第74話 そうして、彼女は新たな1歩を踏み出した

 数日が経過して、テストも無事に終わって、どことなく解放感に包まれる教室。

 そんな教室の中、皆が話している話題は、とあることで持ち切りだった。


 その話題というのは、


「……それにしても、この中途半端な時期になんて珍しいよね」

「まあなぁ。ってか転校生自体が珍しいよな。小学生の時はちょいちょい来てたけど、中、高で転校生なんて滅多に来なくねえか?」


 そう。

 このクラスに転校生がやってくるらしいのだ。


「どんな子が来るんだろうね。……女の子らしいけど、まあ、どんな子が来ても1番可愛いという私の立場は絶対に揺らがないけどね」

「……そうだね」


 自信満々に胸を張っている芹沢さんの横で、俺は転校生という話題にイマイチ乗り切れずにいた。

 と、言うのも、からだ。


 だから、俺が今抱えている気持ちは皆のようにどんな人が来るんだろうという好奇心ではなく、漠然とした不安。


(……本当に大丈夫かなぁ)


 顔に心配が出てしまっていたのか、芹沢さんが不思議そうに首を傾げ、見上げてくる。


「どうしたの? 優陽くん」

「あ、ああ。いや……なんでも——」


 いや、芹沢さんには話しておいた方がいいかも。

 そう考えて、口を開こうとすると、ちょうど先生が入ってきてしまって、話すタイミングを逃してしまった。


 仕方がないので、会話を切り上げて自分の席に戻ることに。


 先生がお決まりの定期連絡を淡々と話していって、数分後。ついにその話題が先生の口からも話された。


「皆もう知ってると思うけど、今日はこのクラスに転校生が来る。仲良くしてあげてくれ。——それじゃ、入ってきてー」


 俺自身が何度も聞いたことのある先生の前口上が告げられ、教室の扉が控えめに開かれ、噂の転校生が教室に入ってくる。


 その子が教室内に入ってきた瞬間、ざわめきが一気に消え去り、代わりに誰かが息を呑むような音が聞こえてきた。


(気持ちは分かる。俺だって顔を知らなくて、初対面だったらきっと同じ反応をしてたと思うし)


 視線を集めるその子が、ゆっくりと中央に向かって歩くのに合わせて、綺麗な真っ白な髪がさらりと揺れる。


 やがて、その子は中央に辿り着き、なにを考えているか分からない感情の薄い顔と、青い目をこっちに向けた。


「じゃあ、自己紹介してくれる?」

「……はい。——白崎乃愛です。これからよろしくお願いします」


 そうして、その子……乃愛は俺の通う高校の制服を着て、今、俺たちの前に立っていた。


 どうしてこういうことになっているのか、話は先週の乃愛に大手事務所からスカウト受けた、また数日後くらいに遡ることになる。






 その日、俺は勉強会を終え、芹沢さんとの夕飯も終わり、いつも通り乃愛と通話をしながらゲームをしたりして過ごしていた。


「そろそろ別のゲームする?」

『……ん。それもいいけど、少し休憩したいかも。雑談タイムがいい』

「りょーかい。……そう言えば、スカウトの件はもう話を聞いたの?」

『ん。聞いた。期限はまだあるから、ゆっくり考えてみてほしいって言ってもらえてる』

「そうなんだ」


 それだけ白峰のえるという存在が買ってもらえているということなのかもしれない。


(乃愛も気持ちとしては絶対にスカウトを受けたいと思ってるんだろうし……)


 どうにか乃愛の問題を乗り越える案が浮かべばいいんだけどな。


『……優陽くん』

「……」

『優陽くん』

「あ、ご、ごめん。なに?」

『……私、考えた。というか、あれからこの数日間ずっと考え続けてる』

「……うん。それは俺もだよ」


 俺だってここ数日、そのことを考え続けてる。

 どうにか乃愛の背中を押してあげたいと思ってる。


『そうしたら、1つ。考えが浮かんだ』

「考え?」

『うん。……私の苦手意識を乗り越えるには、これが1番いいと思う』

「そんな案があるの?」

『ん。……私が学校に通う』

「………………え? ええ!? 学校に通う!?」

『ん。そう言った』


 乃愛の声はどこまでも淡々としていた。

 俺には、その声がとっくに覚悟を決めたものだということが伝わってきてしまう。


「な、なんでそんな無茶を?」

『……苦手意識を覚えたのが学校なら、それを克服するにも大勢がいる環境に飛び込んで、慣れるべきだと思った』

「そ、れは……そうかもしれないけどさ」


 理には適っている。

 けれど、本当にそれを実行に移していいのだろうか。

 俺が言葉をまとめていると、乃愛が続ける。


『確かに、学校に通うなんて怖い。大勢の中に飛び込むのは怖い。配信の時間だって減るし、そんなことをするくらいなら引きこもって、必要最低限の人と関わるだけの今の生活続ける方が楽』

「……でも、もう決めたんでしょ? 俺には分かるよ」

『ん。決めた。だって、これが私のやりたいこと。憧れの事務所からスカウトなんて、もう来ないと思った方がいい。だから、未来の為に私は学校に通って、人間関係に慣れたい』

「……そっか。分かったよ」


 元々俺が反対するようなことじゃない。

 乃愛がしっかりと考え、覚悟を決めたことなら、俺に出来るのは応援とサポートだろう。


『でも、さすがに誰も知らない場所に飛び込むのは無理だから、優陽くんが通う学校に私も通いたい』

「って言ってもどうするの? 転入の仕方なんて俺は分からないし」

『ん。そこは大丈夫。もうお父さんたちには話してて、お父さんとお母さん、顔が広いから、優陽くんの学校のお偉いさんと知り合いらしくて、私が頷けばすぐに転入手続きを進めてくれるって言ってる』

「さ、さすがお金持ち……あ、でも勉強とかどうするの?」


 いつから学校に通ってないのか、詳しいことは聞いてないけど、いきなり高校2年生から通い始めて付いて来るのって、相当大変なんじゃ……。


『ん。それも大丈夫。学校に行かなくなった代わりにお手伝いさんに勉強を教えてもらってたから。お父さんとお母さんは私に優しいけど、そういうところはちゃんと厳しい。引きこもる時の条件』

「そっか。いいご両親だね」

『ん。自慢の家族。尊敬してる。……転入するにあたって、他にやっておかないといけないことってなにかある?』

「えっと、そうだなぁ」


 こうして、俺と乃愛は転入するにあたって意識しないといけないことをいくつか話し、やがて、その日を迎えることになったわけだった。

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