第70話 すっぴんでも可愛いと思ったことは否定しないよ
「あれ? もう戻ってきたの? 早くない?」
およそ5〜10分くらいの時間で風呂から上がってきた俺に、芹沢さんが言う。
「……とてもじゃないけど、ゆっくりしようって気分にはなれなかったんだよ」
だって、クラスメイトの女の子が入った直後の浴室だよ?
立ち込める湿気とか匂いとか、明らかに使用後感満載の椅子周りの水滴とか、色々と生々し過ぎて無理だった。
あの状況で意識せずにいられる男はきっと存在しない。俺がなんかこう、特別ヘタレなわけじゃないはず。違うよね?
「……へー、意識したんだ? ふーん? へー?」
「……なんでちょっと嬉しそうなの?」
まさかとは思うけど性的な目で見られたいの? いやいや、まさか。
イメージが頭に浮かびかけ、どうにか振り払った。
けど、一瞬でも考えてしまったせいで死ぬほど気まずい……。
(まあ、かなり早く風呂から出たせいで、まだ乃愛の配信まで時間があるし、乃愛がいる間に平静を取り戻せば——)
『——優陽くん。少し早いけど、私配信の準備があるから今日はもう落ちる』
「……そ、そうなんだ。い、いつもよりかなり早いね……?」
『ん。今日は耐久配信だから、長丁場になると思うし、準備は念入りにしたい』
「そ、そっか。うん、分かった。頑張ってね。あとでアーカイブ見るよ」
『ん。ありがと』
ピロン、と通話が切れると同時に希望の糸も切れてしまう。
……まあ、もしなにかしらこのあとも気まずくなるようなことだったり、変なことを考えるようなことがあれば夜風(超強風大粒の雨付き)にでも当たりに行って頭を冷やせばいいよね。うん。そうしよう。
俺はそう心に決めて、ソファに腰を下ろす。
すると、芹沢さんもぽふんと俺から少しだけ距離を空けて、座った。
その際、ふわりと入浴したあとの人特有のいい匂いが香ってくる。
(え、なんでこんないい匂いなの? 俺と同じシャンプーとかだよね?)
服だって自分のを貸しているんだから、つまりは今芹沢さんから俺の匂いがしているということのはずだ。
……もしかして俺って超いい匂い? それとも芹沢さんの美少女因子が故?
困惑しつつも、俺はまじまじと芹沢さんの顔を見てしまい、少し違和感があることに気が付いた。
……なんだろう? 元々童顔だったと思うけど、いつもより少しだけ顔が幼く見えるような?
違和感の正体を探っていると、芹沢さんが不思議そうに首を傾げた。
「なに?」
「いや、なんか……なんだか芹沢さんの顔が幼く見えるなって思って」
「んー? いつもは老けて見えるってことかな?」
「ち、違うよ! そういうことじゃなくて!」
ビシリとこめかみに青筋が見えた気がして、慌てて両手を振りながら弁解する。
「なんてね。冗談だよ。そりゃお風呂上がりなんだから、今はすっぴんだもん。いつもは化粧してるし、そのせいじゃない?」
「……ああ! なるほど、そういうことか。芹沢さんって化粧してたんだね」
「そりゃするよー。と言っても薄めのナチュラルメイクだけどね。化粧しなくても私は可愛いけど、すればもっと可愛くなれるし、しない手はないよね」
へえ、全然気が付かなかった。
まあ、芹沢さんは可愛さに命をかけてると言っても過言じゃないわけだし、凄いお洒落だし、化粧しててもなんら不思議じゃないんだけど。
「つまりはすっぴんの私も可愛過ぎて思わず見惚れちゃったってことだね。さすが私」
「別に見惚れてたわけじゃないけど。すっぴんでも可愛いと思ったことは否定しないよ」
「……」
「どうしたの?」
「……いや、君。ほんとにそういうのわざとやってるわけじゃないよね?」
「え? なにが?」
顔を少し赤くして、じとっとこっちを見てくる芹沢さんに、俺が首を傾げて応じると、ため息をつかれた。
「まあ、君がそういう人だって分かってたけどさぁ。……今のは私以外に言わないでほしいかな」
「えっと? よく分からないけど、芹沢さん以外に言う人もいないだろうし、大丈夫じゃないかな?」
「乃愛ちがいるじゃん」
「じゃあ逆に聞くけど、俺と乃愛が化粧の云々について話すと思う?」
「………………ないね」
「でしょ。だから、大丈夫だよ」
「……ん。ならよし」
芹沢さんの様子が少しおかしいような気がしないでもないけど、こうして会話している内に俺の方は気まずさが薄れていた。
(まあ、さすがに芹沢さんも緊張してるんだろうし、アニメでも流しておこう)
とりあえずテレビを付けて、録画したものから今季のラノベの人気ラブコメを選ぶ。
すると、芹沢さんが「あ!」と目を輝かせた。
「私この回好きなんだよね! 原作のよさをもっと引き出してる神回だと思う!」
「分かる! 文字でも面白く笑ったのに、アニメになって動きが付いたことでもう笑いが止まらなくなったよね!」
「それー! 声優さんの演技がもう、ね!」
アニメを見始めると、さっきまでの気まずい空気はどこへやら。
俺も芹沢さんも完全にいつも通りの空気に戻っていた。
ありがとう、アニメ。オタクばんざい。
そのまましばらく和やかに、いつも通りに語り合いながらアニメの鑑賞をしている時だった。
「ねえ、優陽くん」
「ん?」
呼ばれて、そっちをちらりと一瞥すると、なぜか少し緊張したような面持ちのまま、こっちを一瞥することもなく聞いてきた。
「優陽くんはさ。……彼女欲しいとか思ったりしないの?」
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