第89話 タッグマッチ
「お疲れ」
ベンチに座って休んでいると、横から藤城君がスポドリが差し出してきた。
「ありがとう。今お金渡すね」
「いいよ、こんぐらい。勝者は黙って受け取っとけ」
「いや、そういうわけには……って、勝者?」
怪訝に思いながら藤城君の方を見ると、藤城君は打席に入っている芹沢さんの方を見たまま、口を開く。
「さっきのは実質オレの負けみたいなもんだ」
「え、な、なんで? 引き分けでしょ?」
「得点どうこうじゃなくて、内容だよ。お前、ホームラン何本打った?」
「えっと、確か……5本?」
「オレはたった2本だ。得点こそ同点だけど、その内容じゃ完敗してんだよ」
「そんなこと……」
「いいんだよ! オレが納得出来ねえんだから! オレの負けだ!」
ふん、と腕を組んで藤城君が有無を言わさないように断言した。
本来なら、俺が納得して話は終わりになるんだろうけど。
「ごめん、やっぱり認められない」
俺は藤城君の有無を言わせない態度をスルーし、そう口にした。
「はあ!? なんでだよ!?」
「そんなの藤城君と同じ理由だよ」
「……オレの?」
「藤城君だって、内容で引き分けを認められないんでしょ。なら、俺だってこんな形で勝ちを譲られて、納得出来るわけないじゃん」
「う……」
「それに。わざと負けるような真似するなって言ったのは藤城君なのに、その君が勝ちを譲るような真似をするの?」
俺の言葉に、藤城君がハッとなり、それからたはっと笑った。
「そうだった。今のは完全に1本取られたわ。……ったく、強情だなぁお前」
「それは藤城君もでしょ」
顔を見合わせて、お互いにくつくつと笑い肩を揺らす。
「なーに男同士だけで仲良くなってんの」
そんな俺たちの頭上から、和泉さんの声が降ってきた。
その後ろから打席から出てきた芹沢さんと、見学をしていた乃愛がこっちに歩いてくる。
「いいだろ、別に。親睦を深めるのが目的なんだから、よっ」
藤城君がよっの声に合わせて立ち上がり、俺の方を振り返り、ニッと笑った。
「さ、第2ラウンドといこうぜ。鳴宮」
「ええ!? まだやるの!?」
「当たり前だろ? 引き分けで終わったらすっきりしねえし」
「……勝負するのはいいけど、次は皆で出来るのにしようよ。せっかくなんだからさ」
提案すると、芹沢さんが「お、いいね! さんせー!」と声を上げる。
「それじゃ、あれでチーム戦なんてどう? ちょうど空いたところみたいだし」
「……バスケか。望むところだ」
「乃愛はどうする?」
「もちろん見学する。私は見てるだけで楽しめてるから、安心して」
一応聞いてはみたものの、案の定の返答に、俺はくすりと笑う。
それから、空いたばかりのハーフバスケコートに足を踏み入れた。
「チーム分けどうする?」
「シンプルに私と空、鳴宮と拓人に別れてじゃんけんして、勝ちと負けでいいんじゃない?」
「おっけー、ならそれで」
和泉さんの提案通り、俺たちは男女に別れてじゃんけんを始める。
(うーん……どうにかして、芹沢さんと藤城君が同じチームになれればいいんだけど……)
さすがにこればかりは運なので、どうにも出来ない。
藤城君と芹沢さんが同じチームになるように祈りながら、じゃんけんを終える。
その結果。
「よーっし、頑張ろうね、優陽くん!」
「うん。よろしくね、芹沢さん」
残念ながら、願いは通じず、芹沢さんは俺と同じチームになってしまった。
「梨央にはさっき負けちゃったからね、ここできっちりリベンジさせてもらうよ」
「出来るものならどうぞ?」
「今度はオレがきっちり勝たせてもらうからな、鳴宮」
「う、うん!」
それぞれが言葉を交わし合う。
それから、またじゃんけんを行い俺たちの先行ということになり、皆が定位置についた。
(……あ、そうだ)
これだけは言っておかないと。
「芹沢さん」
「ん? なあに?」
「ケガ治ったばかりなんだから、無理はしちゃダメだよ? なにか違和感があったらすぐに言ってね」
皆が楽しんでいるく場の空気を重くし、壊してしまうかもしれないけど、それでも俺は真剣な声音で告げた。
少々空気の読めない発言だったかもしれないけれど、これだけはどうしても伝えておかないといけないと思ったから。
俺の言葉を受けた芹沢さんは、ぱちりと瞬きをしてから、なんだか嬉しそうにはにかんだ。
「うん! 心配してくれてありがと!」
その弾むようなお礼を合図にするように、藤城君からボールがパスされてきた。
「あんま長くなり過ぎてもあれだし、10点先取でいいよな?」
「うん。いいと思う」
「おし。……分かってると思うけど、鳴宮」
「分かってるよ。手は抜くな、だよね?」
先んじて、藤城君が言おうとしたであろうことを口にすると、藤城君が肯定の笑みを浮かべ、腰を落とす。
(とは言ったものの、どう攻めたものか)
正直、バスケは運動が出来ようと、未経験である限り、あまりアドバンテージ的なものは存在しないと思う。
もちろん、早く走ったり、高く飛んだりなどには関係してくるけれど、ドリブルテクニックだったり、シュートだったりはいくら運動神経がよくても、おいそれと出来るものではないはずだから。
従って、ドリブルでの突破や、ミドルからロングシュートなどのプレーはまったく持って当てにならないと思ってもいい。
この場にバスケ経験者はいないので、それは相手も同じ条件のはずだ。
と、なると、やるべきことは。
「芹沢さん!」
俺は芹沢さんに向かってパスを飛ばし、藤城君を振り切るべく、動き出す。
しかし、そこはさすが藤城君。簡単に振り切れるわけもなく、しっかりと俺の動きに合わせてついてくる。
芹沢さんは芹沢さんで、ドリブルをついて、和泉さんを振り切ろうと動き出したけど、やっぱりあっちも振り切るのは難しそうだ。
(……だったら)
俺が動きながら、芹沢さんに向かってアイコンタクトを飛ばすと、芹沢さんはこくんと頷く。
正しく伝わってるかは分からないけど、なんとかなる気がした。
俺はそのまま和泉さんの方に向かって走り、芹沢さんは俺の方に向かってドリブルをしてくる。
「梨央! スクリーン!」
「分かってる! 拓人はそのまま空の方について! 鳴宮は私がマークするから!」
和泉さんがスムーズに藤城君とマークしている相手を入れ替える指示を出した。
その瞬間、まだ和泉さんが完璧に俺にディフェンス出来てないことを見計らった俺は進行方向を変え、中に向かって切り込んだ。
「芹沢さん! こっち!」
「お願い、優陽くん!」
虚をついた動きに、藤城君たちは反応出来ず、俺の手にボールが回ってくる。
切り込んだ勢いのまま、俺はディフェンスに追いつかれる前に、レイアップシュートを決めた。
「ナイッシュー! 作戦成功だね!」
「うん!」
先制点を決めることが出来た俺は手を挙げて近付いてきた芹沢さんとハイタッチを交わし合った。
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