第82話 ムードメーカー
(……ふう、疲れた)
昼休みに入って、一気に喧騒を取り戻した教室の中で、俺はひっそりとため息をついていた。
どうして、ため息をついているのかと言えば、乃愛と幼馴染ってことになってから、昨日とは違って質問の矛先が俺の方にも向いてきて、1日で人に話しかけられる回数が過去最多記録を更新することになったからだ。
(興味を持ってもらえるのは嬉しいことなんだけどさ……)
あまりひっきりなしに来られると、つい最近までぼっちだった身としては、どうにも辟易してしまう部分が大きい。
(ひとまず、少し1人になって気を休めたいな)
ちょうど、グループの皆と乃愛は別々に行動しているところだ。
藤城君は別の友達と学食へ行き、芹沢さんと和泉さんは乃愛を連れて購買に行き、そのままどこかで食べてくると聞いている。
……せっかくぼっちを脱却したのに、自分から1人になりに行くなんて、皮肉が効いている。
苦笑を零しながら、弁当とラノベを持ち、教室を出ようと立ち上がった。
(そう言えば、こうして1人でご飯食べるのも久しぶりだなぁ)
そう思いながら、教室を出たところで、
「わっ……!」
「って……!」
誰かとぶつかってしまった。
少し距離を取って、相手を確認すると、その人は前の体育の時に俺に絡んできたこのクラスの別のリア充グループの男子のリーダー格、
倉科君はぶつかったのが俺だということが分かると、露骨に顔を顰め、舌打ちをする。
「気を付けろよ陰キャ野郎」
「あ、う、うん。ごめんね」
謝罪すると、倉科君が再度舌打ちをし、「どけ」と俺を押し除けるようにして教室に入っていく。
その態度には、俺も少しもやっとしたものを覚えるけれど、気にし過ぎても俺が損をするだけだと割り切り、気を取り直して俺は歩き出す。
すると、
「鳴宮!」
背後から誰かに名前を呼ばれる。
俺が振り返ると、その人物は少し意外な相手だった。
「えっと……どうしたの? 石浜君」
彼、
でも、俺とは一言二言くらいしか会話したことがない。
そんな彼が、俺の方に特徴的な人懐っこい笑みを浮かべて、気さくな感じで駆け寄ってきて、心配そうに眉を顰めた。
「今の見てたぞ。大丈夫か?」
「え、あ、う、うん」
「ったく、倉科の奴ひでえよなぁ。鳴宮が気に食わないのかなんなのか知らないけど、当たり強過ぎだっつの」
なんで話しかけに来たんだろうと思ったけれど、どうやら心配して声をかけに来てくれたらしい。
いきなり話しかけられて、動揺する俺に気付いていないのか、石浜君が不満そうにぼやく。
「……仕方ないよ。俺みたいなのが出しゃばってる感じになってるし」
「いやいやいや。確かに俺だって最初はお前のこと暗いぼっちオタクだって思ってたけどさ」
「はっきり言うね……まあ、実際そうなんだけど」
「でも、最近のお前なんか凄えじゃん」
「え、い、いや……そんなことないって」
「そんなことあるだろ? 謙遜すんなって。いつの間にか、拓人とか、空ちゃんとか、梨央ちゃんとも仲良くなって、トップカーストの仲間入りしてんだぜ? これが凄くなきゃなんだってんだよ」
力説され、俺はたじろぐ。
「だからさ。最初はお前のことをさっき言った感じで思ってたけど、今は俺もお前にちょっと一目置いてるってわけ。まあ、こう言ったら凄え現金な手のひら返し野郎に聞こえるかもだけどさ」
「そ、そんなことないよ! こうして気にかけてくれるだけでも、俺がしたらありがたいしさ!」
「なんだよ、お前いい奴かよ! いやマジで見た目とかで話さずに判断してて悪かった!」
そう言い、石浜君は両手をパンッと合わせてきた。
俺からしたら彼の方がいい人なんだけどな。
「えっと、気にしないで。そう見られても仕方がない行動取ってたのは俺なんだし」
「やっぱいい奴! まあ、とにかく、なにか困ったことがあったら力になるぜってことと、これからよろしくってことで声かけてみた」
「うん、ありがとね。なにかあったら、ぜひ頼らせてもらうよ」
「おう! あ、連絡先交換しとこうぜ」
「う、うん」
言われてスマホを取り出して、俺は石浜君と連絡先を交換した。
「おし、オッケー。あ、呼び止めて悪いな! 今度一緒に遊びに行ったり、飯行ったりしような! 優陽!」
「へ」
急な名前呼びにぽかんとしたままの俺をその場に置いて、石浜君は教室の中に戻っていった。
(……凄い、あれが真性の陽キャか)
彼がクラスのムードメーカーを務めている理由がなんとなく分かる。
連絡先も交換したわけだし、これは、新しい友達が出来たって思ってもいいのかな?
それはちょっと分からないけれど、クラスの中に自分のことを認めてくれている人が出来たということは確かだろう。
さっきまでのもやっとした気分は完全になくなり、代わりに新しい連絡先が加わって、少し重くなったような気がするスマホを握り締めながら、俺は込み上げてくる喜びと気恥ずかしさのようなものを噛み締め、再び歩き始めたのだった。
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