第78話 陰キャは目に焼き付けてしまう
翌日。俺は制服に着替えた状態で、乃愛のマンションの前に立っていた。
(……一応電話を入れてみたけど、案の定応答なかったし)
まあ、考えてもみれば、乃愛の普段の活動時間は深夜帯で、完全に昼夜逆転のような生活を送ることが多かったのは目に見える事実で。
急に生活を正し、規則正しい就寝と起床をしろと言われても無理があるか。
俺だって、長期休み明けの早起きはしんどいし、そんな生活を何年も続けてきたのなら、なおさらしんどいだろう。
(それに、鍵も受け取っちゃったし、約束もしちゃったからなぁ……)
1度引き受けると言ってしまった以上、仕方がない。
でも、やっぱり簡単に合鍵なんて渡すべきじゃないとは思うけど。
俺はポケットの中に入っている鍵を意味もなく弄んでから、オートロックを解除する。
当たり前のことなんだけど、本当にこの鍵で解除出来てしまって、これが本当に乃愛の部屋の合鍵なんだということが今更ながら再認識出来てしまった。
緊張を覚えながらエントランスに入ると、人とすれ違って、ぺこりと会釈されたので、俺も慌てて会釈を返す。
挙動不審になってなかったかどうか不安になりつつ、乃愛の住んでいる階層へとエレベーターで向かう。
乃愛の部屋の前に辿り着いた俺は、扉の前に立って何度か深呼吸をした。
それから、念の為にインターホンを鳴らす。
……。
…………。
………………。
うん。まあ、分かってたけど、返答なしっと。
これで起きてくれてたらいいんだけど。
そう思いながら、部屋の鍵を開けた。
「乃愛ー? 入るよー?」
声をかけながら、玄関を上がり、静かな廊下をゆっくりと歩いていき、寝室の前に着いた。
扉を軽くノックし、もう1度「乃愛ー?」と声をかける。
やっぱり反応はない。
ここまでやって反応がないって……よっぽどぐっすり寝てるんだなぁ。
そっと扉を開け、中を確認すると、ベッドにこんもりとした山が見えた。
近付いてみると、乃愛の姿は見えず、完全に布団の中に収納されていた。
俺は一瞬躊躇いつつも、布団を剥がす。
すると、中では胎児のように丸まった乃愛の姿があった。
くぅ、くぅ、と寝息を立てる姿はあどけない寝顔と相まって、とても庇護欲をくすぐってくる。
(これだけよく寝てると起こすのがなんだかとんでもなく悪いことのような気がしてくるなぁ)
苦笑を漏らし、俺は乃愛の肩を軽く揺すった。
「乃愛、ほら、起きて。朝だよ」
何度か繰り返していると、まるでぐずるような「……んぅ」という反応が返ってくる。
もう一押しかな。
「遅刻するよー、起きろー」
まあ、早めに来たし、まだまだ時間自体は余裕があるんだけど。
なおも揺すり続けていると、乃愛の目が薄っすらと開いていく。
それから、乃愛はゆっくりと身体を起こした。
でも、目は開いたと思った目は閉じられ、頭が首の支えを失ったようにゆらゆらと揺れている。
真っ白な髪の毛は、あちこちがぴょこんと跳ねていた。
「おはよう」
「……ぉぁょ」
言いつつ、乃愛がもぞもぞと布団に帰ろうとする。
「はいはい、2度寝しない。朝ごはん作るから、その間に顔洗うなり、着替えるなりしておきなよ」
「んぅー……めんどー……ねむいー……」
乃愛の手を掴んで立たせ、背中を押して、洗面所に押し込んだ。
気分は完全に父親である。
「冷蔵庫開けるからねー」
返事はなかったけど、洗面所からは水を流す音が聞こえてきたので、とりあえず大丈夫そうだ。
(……食材は一通り揃ってるね)
俺は卵やベーコンを取り出して、食パンをトースターに入れた。
献立はスクランブルエッグサンドとインスタントのコーンスープ。それとカフェオレだ。
並行していくつか作業をこなしていると、洗面所の扉が開き、なおも眠そうにしている乃愛が出てきた。
目はやっぱり開いてない。……めんどくさかったのか、水を出したものの眠過ぎて顔を洗うまで至らなかったのかは定かじゃない。
(これはひとまず眠らない内に先に着替えさせた方がいいかもしれない)
そう判断した俺は、また乃愛の背中を押して寝室に逆戻りした。
「ほら、着替えて」
「んー……」
呻き声と共に、乃愛が服の裾に手をかけて、俺の目の前で服を捲り上げて……って、え?
ゆっくりと服が捲り上げられていき、白くて細いくびれと、真ん中にちょこんと窪んだ形のいいへそが見えた。
突然のことに思考がフリーズして、俺は声も出せずに乃愛をそのまま眺めてしまう。
それから、すぐに小柄な割にしっかりと膨らんだ胸の下部分が——。
「うわぁぁぁぁあああっ!? 乃愛! ストップストップ!」
叫びながら、俺はようやく視界を手で覆う。
(見えっ……! 今完全に半分くらい見えっ……!)
そんな俺の目の前で、動きを止めた乃愛のぼんやりとしていて焦点の合わなかった目に焦点が合っていき、そして、
「………………っ!? っ〜〜〜〜!?」
脳みそが現状を理解したのか、乃愛が凄い勢いで顔を赤くして、服の裾を下まで下ろした。
「………………み、見た……?」
「……」
俺は返事をすることが出来ず、そっと目を逸らす。
その反応を肯定と取った乃愛が、視界の端でガバッと布団を被る。
「ゆ、優陽くんのラノベ主人公っ!」
「いくらなんでも理不尽が過ぎるよ!」
乃愛が布団を被り、俺が寝室を出たその後、乃愛は寝室から10分くらい経っても出てくることはなかった。
不幸中の幸いだったのは、網膜に焼き付いた光景の中に、胸の先端までは確認出来なかったことだろう。
というか、なんで下着してないのさ……!
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