第64話 チャラ男の正体

「「「えぇぇぇぇぇええええええええっ!?」」」

 

 俺が突然来訪者に拳を叩き込んだのを見て、芹沢さんたちが絶叫する。

 でも、今それに構っている余裕は俺にはない。

 

 ボディブローを叩き込まれ、その場に蹲るチャラ男の頭を冷たい視線で見下ろす。


「おいこら。どうして俺の部屋に入れた」

「ちょ、まっ……今答えられる状態じゃな……!」

「チッ。なら早く回復しろよ」

「お前がやったのに理不尽過ぎるだろ!?」

「そんなに元気な大声出せるならもう大丈夫だな。おら、とっとと答えろ」

「鬼かお前!?」


 うるさい。人の部屋に無断で入り込んでくるような奴にかける情けなんてない。

 敵意と不快感を隠さないまま、なおも蹲ったチャラい頭を見下ろしていると、


「あ、あの……優陽くん……? その人は……? 知り合い……?」


 芹沢さんが恐る恐る声をかけてきた。

 なので、俺は笑顔で答える。

 

「ん? ああ、気にしないで。全然知らない人」

「いや、知らない人がいきなり部屋に入ってきて、それを躊躇なく殴るのはどこ切り取ってもホラーだよ!?」


 ふむ。まあ、それもそうか。

 ……仕方ない。俺が急に不審者に殴りかかるような危ない奴だって思われるのは嫌だし、ちゃんと説明するとしよう。


 そう思っていると、蹲っていたチャラ男がゆっくりと立ち上がった。

 チッ、本当に回復しやがったか。


「知らない人だったとしても急に殴るのはなしだろ!」

「うるさい黙れ。無断で人の部屋に勝手に入ってくる奴が常識を語るな」

「……お前マジでおれに冷た過ぎん……? 仮にも親戚だぞ、おれ。なに? お前普段から人に対してこうなの?」

「お前だけだ。冷たくされる理由は自分の胸に聞けよ」


 はあー、とクソデカいため息をついて、俺は皆に向き直り、隣の軽薄野郎を親指で指差す。


「皆、驚かせてごめん。これ、俺の従兄弟なんだ」

「えー……紹介するのにそんなに忌々し気にすることある? ま、いいけどさぁ」


 だって身内だってことに嫌悪感すらあるし。

 

「というわけで。たった今ご紹介に預かりました。鳴宮優陽の従兄弟こと、有馬涼太ありまりょうた16歳でっす。好きなものはファッションと音楽。好きな女の子のタイプは——」

「誰も興味ねえよ。そこまで言わなくていい。あと肩組むな」


 馴れ馴れしい。

 俺が肩から手を叩き落とすと、チャラ男……涼太は「ちぇー」とつまらなそうにしていた。


「で、なんなの。お前、マジでなんで部屋に入れた。ってかなにしに来た」

「さっきも言っただろ? 様子を見に来たんだよ。おばさんから頼まれて。最近忙しくて様子見に行けてないからって、うちの母親経由で合鍵渡されてさ」

「クソッ、母さんのせいか。近況報告は定期的にしてるのに……」


 いくら遠くにいて、自分で様子を見に来れないからって、わざわざ隣県に住んでるこいつを寄越さなくてもいいのに。

 

「まあまあ。1人息子が心配なんだろーよ。それより、今度はそっちが説明する番だぜ?」


 涼太が芹沢さんたちの方を見てから、もう1度俺を見てきて、にやりと笑う。


「お前に説明する義理はない。話は終わりだ。とっとと帰れ」

「いやいやいや、忘れたか? おれは、おばさんに頼まれてお前の様子を見に来てんの。つまり、おれはおばさんにお前のことを話さないといけないし、お前はおれに説明しないといけないってわけ。OK?」

「………………チッ」


 相変わらずよく回る頭と舌だ。

 俺が苛立ちを隠そうとしないまま、舌打ちを放つと、涼太がそれを了承と取ったのか、更に口を開く。


「んで? どっちが優陽の彼女?」

「どっちも違う。俺なんかの彼女なんて失礼だろうが。ここにいる全員、俺の友達だ」

「なんだそっかー。けど、まさかぼっちだったお前にこんなリア充感丸出しの美男美女の友達が出来るなんてなー。おれは嬉しいぜ、マジで」

「なんでお前が嬉しくなるんだよ」

「いやーようやくお前のことをちゃんと見てくれる奴らが現れたってことだろ? よかったなー、おい」

「……まあ」


 それに関しては、否定はしない。

 ここにいる皆は、ちゃんと俺という人柄を見て接してくれていることが分かるから。


 ただ、こいつに言われて肯定するのはなんか釈然としないので、俺は少し濁した返事をしておいた。


「あとこれでおばさんとおじさんに友達がいるって嘘つかなくても済むようになるな! あの2人嘘だって知ってたけど」

「一言余計なんだよお前は! ……え、マジで?」

「マジマジ。ちなみに直近で報告してたトップカースト層の美少女のオタ友が出来たって話とか陽キャグループに混ざることになった話とか、全部創作だと思われてるぞ。どこのレーベルの大賞に応募するのかしらって言ってたし」


 悲報、息子のかなり大事な報告。ラノベ用の創作の話だと思われていた模様。

 そんな悲しいこと知りたくなかった。

 

「まあ、おれも来るまで疑ってたけど、この様子を見るに全部マジな話だったみたいだな」

「……確認出来たならもう帰れよ。こっちは今から晩ご飯作らないといけないんだから」

「お構いなく。こっちはこっちで勝手に親睦深めてるから。あ、おれ大盛りで」

「いや帰れよ! なに堂々と居座ろうとしてんだ! お前の分はねえよ!」

「えーっととりあえず、名前教えてもらっていいかな?」

「聞けぇ!」


 こいつのこういう図々しくて無神経なところが本当に嫌いなんだよ!


「もうマジで帰れよ! 皆に迷惑かけるな!」

「え? そう? おれここにいたら迷惑?」


 急に話を振られた藤城君が「え、ああ、いや……迷惑ってことは……」と戸惑いながら答える。

 すると、涼太がムカつくドヤ顔でこっちを見た。


「ほらー」

「どう見ても気ぃ遣われてるだろ!」

「え、マジで……?」

「お前本当は分かってる癖に意外そうな顔すんな!」


 こいつは空気が読めないんじゃない。

 読める上であえて読まず、自分がしたいようにするタイプの厄介な陽キャだ。

 昔から付き合いがある俺にはよく分かる。


 どうやって叩き出してやろうかと睨んでいると、


「しゃあない。今日はマジで様子見に来ただけだし、大人しく帰るとしますかね」

「……お前が急に素直になるなんて気色悪いんだけど。なに企んでるんだよ」

「帰るって言ったら言ったでなんでそんなこと言われないといけねえんだよ……。このあと彼女と待ち合わせてんの」

「ああ、例の幼馴染の……って、じゃあ今までのやり取りなんだったんだよ」

「おれなりのお茶目なコミュニケーション」

「……」


 こいつ、マジ……!

 あまりの怒りにわなわなと拳を振るわせていると、危険を察知したのか、涼太が素早くリビングの出口に移動する。


「ほい優陽。これやる」


 すれ違いざまになにかを押し付けられ、俺は反射的に受け取ってしまう。

 それがなにかを確認する前に、涼太が声を上げた。


「それじゃ、皆さん。これからもうちの優陽のことよろしく頼んます! お邪魔しましたー!」


 それだけ言い残し、涼太は部屋から去っていった。

 最後まで騒がしかったせいで、あいつがいなくなったら一気に静かになったように思える。


 俺は拭いきれない疲労感を覚えながら、ようやく帰ったことに安堵の息を漏らし、押し付けられたなにかに視線を落とす。


 ……コンドームだった。


 俺は手の中のそれを確認した瞬間、無言でゴミ箱に叩き込んだ。

 ……あ! あいつ合鍵持ったままじゃん! くそっ! やられた! 気を逸らす為に渡しやがったな!?

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