第83話 誘い

 ぼちぼち、教科によってはテストの返却がされ始めた。

 今は数学のテストを返却され、人によって歓喜の声を上げたり、頭を抱えたりしている。


(藤城君は大丈夫かな?)


 理数系は彼が1番苦手と言っていた科目。

 理科は割と暗記が効く科目で、中間の範囲はそこまで広くないので、勉強を見た感じではそっちは大丈夫そうだった。


 となると、問題は本当にこの数学だけなんだけど……。

 俺が呼ばれて、テストを返却されてから間もなくして、出席番号の近い藤城君も呼ばれ、テストを受け取りに行く。


 その顔は端的に言って、めちゃくちゃ緊張して強張っていた。

 やがて、藤城君は先生の前に立ち、目を閉じて深呼吸し、胸の前で十字架を切った。


(神に祈るほどなんだね……)


 先生が苦笑を漏らし、藤城君にテストを手渡す。

 どうやら藤城君の緊張が移ってしまったらしい、俺は固唾を飲んでその様子を見守る。


 そして、彼は胸にテストを押し付けるようにしながら、自分の席に戻り、もう1度深呼吸してから、テスト用紙をひっくり返し、点数を確認し……、


 ガッツポーズを繰り出した。


(やったんだね! 藤城君!)


 どうやら赤点回避に成功したらしく、様子を見守っていた俺も、ほっと安堵の息をはく。

 テストの解説で今日の授業は終了となった。


 俺たちのクラスの担任は数学を受け持っているので、そのままホームルームに入り、話を終えた先生が教室を出ていくと、教室が一気に騒がしくなった。

 

 俺は立ち上がり、藤城君の元へ。


「藤城君! 赤点回避出来たんだね!」

「ああ……! しかも42点! 高校に入って数学で40点超えたの始めてだ! ……鳴宮のお陰だよ、マジでサンキューな」


 勉強を教えた身としては、冥利に尽きる言葉だ。

 喜びを分かち合っていると、芹沢さんたちも近寄ってくる。


「優陽くんはどうだったの?」

「えっと、86点だったよ」


 俺も理数系はそこまで得意じゃないんだけど、勉強を教えたことで自分の理解も深まったのか、いつもより少しだけいいくらいだった。


「うわ、すご。拓人が2人いても勝てないじゃん」

「人が喜んでるところに水を差すなよ! 梨央てめえ!」

「ごめんごめん。なにはともあれ、赤点回避おめでと」

「……梨央もサンキューな。まあ、まだ完全に安心出来るわけじゃねえけど」


 とは言え、これで1番の山場を超えたことは間違いないだろう。

 再び安堵していると、和泉さんが「じゃあ拓人。そろそろあのこと話してもいいんじゃない?」と藤城君に話しかけた。


「ああ、分かってるって。鳴宮、今週の土日、どっちか空いてるか?」

「え? うん、どっちも空いてるよ」


 遊びに来るのは大体芹沢さんか乃愛くらいのものだし、今週はまだどっちも予定が入っていない。


「ならさ、土日のどっちかで、勉強会の打ち上げ兼鳴宮の歓迎会兼親睦会……ついでにオレの赤点回避記念も兼ねて、遊びに行かねえか?」

「へ? 遊びに?」

「実はね、優陽くんに内緒でずっと話進めてたんだ。驚かせようと思って」

「拓人が赤点回避出来るかどうか分からなかったから、中々言い出せなくてさ」


突然の話に、俺はぽかんと口を開けてしまう。


「せっかくお前がこうやってオレたちと交流するようになったんだしさ。1度そういうの、改めてちゃんとやっておきてえなって思ったんだ。こういうの、迷惑か?」


 気遣うようにうかがってくる藤城君に、俺は慌てて首を左右に振った。


「そ、そんな! 迷惑なんてことないよ! ただ、こういうのって初めてで、どう反応していいか分からなかっただけで、凄く嬉しいよ!」

「そっか。ならよかった。あ、そうだ。白崎も誘ってみてくれねえか?」

「乃愛を?」

「うん。乃愛ちの歓迎会もまとめてやってあげたいなーって思って、私が提案しておいたんだ」

「実際、まだあまり白崎さんと話が出来てないしね。あの子、やっぱり鳴宮以外とだとなんか話しにくそうだったし」

「……そういうことなら、分かった。ちょっと誘ってみるよ」


 少し考え、俺は頷いた。

 

 乃愛は人との距離感を測るのが苦手なのを克服しようとしているわけだし、知らない大勢と話すより、まずは少人数と話していって、慣れた方がいいと思っていたところだし、この提案は渡りに船だ。

 

 ひとまず乃愛に声をかけようと、彼女の席の方を見ると、乃愛は乃愛でクラスの大人しめの女子グループの数人と会話をしていた。

 

(あっちはあっちで頑張ってるみたい)


 話の邪魔をしたら悪いかな、と遠目で見ていると、ちょうど話が終わったらしく、乃愛の元から女子たちが離れていく。


 それを確認した俺は、乃愛に近付いた。


「乃愛、ちょっといい?」

「……大丈夫。どうかした?」

「実はさ——」


 俺は今皆とした会話の内容を、自分の考えと一緒に伝える。

 

「……ってことなんだけど、どうかな?」

「……分かった。そういうことなら、私も参加させてもらいたい。ただ、明日は予定があるから、日曜日がいい」

「そっか。なら、帰りながら皆とまずは少し話してみる? あ、ほら。皆帰る準備終わって待ってるみたいだしさ」

「……そうしないといけないのは分かってるんだけど、無理」

「え? なんで?」


 もしかして、今日人と話せる許容限界とか?

 首を傾げていると、


「……筋肉痛で動けないから」

「……まさか、今日の体育で?」


 俺の問いに、乃愛が無言でこくんと頷いた。

 ……マジかぁ、体育しただけでその日の内に筋肉痛になるほどか。


 どうやら、引きこもりには少々ハードなトレーニングと同義だったらしい。

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