第65話 白髪美少女の悩み

「……皆、ごめん。あのバカが本当に迷惑をおかけしました」


 改めて、皆に向かって頭を下げる。


「い、いや……迷惑っていうか、ただただ驚きだったって言うか……ねえ?」

「うん。急に入ってきたのも驚いたけど、それより鳴宮があんなに乱暴な感じで喋ったりしたことの方が驚いたっていうか……」

「……お前でも人殴ったりするんだな」

「あ、あいつに対してだけだからね!? 誰彼構わず手を出したりしないよ!」


 誰にでも暴力を振るうタイプだと思われて、距離を取られたら困るので、俺は必死に弁明する。


「いや、お前がそんなことする奴じゃないっていうのは分かるから。だからこそ、余計驚いたっつうかさ」

「優陽くんはあの、有馬くん? のことが嫌いなの?」

「……好きか嫌いかで言われたら嫌いと言わざるを得ない」

「鳴宮がそんな苦虫を噛み潰したような顔で言うなんて……よほどなんだね」

 

 自分でももの凄い嫌そうな顔をしていたという自覚はある。


「その、なんであそこまで辛辣な態度を……? 人当たりがいい優陽くんがああなるって相当だよ?」

「さっきのを見て分かる通り、言動が無神経過ぎるから。昔の俺がなにをされたか聞いたら多分芹沢さんもブチ切れると思う」

「え、そんなに? このいつも笑顔であることに定評がある神級美少女の空ちゃんをブチ切れさせたら大したもんだよ?」

「……ゲーム貸したらセーブデータ上書きされて返ってきたし、ラノベとかマンガ類は折り癖付けて返してきたんだよ、あいつ」

「は? ちょっと塩撒いとこうよ」 


 一瞬で芹沢さんの顔から表情が消えた。

 さすがオタク仲間。君なら分かってくれると思ってた。 


「あとは本類を貸したら大体お菓子の食べカスが挟まってるし、ちゃんと巻数順に並べないし、なんならその場に置きっぱなしだし、ページ開いて伏せて置くしで……」

「なにそのオタクにとっての天敵。許すまじ」

「それだけじゃなくて、俺は部屋の中で遊びたいって言ってるのに無理矢理外に連れてかれるし、あいつすぐ人と仲良くなるから、知らない人に無理矢理混ざって遊ばされるから気まずくて人見知り時代には苦行の域だったし、こっちが怒ってるのにずっとへらへらしてるし……!」

「お、おお……鳴宮の口からこんなに不満が出てくるなんて……」

「あー、多分あれだね。1回言い出したら止まらなくなるやつ。分かる分かる」


 まあ、そのお陰で極端な人見知りにはならなかったけど、それはそれ。

 あのアクティブ無神経は俺みたいなタイプには言わば天敵に位置する存在というわけだった。


「……まあ、全部語ってたら切りがないくらい色々なことをされて、今の感じになったってこと」

「そりゃ、あの態度も納得だな」

「あんなんでも顔がいいからモテるっていうのがよりムカつくんだよね。しかも美少女の幼馴染の彼女持ち」


 人に対して付き合い方を変えられる器用さがあるのに、俺に対してああなのが本当に腹が立つったらない。

 

 むしろ身内枠だからああなのかもしれない。

 それなら他人として生まれたかった。そして絶対関わらない。


「あ、長々と愚痴ってごめんね。遅くなっちゃったけど、すぐに晩ご飯作るから」


 せっかく涼太がいなくなったのに、あいつのことにずっと構い続けているわけにもいかない。

 俺は気分を入れ替え、改めて調理に取り掛かるのだった。





 皆が帰ってから。

 俺は日課になりつつある、乃愛との通話しながらゲームをしていた。


「——あ、乃愛。右に敵がいたよ」

『……』

「……乃愛?」


 反応がない。

 キャラも止まってるし、もしかしてなにかトラブル?


 俺も思わずキャラの操作を止めたしまったところで、他のプレイヤーに撃たれてしまい、HPが0になってしまう。

 

『……っ!』


 俺が死んだことに気付いたらしい乃愛が、息を呑んで慌てて操作を再開したけれど、時既に遅く。

 乃愛のキャラも俺のキャラと同様にHPを削り切られてしまった。


 もう1人、組んでいた野良の人はまだ生きているけど、相手パーティは3人フルでいるので、それも時間の問題だろう。


『……ごめん、優陽くん。ぼーっとしてた』


 ヘッドホンから、気持ちしゅんとしたような声が聞こえてくる。


「大丈夫だよ。けど、珍しいね? 乃愛がゲーム中にぼーっとするなんて。もしかして疲れてる? それなら今日はもうやめにしておこうか?」

『……ん。大丈夫。疲れたわけじゃなくて、ちょっと考え事してただけ』

「考え事?」


 それでも、乃愛がゲームをそっちのけでするなんて珍しい。

 

「なにか悩んでるなら解決は出来ないかもしれないけど、話だけでも聞くよ?」

『……ん』


 少し逡巡したような声。

 なんだろう。そんなに話しにくいことなのかな? だったら無理に聞かない方がいいかもしれない。


「話せないことなら話さなくていいよ。でも、FPS系は集中しないと厳しいだろうし、なんか別ののんびり出来そうなゲームでも……」

『………………私』


 俺の声は、途中で小さなぽつりとした呟きに遮られた。

 

『Vtuberの事務所にスカウトされた』

「………………え!? スカウト!?」

『ん。優陽くんはほろぐらむって知ってる?』

「え、ほろぐらむって……あの!?」


 Vtuberに詳しくない俺でも知ってる超大手じゃん!? 


「凄いね! おめでとう!」

『……ん。ありがとう』

「……けど、スカウトされたにしては嬉しくなさそうだね?」


 そのことで考え事をしてるっていうのは分かったけど、肝心な悩みは俺にはまだ見えてこない。


『……スカウトされたのは、嬉しい。Vtuberを始める前からほろぐらむは知ってたし、私が活動を始めることになったきっかけもほろぐらむだから』

「……なにか2つ返事で飛び付けない理由があるってこと?」

『ん。……私、周りと上手く馴染める自信がない』


 ぽつり、と乃愛が零す。


『企業に所属するっていうことは、先輩や同期、マネージャーだったり、多くの人と関わることになるから』

「……うん、そうだね」

『私はそれが出来なくて、学校に行かなくなったのに、上手く出来る自信がない。拒絶されたらと思うと、怖い』


 そうだ、乃愛は……それで人と関わることが苦手になってしまっていたんだった。

 

 1度失敗した場所に、もう1度踏み込んでいくのは例えその先にどんなにチャンスがあったとしても、誰だって躊躇するに決まっている。


『優陽くん。私はどうすればいいと思う?』


 その問いかけに、俺は沈黙を持って答えた。


 ——頑張れ。

 ——やれば出来る。

 ——応援してる。

 ——絶対大丈夫。


 周りがそんな言葉をかけるのは簡単なことだ。

 別にその言葉が間違っているとは思わないし、時にそれらは人の背中を押す原動力となりえる言葉だとも思う。


 でも、俺が今かけるべき言葉じゃない。


「乃愛が大きな舞台で活躍してくれるなら、友達としてそれほど誇らしいことはないよ」

『……じゃあ、スカウトを受ければいいの?』

「違うよ。俺が言うから受けるとかじゃなくて、結局乃愛自身がどうしたいかなんだ」

『私が……』

「うん。今の乃愛の質問に対して、あえて言葉にして答えるなら、俺に出来るのは乃愛の代わりに答えを出すことじゃなくて、一緒に悩んで、相談に乗って、乃愛が答えを出すことを手伝ってあげることだよ」


 酷なことかもしれないけれど、乃愛はこのことに対してうんと悩まないといけない。

 

 自分が進みたいと、やりたいと思うことが他人の意見1つで揺らぐなら、それだけの気持ちだったということだと思うから。


『……ん。分かった。もっと考えてみる。また話聞いてくれる?』

「そのくらいなら、お安い御用だよ」


 その後、乃愛はちょくちょくぼーっとしながらも、いつもとほとんど変わらないプレイングに戻っていた。


 1歩を踏み出せるようないい答えが出るといいんだけど。

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