第77話 合鍵

 色々と慌ただしい1日が終わり、放課後になった。


(……ふう。どうにか初日は乗り越えることが出来た、かな)


 休み時間、空き時間の度になにかと人に話しかけられ続けていた乃愛だったけど、こうして時間が経つに連れ、それも徐々に落ち着いていった。


 話題の転校生との会話の内容なんてすぐに広まるので、徐々に気になる転校生にする定番の質問が尽きていき、質問者が減っていったのだろう。

 あとは、乃愛が人見知りで会話が苦手という情報を皆に伝えたのが大きいと思う。


(……まあ、実際には人見知りじゃないんだけど)


 距離感を測るのが苦手と言うよりはピンとくるだろうし、そこはそういうことにさせてもらった。


 帰る準備をしつつ、ちらりと乃愛をうかがえば、なにやらまた数名の男子生徒に話しかけられていた。

 何度かやりとりを往復させ、最終的に男子生徒たちは微妙な顔になり、乃愛から離れていく。


(……っ! もしかしてなにかやらかしちゃった……!?)


 慌てて腰を浮かせると、なぜか男子生徒たちが去り際に複雑そうな顔を俺に向けてくる。

 え、なんで俺の方を見てくるんだろう……。


 怪訝に思って、ついその場で動けずに固まっていると、乃愛が立ち上がり、俺の方に向かって歩いてきた。


「優陽くん、一緒に帰ろ」


 乃愛の言葉に、周囲からの視線が集まる。

 

「あ、ああ、う、うん」


 ……咄嗟に頷いてしまった。

 いや、でもこの状況で断る方が難しいよね? 

 

 周囲からの好奇の目を集め、どうにも居心地が悪い中、俺はグループの皆に挨拶をして、乃愛と一緒にそそくさと教室を抜け出した。


 だと言うのに、周りからの好奇の視線は廊下に出ても続き、学校から少し離れたあたりでようやく感じなくなったので、安堵の息を漏らす。


「とりあえず、お疲れ、乃愛。初日はどうだった?」

「……ん。疲れた。凄く」


 表情の薄い乃愛の顔に確かな疲労感が滲む。

 

「そうだろうね。本当によく頑張ってたよ。……ところでさっきはなにを話してたの? なんか凄い微妙な顔されてたけど」

「ん。親睦を兼ねて今度何人かで遊びに行こうって誘われてた」

「へえ、それで? 乃愛はどう答えたの?」

「優陽くんも一緒でいいなら行くって」

「あー……なるほど。通りで」


 本人たち的には乃愛とお近付きになる為に親睦という名目で声をかけているのに、目当ての女子と親しい男がいてもいいならと言われたら、そりゃあんな顔になるよね。


「まあ、そういう目的を防げただけでもいいのかもしれないけど、とりあえずやらかしポイント加算で」

「……そうなの? 私はただ仲のいい友達も混えて一緒に遊びたいって言っただけなのに、難しい」


 断り方としては、多分間違ってないんだろうけどね。

 あまり変に注目を集め過ぎて、関係性を変に勘ぐられるのは俺にとっても、乃愛にとってもよくないだろう。


 どうすればよかったのか、解決策を考えていると、「……優陽くん」と袖がくいっと引かれた。

 そっちを見れば、心なしか不安そうにしている乃愛が、俺を見上げてきていた。


「……私、上手くやれてた?」


 その質問に、俺は思わず足を止める。

 

「……変じゃなかった?」

「……うん、大丈夫だよ。皆、休み時間とか空き時間の度に乃愛と話そうとしてきたでしょ?」

「ん」

「あれは、転校生ってことで注目を集めているだけじゃなくて、乃愛のことを知りたいって思ってくれてたからだと思うんだ。とっつきにくい人だって思われたら、誰も話しかけになんてこないよ」


 実際、乃愛は俺たちのサポートがあったにしても、前日まで引きこもっていたとは誰も思えない程度にはちゃんと会話が出来ていた。

 

 だからこそ、何人かと連絡先も交換出来たんだと俺は思う。

 連絡先なんてパーソナルな情報、仲良くなりたいと思った相手としか交換しないだろうし、登校復帰初日にしては十分過ぎるほどだ。


 それを伝えると、乃愛は安堵したように、微笑を浮かべた。


「ん。よかった」

「この調子で、明日からも頑張ろうね」

「ん。……安心したらもっと疲れが出てきた。おんぶしてほしい」

「それはダメ。ちゃんと自分の足で歩いて。誰が見てるか分からないんだから」

「……ちぇー」


 不満そうにしながらも、乃愛は歩を進める。

 そのまま、話題は他愛もないことにシフトし、歩いていると、間もなくマンションが見えてきた。


「どうする? このまま俺の部屋に寄っていく?」

「そうしたいところだけど、今日はさすがに疲れたから、帰る」

「そっか」


 そりゃそうだよね。

 そして、俺は自分のマンションの前で立ち止まる。


「それなれ今日の通話はやめておく?」

「……それはする」

「分かった。じゃあまたあとでね」

「ん。……優陽くん、これ」

「ん?」


 差し出されたなにかを受け取り、確認する。

 ……鍵とカード?


「えっと、これは?」

「私の部屋の合鍵と、オートロック解除用のカード」

「………………ん? ん!? なんで!?」


 なんでいきなりこんなものを渡してくるの!?

 乃愛の意図が分からないで困惑していると、


「……私、朝苦手。今日は初日だから、失敗しないようにってどうにか起きられたけど、毎日だとさすがに自信がない。だから、起こしに来てほしい」

「いやいやいやいや!?」


 だからじゃないよ!? そんな簡単に合鍵渡してきちゃダメでしょ!?


「お手伝いさんは!?」

「朝からいるわけじゃないし、来てくれるの週1だから」

「通話で起こすとかさ!」

「ん。私、自慢じゃないけどアラームは気付かずうちに止めて2度寝かますタイプ」

「本当に自慢じゃない! ダ、ダメだよ! いくら友達でも、こんな簡単に異性に合鍵渡したら!」

「……どうして?」

「へ? そ、そりゃ……」

「私は優陽くんがなにかするとは思ってない。優陽くんを信じてるから、鍵を渡す。なにか間違ってる?」

「う……」


 間違いなく、言っていることは俺の方が正しいはずなのに、こうも真っ直ぐに見つめられると、自分の方が間違っているような気がしてきて、二の句が告げずに、俺は黙り込んでしまう。


 そんな俺を、乃愛はなおもジッと見つめてきた。

 その視線を受け続けた俺は、


「……なるべく頑張って起きててね……?」


 あっさりと白旗を揚げ、鍵を受け取る選択をしてしまったのだった。






***


あとがきです。


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