第88話 一勝負いっとかねえか?
「うわぁ、俺バッティングって初めてだよ」
スポーツフロアに移動した俺たちが最初に選んだのは、バッティングだ。
機械の駆動音とカーンというどこか小気味のいい音聞きながら、俺はあたりを眺める。
「オレも結構久しぶりだな。来たいと思わねえと来ねえからな、こういうとこ」
「わざわざバッセン行こうともならないしね」
「ここに遊びに来たらあるからついでにやってこうみたいな感じだよね」
なるほど。皆そういう感じなのか。
それなら、変に失敗とか気にせずに出来そうかな。
そう思っていると、ちょうど打席が1つ空いた。
「誰からやる?」
和泉さんの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
(まあ、普通に考えれば、俺か藤城君だよね)
もちろん、女性陣が先にやりたいと言うのなら、譲るつもりだけど。
こういう場で、なにも言い出さずに女子に先に行かせるのは避けたいところだ。
藤城君に先にいってもらうのも、押し付けてるみたいでなんか嫌だし、俺が先にいくべきだよね。
とりあえず申し出ようとすると、
「——鳴宮」
「? どうしたの? 藤城君」
「オレらも一勝負いっとかねえか?」
「え?」
勝負?
言葉の真意を図りかねていると、藤城君がにやりと笑う。
「20球中、何本打てるか。明らかなカス当たりは無得点で前に飛んだら1点、ホームランなら2点扱い。どうだ?」
「どうだって言われても……」
なんで急にそんなこと言い出したんだろう……?
疑問に思っていると、顔に出ていたらしく、藤城君が発言の理由について話し始める。
「大した意味はねえよ。お前らが勝負してるのも見て、オレも空気に乗っかりたくなっただけだ」
「そうなんだ?」
「ああ。で、どうだ?」
「……分かった。せっかくだし、その勝負受けさせてもらうよ」
俺なんかが藤城君と勝負なんて恐れ多いけど、せっかく藤城君が誘ってくれたんだし。
頷くと、藤城君が肩に手を回してきた。
「いいじゃん。そうこなくっちゃな。……もう1つ言っとくと、オレなりのアピールってやつなんだ、これ」
「へ?」
潜められた声に、俺は咄嗟に声量の切り替えが出来ずに、普通の音量で聞き返してしまう。
それから、ハッとなってつい芹沢さんの方を見そうになってしまい、それは咄嗟に堪えることが出来た。
視界の端で、女性陣がこっちを不思議そうに眺めているのが映る。
「空からすれば、オレが運動出来るのなんて珍しくもなんともないけどな。けど、出来ることはしておくに越したことねえしな」
「う、うん。そうだよね」
「だから、ぶっちゃけ勝負受けてもらえて助かる。サンキュな」
「い、いや、そんなお礼を言われるようなことじゃないよ……俺は実際なにもしてないわけだし」
言い訳になるけど、サポートはしたいけど、正直隠しごとが下手な俺が余計なことをしたら芹沢さんにすぐ気付かれそうで動けないんだよね……。
だから、俺に出来るのはこのくらいのことと、芹沢さんがどんな作品に最近ハマっているかを教えてあげるくらいしか出来ない。
(あ、なら……俺が負けた方がいいんじゃ……)
いや! もちろん勝てると思ってるわけじゃないけどね!? でも、いいところを見せるって言うなら、断然勝った姿なはずで——。
「言っとくけど、わざと負けようとか考えるなよ? それやったら絶交な」
「……全力でやらせていただきます」
「ならよし」
考えがバレてたらしい。
なんだろう。こんな状況なのに俺のことを理解してもらえているようで嬉しい俺がいる。
「お前初めてだし、ハンデになるか分かんねえけど、先にオレが入ってやり方見せてやるよ」
「う、うん! ありがとう!」
藤城君が打席に入り、バットを構えた。
「拓人となに話してたの?」
「え、い、いや! なんでもないよ!」
「えー? ほんとにー? 怪しいなー」
マズい、どうにかして誤魔化さないと……!
ジト目で見てくる芹沢さんに、冷や汗を流して必死に頭を回転させていると、
「まあ、男同士じゃないと出来ない話ってあるよね。そんなことより、拓人が打席に入ってるんだから、応援してあげようよ。……形だけでも」
和泉さんが助け舟を出してくれた。
こっそりとウィンクが飛んできたあたり、なにかを察してくれたらしい。
なんて頼りになる人なんだ。
「まあ、そうだね。応援くらいしてあげるかー。……形だけでも」
「お前ら聞こえてねえと思ってるのかもしれねえけど、全部聞こえてっからな……!」
額に青筋を浮かべた藤城君がきっちりツッコミを入れながら、一呼吸置いて、前へ向き直る。
こっちから見える彼の顔には、もう油断などなく、真剣な表情が浮かんでいた。
モニターに表示された投手が、ゆったりとした投球モーションに入り、今正に1球目が飛んでくる——
「おー、こうして見てると、拓人ってやっぱイケメンだよねー。ね、空」
「まー、そうだね。イケメンだとは思うよ」
——ブゥンッ!
豪快なスイングで、藤城君が空振った。
……さては芹沢さんにイケメンって言われて動揺したな?
「あははは! 空振ってやんのー! 拓人ださーい!」
「うっせえよ! オレだって久しぶりなんだよ!」
しかし、今の1球は本当にただの動揺だったらしく、2球目からはちゃんとバットに当て始めた。
藤城君がバットを振る度に、カィンという小気味のいい音が鳴り響く。
「……ふう。こんなもんか」
藤城君の結果は20球中13ヒット、2ホームラン。
点数に直すと、17点ということになるわけだ。
「おー、さすがじゃん」
「だろー? 我ながら、久しぶりにしてはかなりいい線いったわ」
顎の汗を拭いながら、和泉さんの称賛に応える藤城君。
そんな藤城君が、俺の方を見て挑発的に口の端を上げた。
「次、鳴宮の番だぜ」
「……うん」
緊張を覚えながら、打席に入る。
「頑張れー優陽くん!」
「全然勝てる勝てる」
「ん。ふぁいと」
「お前らいくらなんでもオレの時と対応違い過ぎねえ!?」
藤城君のツッコミを背後に聞きつつ、バットを構えると、すぐにピッチャーが投球モーションに入り、1球目を投げてきた。
「……っ!」
思い切って振ってみるけど、結果は空振り。
100キロであまり早くはないみたいだけど、目が慣れてないと体感では思ったよりも早く感じる。
続く第2球を脱力した状態で待ち構え、タイミングを合わせて振ると、チッと音がした。
どうやら掠ったみたいだ。
(……なるほど。こういう感じで……)
3球目、同じく脱力した状態から、ボールに合わせて振ると、ガツッと音を立てて、前に転がった。
(今のは根本に当たったのか。……難しいな)
とはいえ、前に飛んだので1点換算でいいはず。
……うん、目が慣れてきたかも。
幸いにも、ホームランの的は本格的なバッティングセンターじゃないからか、前にライナー気味で飛べば当たるほど、かなり大きい。
(けど、問題は)
そう思っていた矢先、4球目にそれはやってきた。
さっきまでの早く、直線的な軌道ではなく、ゆっくりとした遅めの球。
その球が、くくっと外に逃げていくように曲がる。
「……っ!」
辛うじて、その球……カーブをどうにかバットに当て、空振りは免れた。
この打席は100キロのストレートと、変化球にカーブが織り交ぜられた打席だ。
藤城君のを先に見ていなかったら、きっとタイミングを外されて見事に空振りをしていただろう。
球の速さに目の慣れていない初心者にとって、変化球を打つのはかなり至難の業だと、素人なりに思う。
(……でも、今のでもう見た)
残り15球。
藤城君に勝とうと思うのなら、普通のヒットだけじゃ足りない。
ここからは無得点は許されないし、最低でもホームランを2本以上打たないと、負けが確定してしまう。
スウッと息を吸い込んで吐くと、背中に届いていた芹沢さんたちの声援が遠くに聞こえる。
——5球目、ストレート、ヒット。
——6球目、カーブ、ヒット。
——7球目、カーブ……ホームラン。
7球目にして、ようやくホームランが出た。
でも、まだ点数は5点しかない。
——8球目、ストレート、ヒット。
——9球目、ストレート、ヒット。
——10球目、カーブ、ホームラン。
——11球目、ストレート、ホームラン。
——12球目、ストレート、ホームラン。
——13球目、カーブ、ホームラン。
あと2球。点差は2点。
——14球目、ストレート……ヒット、あと1点。ホームランで逆転だ。
ラスト15球目、ストレートが飛んでくる。
俺は迷わずバットを振り抜こうとして、その途中で目に汗が入り、目を瞑ってしまった。
(やばっ……目が……っ!)
スイングの途中で、目を瞑るということは目標を見失うということで、こんな細い棒に小さなボールを目を瞑って打てるわけもない。
そう思っていたけれど、閉ざされた視界の中で、バットがなにかに当たる感覚がして、目を開けた。
すると、前に向かって転々と転がる白球を認めることが出来た。
(……ってことは)
「引き分け、だな」
俺の思考を読んだように、背後から藤城君の声が聞こえてくる。
「……そうだね」
藤城君相手に引き分けなんて、俺にしては大金星なんだけど、驚くことにどこか釈然としない俺がいた。
その気持ちの正体を探ると、あっさりと答えに辿り着いた。
(……俺も乃愛のこと言えないなぁ)
自信がない癖して、どうやらこと、勝負ごとに関しては俺も結構な負けず嫌いらしい。
その抱えた矛盾に、俺は思わずこっそりと苦笑を零してしまったのだった。
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