第76話 白髪美少女の特技

「——え!? スカウト!? しかもほろぐらむから!?」


 俺と乃愛から説明を聞き終えた芹沢さんがぎょっと目を剥き、驚きの声を上げる。

 

「ちょっ、声が大きいよ……!」

「あ、ごめん、つい」


 俺たちは乃愛の転入の経緯を話す為に人気のない所に移動してきていた。

 

 乃愛は転校初日で注目を集めているし、俺と乃愛が友人関係にあるということも今朝の件で知れ渡っているので、教室だと聞き耳を立てられ過ぎているからだ。


 実際、ここ、昼休みの部室棟の裏に移動してくるまでもかなり人目を集めてしまっていた。

 芹沢さんは元々人目を惹き付けるし、そこに容姿だけで言えばもっと目立つ乃愛が加わったのだから、仕方ないことなんだけど。


 ……ちなみに俺はもちろんなんだあの陰キャみたいな目で見られた。


「なるほど。とりあえず転入してきた理由は分かったよ。じゃあ、敬語とちょっと声高くしてるのは?」

「ん。口調は距離感測るのが苦手だから一定の距離を意識する為。声音は身バレを防ぐ為」

「あー……確かに乃愛ちの声って独特だしね。私みたいにVtuber好きなオタクならすぐ分かるかも。現に私も第一声で似てるなーって思ったし」

「どっちも優陽くんの提案。練習にも付き合ってもらった」

「なるほどねえ」


 納得しつつ、芹沢さんがなぜか俺の方をちらっと見てきた。


「優陽くんが敬語キャラが癖だから単に見てみたかっただけだったりしてー」

「そ、そんなわけないじゃん! これにはちゃんと理由があるんだって!」


 確かに敬語キャラは癖だけども! 異性の友人に自分の癖を押し付けるような真似なんてするわけないじゃないか!


 否定していると、芹沢さんがからかうような笑みを浮かべ、少し前屈みになって俺を見上げる姿勢を取った。


「えー? ほんとですかぁ?」

「くっ! ここぞとばかりに小悪魔系敬語キャラっぽい振る舞いを……!」


 不覚にもちょっとグッときてしまったのが悔しい。

 ……ってそうじゃなくて!


「本当にわけがあるんだよ……」

「わけって?」

「……言うよりも実際に見てもらった方が分かりやすいかも。……乃愛」

「ん?」


 呼ぶと、乃愛がこてんと首を傾げる。


「三等分の許嫁長女」

「へ?」

「ん。『——もぉ、しょうがないなぁ〜。お姉ちゃんちゃんに任せといて♪』」

「え!? ……んん?」

「次女」

「『——わたし、あなたのことなんて大っ嫌いですっ』」

「……んんん?」

「三女」

「『もーっ! この可愛い私がこんなにアピールしてるのにどーしてあんなに適当にあしらわれないといけないの!?』」

「……」


 俺の合図に合わせて、乃愛が3通りの声を発し終えると、芹沢さんが驚きと困惑の眼差しを俺たちに向けていた。


「どう思った?」

「す、凄いそっくりだった……けど……」

「けど?」

「………………びっくりするくらい表情筋が動いてなかった」


 そう。乃愛はボイトレの成果で声域がかなり広く、実はモノマネがかなり上手い。

 けれど、なぜか抑揚まで完璧に再現出来ているのに、表情筋がいつもと同じくまるで動かないという奇妙なことになってしまうのだった。


 例えるなら、絶対音感を持っているのに音痴、みたいな凄まじい宝の持ち腐れの特技だと思う。


「この感じでなんかこう、敬語以外の、例えば元気系な感じで皆の前で話したらどうなると思う?」

「……浮くね。間違いなく」

「でしょ? その点、敬語だと無理にキャラを演じなくてよくて、違和感がなかったんだよ」


 説明を聞き終えた芹沢さんはしかつめらしい顔で「そういうことかー」と頷いた。

 俺の癖の結果じゃないと分かってもらえてなによりだ。


「でも、ほろぐらむからスカウトなんてほんと凄いよ! おめでとう、乃愛ち!」

「ん。まだデビューするって決めたわけじゃないけど、ありがとう」

「私も出来る限りサポートするから。出来ることがあったらなんでも言ってね」

「ん。ありがとう」


 乃愛がぺこりと芹沢さんに頭を下げる。

 こういう時だからこそ、より芹沢さんが友達で本当によかったと思う。


 きっと男の俺には分からない悩みだってあると思うし、人間関係の構築なんかの悩みは、彼女の方が俺なんかよりずっと適任だ。


「じゃあ、私先に戻って拓人と梨央にVtuber関連のことを避けて乃愛のこと伝えておくね」

「うん。よろしくね」


 芹沢さんがたたっと駆け足で去っていくのを俺と乃愛はこの場に残って見送る。

 どうして俺たちは教室に戻らないかというと、


「じゃあ、ざっと校舎内を案内していくよ」

「ん……その前に、少しいい?」

「どうしたの?」


 とてとてと、乃愛が歩み寄ってきて、俺の肩口に額をとんと押し付けた。

 乃愛の香りがふわりと鼻腔をくすぐり、肩口に乃愛の静かな息遣いが伝わってくる。

 

「ど、どうしたの?」


 突然のことにドギマギしながら聞くと、乃愛は肩口から顔を上げないで、くぐもった声で答えてきた。


「……さすがに疲れたから、少し充電。……だめ?」

「いや、ダメって言う前にもうやっちゃってるからね? ……まあ、いいよ。よく頑張ったね」

「……ん」


 休み時間の度に数人に囲まれ、質問され、見物人が集まり、きっと、かなり居心地が悪かったはずだ。

 昨日まで引きこもりで、大勢と接することのなかった乃愛が疲れるのも無理もない。


 こういったスキンシップをされるのは大変心臓に悪いし、出来るなら控えてほしいけれど、まあ、こうやって甘やかすのは俺にしか出来ないことなので、肩くらい貸してあげよう。

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