないかも。もうちょっと詳しく話した方がいいよね。

 

 そう考えていると、乃愛が納得したとばかりに頷いた。


「ん。それはいいこと」

「え、今ので分かったの?」

「なんとなく、分かる。内面的に成長したってこと。違う?」

「そうだけど……我ながら今の言い方でよく伝わったね」

「ん。優陽くんの言うことは私にとっては分かりやすいから。レベルアップ、ゲーマー的に言い得て妙。いい例え」

「ああ、なるほどね」


 俺たちは考え方も似ているし、だからこそ気が合うわけで……俺が乃愛の考えていることを当てられるように、逆もまた然りということらしい。


 と、納得していると、乃愛がぽつりと呟いた。


「……どのみち、羨ましい」

「ん? なにが?」

「レベルアップ。私もレベリングの最中だから」


 そう語る乃愛の視線は、コート内で楽しそうに話している3人に向けられていた。

 

(……そうだよね。本当は乃愛だって、ああいう風に皆の輪の中に入りたいんだよね)


 乃愛は人見知りというわけでもないし、別に人を嫌ってるというわけじゃない。

 ただ、周りとどうやって上手く接すればいいのかが分からないだけだ。


 ……よし。


「あのさ、乃愛——」

「——おーい、優陽くーん! 乃愛ちー! 次ボウリングだってー!」


 声をかけようとしたところで遮られてしまい、タイミングを逃してしまう形に。

 そうなると、いつまでも話していて待たせるわけにもいかないので、乃愛と一緒に3人に合流し、ボウリングフロアへと移動した。


「よーし、次こそ絶対に勝つ!」

「えーまだ懲りないの?」

「負けたままで終われるかって話だよ! それにボウリングならいつもスコア的に大差ないし!」


 フロアに移動して、靴を専用のシューズに履き替えた芹沢さんがまた和泉さんに勝負を吹っ掛けようとしている。

 ……ゲームが趣味な人って負けず嫌いになりやすいのかな?


「せっかくだし、全員でスコア競った方がおもしれえだろ。なあ?」

「うん、そうだね。投げ放題なんだし、最初の数回は個人で競って、あとはチーム戦でいいんじゃないかな?」

「おっけー。じゃあ、それでいこっ。ボール取ってくるね」

「オレも行ってくるわ」


 藤城君と芹沢さんと和泉さんがなにかを言い合いながら、ボール選びに向かうのを眺めていると、袖がくいっと引かれる感触があった。

 そっちを見れば、乃愛が俺のことを見上げてきていた。


「どうしたの?」

「……私も、ボウリングやってみたい」

「……え!?」


 思わず大声で驚いてしまった。

 

(あの運動するか事務所のスカウト蹴るかで悩むくらいの運動嫌いの乃愛が身体を動かすことに興味を持つなんて!?)


「急にどうしたの!?」

「……レベリング。ちょっと頑張ってみたい。より強い敵を倒した方が大幅にレベルアップ出来る」

「……ああ、なるほど。そういうことか」


 どうやら、さっきの話で触発されたということらしい。

 

「教えてくれる?」

「うん。もちろん。あのさ、乃愛」

「ん。なに?」

「俺もさっきの話の続きになるんだけどさ」

「うん」

「レベリングなら付き合うからね?」


 そう言うと、乃愛がなにも言わないまま、俺の言葉の真意を図るように、じっと俺の顔を見続けてくる。


「俺たちは今パーティを組んでるような状態だし、強い敵と一緒に戦えば、経験値だって分け合えるでしょ?」

「……ん」

「レベリングの基本は、レベルが上の人と一緒にいい狩場に入ること、でしょ?」

「なるほど。納得」

「でしょ? 俺の方が、こういう場においては乃愛より少しだけレベルが上だからね」


 笑ってみせると、乃愛も少しだけ口角を上げた。


「よし。とりあえず俺たちもボール取りに行こうか」

「ん。……優陽くん」

「ん?」

「ありがと」


 よく聞いていないと聞き逃しそうなほどに、小さな声だったけど、俺の耳にはちゃんと届いた。


「どういたしまして」


 俺はもう1度笑みを浮かべ、そう返した。






***


あとがきです。


お待たせしました💦

本日より投稿再開します。

と、言っても以前のように長期間毎日投稿というのは難しいと思うので、度々お休みをもらうことになるかもしれません。


よろしくお願いします。

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