第67話 陽キャ美少女はアピールがしたい
「と、とめっ!? 泊めて!? この部屋に!?」
言葉の意味を理解する前と理解したあとの数秒で、聞き間違えであることを疑ったけど、彼女の表情は冗談じゃないということを語っていて。
だと言うのに、言われたことが現実味がなさ過ぎて、冗談じゃないってことが分かっているのに、確認するように聞き返してしまう。
「うん。……そう、言ったよ」
芹沢さんが、唇をきゅっと引き結んでから俺に向けてくる視線も、言葉も、やっぱり肯定を示していた。
「い、いやいやいや!? 自分が今なにを言ってるかちゃんと分かってる!?」
「わ、分かってるよ。でも、台風が通り過ぎるのが朝までなんだから、そうする以外にないでしょ?」
「そ、それは……」
視線がまるで見つかりもしない反論を探して、泳ぐ。
見つかるわけがない。
だって、目を向けないようにしていただけで、そうするしかないって、俺自身が理解していたから。
口を閉ざした俺を見て、芹沢さんが続ける。
「ね? 仕方ないんだって。状況が状況だしさ。うんうん、仕方ない仕方ない」
「……なんかちょっと乗り気に見えるんだけど? 気のせい?」
「き、気のせい……とは言い切れないかもしれない。なんかラノベみたいだと思ったらちょっとテンションが上がっちゃって」
「そんな呑気な……」
思わず呆れが声に乗って漏れた。
(……この状況なら、もうこうするしかないって分かってるけど)
自分の中の倫理観と常識がそれをよしとしてくれない。
俺は色々とがんじがらめになった考えを一旦置き、そっと尋ねた。
「不安じゃないの? 友達とはいえ、異性の部屋に泊まるの」
「……不安はないよ。優陽くんのことは信じてるし。仮になにかされたとしても、文句なんて言わない。私が言い出したことだもん」
……その信頼は嬉しいけど、俺が俺自身を信じられないからなぁ。
もちろん、俺としてはなにかをするつもりなんてこれっぽっちもないけれど、仮になにかがあって、理性が切れた時の自分にまで、その保証は出来ない。
いくら陰キャでも、俺も男で、アニメやラノベ、マンガなどの可愛いヒロインに興奮したりもするわけで。
つまるところ、普通に性欲が存在している男子なのだ。
芹沢さんの言葉を受け、黙り込んでいると、芹沢さんが「……それとも」と、上目遣いでこっちを見てきた。
「するの? ……なにか」
「……しない、けどさ」
潤んで揺れる瞳に、俺はそう答える他ない。
「じゃあ、いい……?」
「………………」
俺は再び黙り込む。
やっぱり肯定するのはめちゃくちゃ抵抗がある。
そんな俺を見兼ねたのか、芹沢さんが少し考えるような仕草をして、口を開いた。
「ねえ、優陽くん。泊まりなんて単語に惑わされなければいいんじゃない?」
「どういうこと?」
「いや、私たちって別にこうして部屋で2人きりになってるわけじゃん」
「うん」
「だったら朝まで一緒にいるのって、別にいつもと変わらなくない? 状況が特殊で泊まりってことを意識し過ぎて、特別なことに捉えてるから変に緊張するんじゃないの?」
「……確かに」
まるで屁理屈染みた意見だけど、妙に納得出来た。
その結果、抵抗していた自分が嘘のように大人しくなっていく。
そんなこんなで、芹沢さんが俺の部屋に泊まることとなったのだった。
それから時間は経過して、ピピピ、と浴槽にお湯が張り終えた合図が鳴り響いた。
私はスマホから顔を上げ、優陽くんの方を見る。
すると、優陽くんもちょうどこっちを見てきて、数秒ほど見つめ合う形になった。
やがて、優陽くんは手のひらを上にして、お先にどうぞ、というジェスチャーをする。
「お先にどうぞ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。お風呂に入ってる間、洗濯機回していい?」
「うん、いいよ。服洗うの?」
「あー……それもあるけど、ね。その……着替えは貸してくれるのがあるけど、し、下着類とかの替えがないからね。お風呂に入ってる間に洗濯しちゃって、再利用したいなーと思いまして……」
「あ、ご、ごめん! 皆まで言わせちゃって! どうぞご自由にお使いください!」
「う、うん。だから、ちょっと長湯になるかもだけど、いい?」
「もちろん! ごゆっくり!」
幸い、優陽くんの部屋の洗濯機は乾燥機も付いているタイプ。
あまり長湯をして待たせちゃうのは申し訳ないけど、これで下着の替えの問題はクリアだ。
私は優陽くんから見繕ってもらった着替えを受け取って、いそいそと浴室に向かい、パタンと扉を閉めた。
そして、
(うぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!?)
心の中で大絶叫しながら、両手で顔を抑えながらその場でしゃがみ込んだ。
と、泊まりって絶対大胆過ぎたよね!? チャンスだと思って思わず勢いのまま言っちゃったけどさ!
余裕ぶってたけど、実は結構いっぱいいっぱいだったのバレてないよね!?
今更ながらに顔に熱が集まって、赤くなってきているのが両手から伝わってくる。
(……いや、落ち着け私! これは大チャンスなんだから!)
なんだかんだ言って、優陽くんへの気持ちを自覚してから、アピールらしいアピールがまったく出来ていなかったんだから。
ここはしっかりと意識させて、距離を近付けてみせる。
(けど、それはそれとして……この状況、なんか同棲っぽくていいかも……!)
付き合い始めて、2人で一緒に住んだらきっとこんな感じになるのかな、という妄想をしてなんだか幸せな気分になってきた私は、
「えへ、えへへへ……!」
お風呂に入ることをそっちのけで、数分間に渡ってその場にしゃがみ込んだまま、美少女らしくもないだらしない笑みを浮かべてしまったのだった。
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