第68話 お風呂で考える美少女陽キャと部屋で煩悩を払う陰キャ

「……とは言ったものの、どうアピールしたものかな」


 妄想タイムが終わって、服を脱ぎながら、私は独りごちる。

 

 というか、いくらアピールしたところで、結局のところ恐らく優陽くんが考えているであろう、自分なんかが釣り合わないという自信のなさをどうにかしないことには結局どうしようもないんだよね。


 脱いだ服を洗濯機の中に放りながら、私は「うーん」と悩みながら、浴室へと足を踏み入れる。


(それはそれとして、やっぱりアピールはちゃんとしておきたいよね)


 異性として意識させる為のアピールって一体どうすればいいんだろう? 参考文献がラブコメのものしかないからよく分からない。

 ああいうのって現実でやっていいものなのかな?


 今の状況に照らし合わせて想像してみると、


「……いや、お風呂関係のラブコメイベントなんて、どれも大概ラッキースケベイベントじゃん」


 バスタオル姿で外に出て誘惑しろと? 痴女じゃん。

 いくらなんでもリアルでそれをやったらドン引きされるだけだ。

 

 というか、それをやってる自分で想像して、自分で引いた。

 私がなりたいのはラノベみたいなラッキースケベ担当のヒロインなんかじゃなくて、最後に主人公と付き合って彼女になれる、メインヒロインポジション。


 確かに私は可愛い上に色気もちゃんと出せるタイプだろうけど、それをするべきキャラじゃない。

 シャワーを捻り、頭からお湯を被ると、浮かんだアイデアごと足元に向かって流れていく。


(けど、ラブコメ的イベントで喜びそうなのは間違いないんだよねぇ)


 なぜならオタクだから。

 オタクは大体異世界に飛ばされたり、可愛いヒロインが自分の人生に登場するイベントを1度は絶対に想像するものだから。


「……お泊まり系のラブコメイベントかぁ」


 でも、そういうお泊まり系って大体関係性がある程度進んでる段階、いわゆる付き合ってから始まる系だったりとかが多いよねぇ。


 それこそ、ソファで肩が触れ合うくらいのべったり出来る距離に恋人繋ぎしながら座ってテレビ見たり、とにかくイチャイチャしたり、キスしたり……いくところまでいったり……。


「……絶対ないと思うけど、一応いつもより入念に綺麗にしとこうかな……」


 念の為! 念の為にね? 絶対ないことは分かりきってるけどね?






 ほどなくして、シャワーの音が聞こえてき始めた。

 そんな中、俺はというと、


「——ふっ……! ふっ……!」


 テレビで最恐と言われていたホラー映画を流し、パソコンのモニターでお気に入りのアニメを流し、スマホでアニソンを流しながら、ひたすらスクワットに勤しんでいた。


(芹沢さんはお泊まりって単語を意識し過ぎるなって言われて一瞬納得したけど、やっぱ無理だよ!)


 美少女が自分の部屋に泊まる上、今シャワーを浴びているのにどうして、陰キャで異性慣れしていない俺が落ち着いていられようか。


 絶対になにもしないという鋼の意思ではあるけど、もし万が一、億が一、なにかあったら藤城君に顔向け出来ない。


 その結果として、ひたすら煩悩を払えそうなことを思い付く限りでとにかくやってみた結果が今のこれ。

 狙い通り煩悩どころじゃなくなったけど、普通に考えて情緒ぐちゃぐちゃになったよね。


 これで消えなかったら台風の中を全力ダッシュする羽目になっただろうから、よかった。

 

 でも、芹沢さんが風呂から出てくるまで、間違っても煩悩が蘇らないように、俺はこれを繰り返さないといけない。


「次は腕立てかな……」


 汗を拭いながら、ふとテレビの方を見ると、


 ——行為の真っ最中のシーンだった。


「……」


 気まず過ぎて、俺は無言でテレビを消す。

 ホラー映画なのになんでそこに力入れてるんだよ……!


 俺が今見てしまった映像を忘れ去るべく、もっとハードなトレーニングをしようとしていると、スマホから通知音が聞こえてきた。


「乃愛だ」


 そのメッセージを見て、いつも乃愛と通話をしながらゲームしている時間だということに気が付いた。

 集中し過ぎて気が付かなかった。


(乃愛と話してたら気にならなくなるかも)


 そう考えた俺は、通話に入るという返信しつつ、ヘッドホンを頭にかける。


『……台風凄いね』

「そう、だね」

『? 優陽くん、なんか息切れしてる? なにしてたの?』

「……ホラー映画と同時にアニメを見つつ、アニソンを流しながら筋トレしてたところ」

『……どういう状況?』


 ごめん。よく考えれば自分でもなんでこんな奇行に走ってしまったのか、分からない。

 普通にヘッドホンでアニソン流すだけじゃダメだったんだろうか。


「実はさ、台風が早くなったせいで、部屋に来てた芹沢さんが帰れなくなっちゃって……」

『………………もしかして、空ちゃんが優陽くんの部屋に泊まることになったの?』


 察しがいい。

 乃愛って人とのコミュニケーション苦手な割に頭の回転はかなり早いんだよね。

 だから、慣れたらちゃんと人との距離も測れるようになると思うんだけど。


「俺も泊まるのはさすがにどうかと思ったんだけどね、もうこうするしかなくて……」

『……優陽くん』

「ん?」

『それなら私に連絡してくれればよかった』

「え?」

『私の部屋近いし、空ちゃんを私の部屋に泊めてあげられる』

「……」


 その手があったか……! でも、もう芹沢さんは風呂に入ってしまっているので、今更気付いたところでもう遅い。

 それに、


「乃愛は芹沢さんを部屋に入れたりとか、泊まったりするのは平気なの?」

『…………ん。空ちゃんなら、まあ。優陽くんと空ちゃんが同じ部屋に泊まる方が、なんか……嫌』


 乃愛の呟きには、なにかこう、拗ねているというか、嫉妬みたいなニュアンスが混ざっているみたいだった。


『私も優陽くんとお泊まりしたかった。私だって優陽くんの友達なのに』

「いやいやいや、この状況は不可抗力だから! 異性を部屋に泊めるなんて普通にダメだから!」


 いくら乃愛の頼みでも、これだけはおいそれと聞くわけにはいかない。

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