第75話 陰キャ、見事に見せ場をかっさらわれる
「——ねえねえ白崎さんってどこの学校に通ってたの!?」
「か、海外の方に。日本へは親の仕事の都合で戻ってきた感じです」
「——その髪って地毛なの!? めっちゃ綺麗で羨ましいー!」
「あ、ありがとうございます。祖母がロシア人なので、地毛です」
「——このあと親睦会を兼ねて遊びに行こうよ!」
「す、すみません。このあとはちょっと予定が……せっかくお誘いいただいたのにごめんなさい」
先生が出て行ってからすぐ、乃愛は大勢の生徒に囲まれてしまった。
白髪の美少女が転入してきたという噂はさっきの今でもう広まり始めているらしく、廊下には乃愛を一目見ようとして、他クラスの生徒も集まってきている。
乃愛はたどたどしいながら、多方面からの質問にちゃんと答えることが出来ていた。
その様子を傍から見ていた俺は、
(……あれはそろそろ限界かな)
乃愛の限界を見てとっていた。
淡々としていて、表情には出ていないけれど、引きこもりで俺以外の人間が得意じゃない乃愛があの人数に囲まれて平気なわけがない。
それに、ただでさえ乃愛は身バレ対策の為に普段とは口調と声音をほんの少し高く変えているので、まだ長時間、俺以外と接するのは無理がある状態だ。
乃愛は元々、歌の為にボイトレをしていて、声域はかなり広いらしく、疲れるからやらないだけで、声音を変えるくらいわけないらしいけど。
今は緊張や不安のせいで、多分もっと長くは続かないだろう。
それでも、俺がすぐに助け舟を出さずにこうして見守っているのは本人立っての希望だから。
乃愛が人間関係に慣れる為に、こういう状況になってもすぐに助けないでほしいと言われていたからだ。
(……でも、さすがにもう見てられない)
今、こうしている間にも質問の波は乃愛を襲い続けていて、いくら乃愛の頭の回転が早くても、完全にキャパオーバーしてしまってる。
しかも、皆、乃愛に話しかけることに夢中で、乃愛の表情が出づらいことも手伝って、乃愛の様子に気が付いていない。
「ねえ、優陽くん」
乃愛に助け舟を出そうと腰を浮かしかけたところで、近付いてきた芹沢さんが声をかけてきた。
「なに?」
「乃愛ちが転入してきたことは凄く気になるし、優陽くんは事情を知ってるだろうから、聞きたいことだらけだけどさ」
「……うん」
「その前に乃愛ちに助け船出した方がいいよね? 私行って来ようか?」
俺が目立つことが苦手なのと、乃愛が学校に行かなくなった経緯をこの間聞いて、事情を知っている芹沢さんが、俺と乃愛を慮ってくれて、そんな申し出をしてくれた。
ありがたいと思いながら、俺は首を横に振る。
「……ううん、大丈夫。俺が行くよ」
俺は、トップカーストグループに入ったのに、未だに目立つのが苦手だ。
でも、俺には自分の中で、俺が声をかけられなかったせいで、芹沢さんにケガをさせてしまった時から、決めていたことがある。
それは、2度と同じ後悔を繰り返さないということ。
確かに、あんな中に入っていって声をかけるのなんて、気後れしてしまう。
でも、乃愛がもっと勇気を出してこの場にいるのに、彼女の1番の友人である俺が、ひよっているわけにはいかないから。
俺は芹沢さんの「……そっか」という呟きを背中に受けつつ、深呼吸をしながら、人だかりに向かって歩いていく。
そして、人だかりの前に辿り着いた俺は、唇をきゅっと引き結び、拳を握った。
人だかりの隙間から、こっちに気が付いた乃愛と目が合ったので、俺は安心させるように笑みを浮かべ、声を出そうと口を開き——。
「——はいはい皆、そんなに取り囲んだら転校生が困ってるでしょー」
声を出す前に、和泉さんがぱんぱんと手拍子をして注目を集めた。
「廊下で見てる人たちも、見せ物じゃないんだから。そんなに見てたら白崎さんが居心地悪いでしょ。散った散った」
和泉さんの鶴の一声で、ギャラリーが散っていく。
その場には、乃愛を含めた数人と、完全にタイミングを逃して呆然としている俺だけが残った。
「……あ、あのさ優陽くん。えっと、なんていうか……」
気の毒そうに近付いてきた芹沢さんが、俺の肩をポンと叩く。
「ど、どんまい」
「……うん。ありがとう」
行き場のない気持ちを抱え、がっくりと肩を落とした俺と慰めてくれている芹沢さんを、和泉さんがきょとんとしながら見つめてくる。
「ええっと……よく分からないけど、もしかして私なにか余計なことをした感じ?」
「……いや、助かったよ。乃愛、大丈夫?」
名前で呼ぶと、周囲にいた人が目を見開き、ざわついた。
まあ、クラスの陰キャが転校生に親し気に話しかけて、名前で呼んでたらそういう反応になるよね、うん。
絶対こうなるって分かってたから、あらかじめ乃愛には学校での俺との関わりをどうするか話していたんだけど、乃愛が俺と関わりたいと言ったので、俺たちは転入以前からの知り合いで友人であることを隠さない方針にしたわけだ。
「うん、大丈夫。そっちの人もありがとうございます」
乃愛が和泉さんに向かって頭を下げた。
「あ、ああ、うん。……えっと、もしかして、鳴宮と白崎さんって知り合い?」
「あはは……実は友達なんだ、俺たち」
俺のカミングアウトに、話を聞いていた周囲の人たちが、より一層ざわついたのだった。
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